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「いかなる学問領域も、出版倫理の問題からは逃れられない」
学術出版において30年を超える経験をお持ちのアイリーン・ヘイムス氏(Dr. Irene Hames)は、 いずれの機関にも所属していない、研究‐出版と査読に関する専門家です。
イギリス下院科学技術特別委員会(the UK Parliamentary House of Commons Science and Technology Committee)の専門アドバイザーも務め、報告書「科学出版における査読(Peer Review in Scientific Publications)」の制作にも携わりました。
ワイリー・ブラックウェル社(Wiley Blackwell)と実験生物学会(Society for Experimental Biology)との共同所有である、The Plant Journalの設立に関わった編集長(Founding Managing Editor)でした。
ワイリー・ブラックウェル社がALPSP (学術出版社協会;the Association of Learned and Professional Society Publishers)の協力のもと発行した、『科学ジャーナルにおける査読と論文管理(Peer Review and Manuscript Management in Scientific Journals)』の著者でもあります。
また、ヘイムス氏は、COPE (出版倫理委員会;the Committee on Publication Ethics)に対し、2010年から2013年のは、評議会のメンバー(Council Member)、理事長(Director)、理事(Trustee)として積極的に参加されていました。COPEのEthical Editing の編集長(Editor-in-Chief)、COPE Digest: Publication Ethics in Practiceのエディターも務めていました。また、COPE Case Taxonomy (訳注:COPEでの事例分類に使う分類枠)を始動させ、査読者のためのCOPE倫理ガイドライン(COPE Ethical Guidelines for Peer Reviewers)を作成しました。
現在は、Sense About Science やInternational Society of Managing and Technical Editorsといった数多くの団体において、アドバイザー的役割を担っています。博士は、細胞物理学のPhDを取得しており、生物学会のフェロー(称号)を与えられています。また、生物学会では、研究普及委員会(Research Dissemination Committee)の一員です。
細胞生物学でPhDを取得したあと、どのようなきっかけで学術出版の道に入られたのですか?
条件が重なったのです。夫が、国内の別の場所での仕事を引き受けたため、私たちは引っ越しました。このことが、子供の誕生と重なっていたので、私は時を同じくしていたので、引越しと子育ての両方とうまく合うことを何かしたいと思いました。校正者とコピーエディターの求人を行っていたロンドンの出版社から、数年前から知ってはいたのですが、小さな広告を見かけたのです。私は、彼らに、関心があるので、お話しをしに伺ってもいいかと尋ねる手紙を書きました。それが、10年にわたるフリーランスのキャリアにつながったのです。やがて、学術本や学術雑誌に関する多くの興味深いプロジェクトへと仕事は拡張していきました。
私はこの仕事が好きだと気づきました。そこへ、科学研究の経歴と出版・編集の専門知識の両方を結び付ける機会がやってきたのです。新しいジャーナルThe Plant Journalの立ち上げと運営に関わらないかと誘われました。私は早速その話を受けました。大変刺激的で実りの多い時間になりました。20年間、編集長として過ごし、編集事務局を運営し、ジャーナルの成長と発展を見守ってきました。このような刺激的な環境で、たくさんのすばらしい人たちと一緒に働くことができるなんて、大変うれしく、また、名誉なことでした。
当時はちょうど、技術革新の機会が多く訪れた、出版界に大きな変化があった時期でした。ジャーナルを始めたころはインターネットもメールもありませんでした; 何でも電話で、論文のコピーを使って行われ、郵便の手紙でやり取りがなされていました。インターネットは第一に、オンライン出版をもたらし、続いてオンラインでの論文投稿、レビュー、追跡ができるようになり、それらはすべて効率性と適時性を向上させるだけでなく、世界の様々な地域にいる研究者に、時間や金銭的な不便をこうむらずに査読をしてもらうことを可能にしたのです。また、私は、査読に関する本を書いたり、様々な団体に関わることで、より広い学術出版コミュニティの利益を発展させることができました。
様々な団体に関わるとは、たとえば、ISMTE (the International Society of Managing and Technical Editors) の設立理事会に入ったり、Sense About Scienceの諮問機関に入ったりすることです。後者の諮問機関は、一般社会の科学的・医学的問題に関わる誤解や、誤解を招く主張を排除し、何を信じるべきで、何を注意して見なければならないかを一般の人がわかるようにするのが仕事です。
Committee on Publication Ethics (COPE)とは何ですか、また、なぜそれに参加しているのですか?
COPE はあらゆる出版倫理の問題について、とりわけ研究・出版の不正行為事例をどう扱うかについて、エディターや出版者にアドバイスする会員制の組織です。1997年、倫理的問題について話し合うためロンドンの会合に出席した、わずか数人のジャーナル・エディターによって始められました。今では、会員数は9000を超え、あらゆる学術領域に会員が広がっています。諮問機関ですので、教育的・実務的リソース、ガイドライン、議論をしたりアドバイスを受けたりするために問題の事例を持ち込めるフォーラムを提供することで、会員をサポートしています。
COPEのガイドラインの多く、たとえば撤回ガイドライン(the Retraction Guidelines)は業界のスタンダードになっています。 COPEの会員はまた、ジャーナル・エディターの行動規範(Code of Conduct for Journal Editors)に従うことがのぞましいとされています。COPEは徐々に、出版倫理において動きの速い領域、あるいは論争のある領域に関してコミュニティ内で議論を奨励・促進するようになっています。例を挙げますと、2011年5月、 不正行為の可能性に関する情報の編集長間での共有、匿名の内部告発者への対処、盗用に対するエディターの対処法、といったテーマに関する協議資料の出版を開始しました。
The Plant Journalは長年COPEの会員でしたので、私は年次専門家会議に(annual seminars)には定期的に出席していました。当時、会員のほとんどが生物医学を専門としていました。だったころです。COPEが提供をしなければならないのは、基礎科学の中で、非常に価値があり、重要で、ジャーナル(たとえばThe Plant Journal)と関連があることだと、私は思っていました。私たちは誰もが、倫理的問題がますます増加しているのを目の当たりにしていました。
理事会(Council)への立候補の誘いを受けたとき、とても誇りに思い、選挙に出ることにし(理事会の役員は会員の選挙によって選ばれます)、当選しました。理事会は2010年から2013年までの3年間理事会の役員を務めました。その期間はたくさんの小委員会に関わり、COPEの季刊ニュースレターEthical Editingの編集長、その後続誌である月刊COPE Digest: Publication Ethics in Practice ではエディターを務めました。また、COPE Case Taxonomy を始動させ、COPE Ethical Guidelines for Peer Reviewersを作成しました。COPEのような組織の方向性を見守り導くチームの一員であると、かなりの時間とコミットメントを費やします(仕事は無償で行われます)。けれども、とても働きがいのある仕事であり、学術コミュニティに何かをお返しできる一つの手段でもあります。私は今も、OB(Alumni)のメンバーとしてCOPEの代表を務めています。
左から:アイリーン・ヘイムス博士、ジニー・バブアー(Ginny Barbour)博士(COPE会長)、シャルロット・ハウク(Charlotte Haug)博士(COPE副会長)。全員、ヘイムス博士主導の小委員会が作成したCOPEの宣伝用資料を持っています。写真は、アメリカのシカゴで2013年9月に開かれた査読と生物医学出版に関する国際会議で写したもの。
出版倫理に関し、業界はどのように進展してきたのでしょうか?
生物医学ジャーナルが長年経験してきた類の倫理的問題が、今ではあらゆる学術領域で発見されています; いかなる分野も、自分が影響を受けないと考えるべきではありません。多くのジャーナルがこれまでより多くの問題に遭遇しているだけはなく、事例は、より複雑にもなっているようです。倫理的問題への対処には、膨大な時間がかかる恐れがあります。また、倫理的問題には、適切な専門的知識とともに、慎重でそつのない対処が必要です。約7、8年前のことですが、COPEが提供するようなたぐいのサポートとアドバイスをエディターに与えるとメリットがあることに、多くの出版社が気づきました。そのため、COPEに加入する出版社が1年間(2006年から2007年)で350から3500へと10倍に増えたのです。
COPEが提供するリソースの多くは誰でも無料で使うことができますが、中には会員しか使えないものもあります。たとえば、個々の問題事例に対してアドバイスを受けられる、COPE主催のセミナーへの無料参加、eラーニング(新人のエディターに対しては出版倫理の様々な側面について助言を与え、経験のあるエディターには 再教育の役目を果たす、貴重な教育的リソース)のサイトへのアクセスが挙げられます。
COPEは常に、会員が必要としているリソースを提供できるよう努めてきました。ここ数年は、撤回、研究公正(research integrity)の事例に関する研究機関とジャーナルの連携、査読者にとっての倫理について、ガイドラインが作成されています。
2013年、私が先頭に立ってはじめた研究プロジェクト (委員会のメンバーだったシャロン・ピアソン(Charon Pierson)、COPE委員長のジニー・ バブアー(Ginny Barbour)、オペレーションズ・マネージャーのナタリー・リッジウェイ(Natalie Ridgeway)と一緒に仕事をしました) は、エディターや出版社がCOPEに持ち込む中で最も一般的で、かつ最も困難な問題の特定や、リソースの開発を特徴づけるのに役立つ何らかの傾向が発見されるかどうかの調査に着手しました。
18のカテゴリーと100個のキーワードからなる新しい事例分類法も開発し(現在公開中: http://publicationethics.org/cope-case-taxonomy) 、COPEの事例データベースにあるすべての事例を、再分類・分析しました。2013年9月に開催されたInternational Congress on Peer Review and Biomedical Publication で中間集計を発表し、キーワード分析を行った最新情報を2014年3月ブリュッセルで行われたCOPEの欧州セミナーで発表しています(もっと知りたい読者は、こちらのビデオをご覧ください )。
研究公正に関わる多くの問題が、研究が掲載、あるいは投稿されたときにのみ、明らかにされます。ですから、研究の段階で問題が増えているということは、エディターやジャーナルが対処しなければならない問題も増えているということを意味します。倫理的問題が生じた原因が知識の欠如と不注意にある場合もあるということは、経験上わかっています。
しかし、プレッシャーが増しているために、疑わしい行動に関わったり、不正行為を行ったりする研究者がいるかもしれないと懸念されています。ナフィールド生命倫理審議会(Nuffield Council on Bioethics)は目下のところ、イギリスにおける科学研究文化について調査を行い、研究環境の違いが、すべてのキャリア・ステージにおいて、また倫理的側面も含めて、科学者の研究や行動にどのような影響を与えるかを調べています。調査の結果は、学術出版コミュニティから、大いに関心をもたれる(ものになる)でしょう(http://nuffieldbioethics.org/research-culture)。
近日中にインタビューの第2部、第3部も掲載予定です、。どうぞお楽しみに!
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