低迷する日本の研究力 大学ファンドで回復なるか
英国の大学評価機関「クアクアレリ・シモンズ(QS)1」が6月9日に発表した2023年版の世界大学ランキングによると、日本の大学は100位以内に5大学がランク入りし、東京大学が最高の23位でした。東大は前回から順位を維持したものの、教員1人当たりの論文被引用数では大きく後退。QSは日本のトップ大学について、研究の影響力が落ちていると指摘しています2。
日本の研究力の低下が指摘される中、「国際卓越研究大学法」が5月18日に参院本会議で可決、成立しました。これは、世界トップレベルの研究力をめざす大学を10兆円規模の大学ファンドで支援し、世界と伍する研究大学の実現を目指すものです。
研究力の向上を目指し、日本はこれまでにも、ムーンショット型研究開発制度などをはじめとする科学技術・イノベーション政策を展開してきました。しかし、トップダウン型プログラムの規模の大きさとテーマの壮大さは責任の所在を曖昧にし、パフォーマンスの評価を困難にしているとの指摘もあります1。今回の法案にも、学術界からはさまざまな反発が出ています。
日本の研究力の現状
では、日本の研究力は実際にどれくらい低下しているのでしょうか。
まず、被引用数で上位10%の論文数の順位で見ると、日本は1997~1999年は4位でしたが、2017~2019年には10位に沈んでいます。一方、2000年代後半からは中国が上位にランク入りしており、インドも新たにランクインしています3,5。したがって、「日本の研究力はけっして低下しているわけではなく、他国の伸びに伴って相対的に低下しているように見えるだけではないか」という見方もできそうです。
しかし、博士号取得者の数は、米国や中国が倍増する中、日本は2000~2018年の間に横ばいから微減となっています5。また、最新のアジアの大学ランキングでも下落傾向が見られます5。日本の人口は2020年時点で世界11位の1億2600万人程8と、けっして少ないわけではありません。人口比から見れば、大きなマンパワーとポテンシャルがあるのです。それにもかかわらず各種データは下降気味。これは、日本の研究力がやはり低下傾向にあることを示すものでしょう。
たとえ絶対的な研究力が下がっていないとしても、国際競争力は差異化や差別化から生まれる以上、相対的な低下はやはり懸念すべきことです。したがって、国内だけを見て現状に満足するのではなく、やはり海外に目を向けて世界と伍することを目指すことが重要になってきます。そのような認識から生まれたのが今回の制度です。
国際卓越研究大学法の背景
文部科学省は、日本の大学の研究力について次のように述べています。「欧米に比べて相対的に低下していますが、その一因として資金力の差が考えられます」4。欧米の主要大学は、数兆円規模の独自のファンドの運用益による豊富な資金力を生かして、研究基盤の整備や若手研究者への投資などを進め、研究力を飛躍的に伸ばしています。今回可決された国際卓越研究大学法は、そのような海外の大学を参考にした施策です。
支援対象の大学はどのように選ぶのか
国際卓越研究大学として大学ファンドによる支援を受ける大学は、今年度から来年度にかけて公募で数校が選ばれる予定です。実際の支援は、認定と計画の認可を経て2024年度から始まり、ファンドの運用益から年数百億円ずつが配分される方針です。国立・公立・私立の設置形態は問われませんが、国際的に卓越した研究大学となるポテンシャルを有し、研究力の抜本的強化に向けた改革を行うことが求められます。具体的な要件は次の通りです5。
- 国際的に卓越した研究成果の創出(研究力)
- 実効性の高い意欲的な事業・財務戦略(年3%成長)
- 研究と経営が分離した適正なガバナンス体制(合議体)
成果の創出だけでなく、経営と研究を分離するガバナンス改革が求められる点には、学問の自由が損なわれるのではないかという懸念も出ており、次のような指摘もあります。「憲法で保障された学問の自由は大学の自治を含む。ここに政府や財界の意向を反映させる仕組みだ」6。
国際卓越研究大学制度が目指すもの
国際卓越研究大学制度が目指すのは、研究力を抜本的に強化するために、まずは資金を助成してイノベーションの創出を促し、資金の好循環を生み出して強固な財務基盤を確立し、大学独自の基金拡充につなげること。そして将来的に、多様性・包括性のある環境、資金の好循環、新たな知・イノベーションの創出、人材・知の好循環をベースとした、世界最高水準の研究大学を実現することです4,5。
今後への懸念と提言
ファンドの運用益による大学支援は、日本にとって画期的な取り組みです。とはいえ、そもそもファンドの運用が順調に行くことが前提にあります。また、十分な資金が確保できたとしても、それを効果的に活用しなければ研究力の向上は見込めず、世界最高水準の研究大学の実現は難しくなります。さらに、事業の成長を重視するあまり、すぐに成果が期待できて確実に稼げそうな分野に研究が偏り、基礎研究のような儲かりにくい分野は冷遇されて多様性が損なわれるとの指摘もあります9。
中国、米国、英国で研究に従事した経験を持つ熊本大学の発達生物学者Guojun Sheng氏は、今回のようなトップダウンのメガプログラムを推し進めるよりも、リソースを有効活用できそうな個々の大学や機関からのボトムアップのイニシアチブを奨励してはどうかと考えています。また、研究室で国籍や性別の多様性が増せば、斬新な研究アイデアが生まれやすくなるだろうと述べています。日本では研究に従事する女性はたった17%で、これはOECD平均の40%を大きく下回っています3。
一方、日本では国立大も私立大も研究開発を公的資金に依存しているため、大学への支援が必要なのは確かです。今回の新制度は、研究で稼いでいける大学が今後日本に生まれるかどうかの試金石になりそうです6。
稼ぐことが目的化して学問の追究に支障が出ていないか、ファンドの運用が適正に行われているかなど、今後の推移を見守っていく必要があるでしょう。
参考資料
1. https://www.topuniversities.com/
2. https://mainichi.jp/articles/20220608/k00/00m/040/260000c
3. https://www.science.org/content/article/japan-tries-again-revitalize-its-research
4. https://www.mext.go.jp/b_menu/activity/detail/2022/20220520.html
5. https://www.mext.go.jp/content/20220209_g-gakkikan_000020059_2.pdf
6. https://news.yahoo.co.jp/articles/c069add9d1caba2db44fb14a0b614d62042b9bca
7. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE018TW0R00C22A6000000/
8. https://www.globalnote.jp/post-1555.html
9. https://mainichi.jp/articles/20220531/ddm/005/070/038000c
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