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科学が直面する7大問題:Voxによるアンケート結果の概要
科学の進歩は、研究者たちが重要な発見を日々発表することによって加速しています。しかし科学コミュニティは、現代の科学はその土台を揺るがすような諸問題に苦しんでいると主張しています。何が問題視されているのかを理解するために、世界情勢・科学・政治などに関する議論を掲載する米国のウェブサイト、Voxが、270名の研究者を対象にアンケート調査を実施しました。回答者には、世界中の大学院生、(終身在職権を持つ)教授、フィールズ賞受賞者、研究所長などが含まれています。回答者たちの意見は、現在の科学が「対立が多くて分かりにくい」プロセスになっており、「最良の問いを追求し、意義深い真実を発見することよりも、自己防衛を優先」せざるを得ない状況になっているという点で一致していました。研究に従事する人々の回答から、科学の直面する7つの問題が明らかになりました。
1. 財政がひっ迫する学術界
研究者は、研究費の確保と維持のための果てしない闘いの渦中にいます。科学に携わる労働力が増加する一方で、ほとんどの国では過去10年ほどの間に研究助成金が減少しています。助成金をめぐって上級研究者と争わねばならないキャリアの浅い研究者の状況は、とくに深刻です。科学研究の実践方法も、この激しい競争の影響を受けています。アンケート回答者の指摘によると、研究助成金は数年単位で交付されるものがほとんどなので、研究者は短期プロジェクトを選ぶ傾向が強くなり、複雑なリサーチクエスチョンに取り組むには期間が不十分だということもあるようです。これは、研究者が助成団体や所属先に配慮した選択を行なっているということです。しかし、そのような選択を行うことで、質も影響度も低い研究論文が増えることになります。
2. 出版論文のお粗末な研究デザイン
お粗末なデザインの研究は、学術界の大きな懸念となっています。その主な原因の1つとして、論文の統計的欠陥があっても気づかれないまま出版されてしまうことが挙げられます。もっとも価値があるのは画期的な研究結果とされているため、研究者は、論文を出版するために研究結果を実際以上に素晴らしいものだと思わせたいのです。さらに研究者は、データに見られる特定のパターンを重視し、ジャーナルにとって魅力的な結果に見えるように研究デザインを作為的に変える傾向があります。統計的に有意な結果が出た仮説だけを報告する“p-hacking”(p値ハッキング)も増加しています。とくに生物医学研究でp値の誤用が目立っています。つまり、出版されている研究結果の中に科学的に無意味なものがかなりあるということです。これは、資金とリソースが恒常的に無駄になっているということを意味します。
3. 再現研究(複製研究・追試)の不足
結果の再現の不可能性も、研究における重大な問題です。ネイチャーは最近、再現性に関する研究者の見解を理解するためのアンケートを実施しました。それによると、アンケート回答者の大部分が「再現性の危機」は存在すると考えていると報告しています。研究に内在するその他の問題、例えば不適切なデータや複雑な研究デザインなども、再現の妨げとなっています。しかし、科学の利害関係者は追試や再現研究の追及に懐疑的で、ジャーナルもたいていは、原著論文や画期的な結果を発表したがります。再現研究は新奇性に欠けるためです。研究者や資金助成機関も、同じような理由で追試には投資したがりません。ほとんどの実験結果が検証も確認も行われていないということで、これは学術界にとって大きな損失です。
4. 査読における問題
査読は科学出版を支える重要な基盤だと考えられていますが、ここにも問題があります。査読は粗悪な研究を除外し、論文に明らかな欠陥がないようにするものです。しかし、査読はやる気次第ともいえる作業なので、遅れがちになったり、役に立たない査読報告があったりすることもよく知られています。さらに、著者が査読者から追加実験を強要されたり、特定の論文の引用や不必要な変更をするよう迫られるなどの嫌がらせにあったとの報告もたびたびあります。ほとんどのジャーナルの査読はシングルブラインド方式(単盲検法)のため、偏った見方や専門家ゆえの嫉妬が入り込む余地があります。その他、査読システムに依存し過ぎているために、著者や編集者、あるいは第三者のサービスがシステムを悪用して査読詐欺を生む結果にもなっています。そのため、現在の査読システムを疑問視する研究者も大勢います。
5. 研究へのアクセスに関する問題
学術界は、オープンデータの義務化やデータシェアの義務化を採用することで、徐々にオープンサイエンスおよびオープンアクセスへと移行しています。しかし、購読者モデルでジャーナルを運営している大手出版社も多くあります。購読料は増加の一途をたどっているため、とくに発展途上国では、研究者だけでなく研究機関も購読料を支払って研究にアクセスすることが困難になりつつあります。アンケート回答者の多くは、科学研究の普及に影響を及ぼすとして、このような現状に批判的でした。さらに、有料でしかアクセスできないはずのほぼすべての論文に、権限のないアクセスを提供するSci-Hubのようなウェブサイトの出現のほぼ唯一の原因と言えるのは、購読料ベースの出版モデルだと思われます。このような結果を避ける唯一の方法は、科学コミュニティがもっと簡単に研究にアクセスできる方法を考案することでしょう。
6. 十分かつ正確な科学コミュニケーションの欠如
科学コミュニティの内と外では大きなコミュニケーションギャップが存在することはよく知られています。このため、科学に関する誤解や意見の食い違い、そして一般の人々が適切な情報に基づく意思決定ができないなどの問題が生じています。このような事態に至った責任の一端は、研究者にもあります。研究者には、自分の研究に関心を持ってもらうために一般の人々と交流する時間がなく、またそうした熱意に欠けていることもあるからです。その結果、一般の人々はマスコミに依存することになり、それが科学的事実の誤解を招いているという批判もあります。学術研究における競争の激しさが、研究の伝達がうまくいかない原因ともなっています。注目を集めようとして結果を誇張し、ポジティブな結果だけを宣伝して、研究者、大学、ときにはジャーナルさえもが、一般の人々に誤解を与えてしまうことがあります。しかし科学コミュニティは、一般の人々が科学の問題を認識し、自分たちの税金がどのように研究に投資されているのかについて意見を主張できるように、責任をもって科学の正確な状況を伝えるよう努力すべきです。
7. ストレスの多い学術界とポスドク研究者の生活
ポスドク研究者の生活が厳しいものであることに議論の余地はありません。多くの研究室で研究の実践に貢献しているのはポスドクであり、学術研究の未来を担うのもポスドクですが、彼らは熾烈な競争、低い給与、不安定な身分のために数々の課題に直面しています。ポスドク研究者の数は増加していますが、学術界の常勤職が同じ速さで増えているわけではありません。そのうえ、博士課程では学術界以外の仕事を探す訓練を受けることもないので、ポスドク研究者はキャリアを積む道を探すのに苦労しています。科学研究が順調に前進していくためには、これらの若い研究者たちが科学の本流に吸収されていかなければなりません。
Voxのアンケート結果は、現在学術界が取り組んでいる重大な問題を浮き彫りにしています。学術界はその他にも、ジェンダーによる不平等、研究や学業の不正、インパクトファクターへの過剰な依存など、多くの問題を抱えています。さまざまな問題はあるものの、それでもまだ科学には希望があります。科学コミュニティは、透明性を高め、倫理の重要性に関する認識を高め、閉鎖的でなく協調的な方向に歩みを進めていくことで、科学の進歩が停滞しないよう努めています。しかし、科学に即効薬はありません。したがって、これらの変化がもたらされるには時間がかかるでしょう。それでも、1つ1つの取り組みが、科学を前進させていく大きな力となるでしょう。
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