学術出版におけるAIの台頭は、査読者の役割を奪うものではなく、その役割をより本質的な方向へと進化させる契機となっています。ハルシネーション(幻覚)のチェックや不正論文の特定といった作業に追われるのではなく、論文が持つ真の新規性やインパクトを見極めることこそが、人間に求められる本来の査読の姿です。
この記事では、CACTUSのAmbassador for Researcher Successであり、EASE(欧州科学編集者協会)インド支部の副議長や「Peer Review Week 2026」の共同委員長を務めるRoohi Ghosh氏に、AIを賢いアシスタントとして活用しながら専門知や意思決定の透明性を守る方法、そしてAIの堂々とした出力に流されない査読者の「自信」の必要性について詳しくお聞きしました。
Roohi Ghosh氏
Ambassador for Researcher Success, CACTUS
Vice Chair, EASE India chapter
Co-Chair Peer Review Week 2026

Q1. AIは、投稿論文のスクリーニングや英文のチェック、査読者候補の選定など、査読プロセスでも活用されるようになっています。今後AIがさらに進化しても、「ここは人が判断すべき」と思うのは、どのような部分でしょうか?
Roohi )電卓が開発されたからといって、公認会計士の役割が損なわれるのでしょうか? あるいは、子どもたちがオンラインで自主的に学習できるようになったからといって、教師の役割が損なわれるのでしょうか? 実際、教育はデジタルツールの活用とともに進化してきました。同様に、人間による査読の役割も不可欠ですが、そのあり方は進化する必要があります。AIが登場したからといって、査読者の役割が軽くなるわけではありません。今日、査読者に求められるのは、単に科学的な内容を評価するだけにとどまりません。AIによる「ハルシネーション(幻覚)」を見抜き、ペーパーミルの活動を特定し、AIが引き起こした誤りや非倫理的な行為を発見する能力が求められています。しかし、AIはますます賢くなっており、こうした問題を発見するのは容易ではありません。人間の査読者は、「探偵役」に時間を費やすのではなく、査読そのものの本質に焦点を当てる必要があります。その論文は新規性があるか? 研究課題は重要か? 既存の知識に価値ある貢献をしているか? その研究はどのような影響をもたらすか? 判断力、専門分野の知見、内容に応じたフィードバックという点において、査読者の価値は議論の余地はありません。「探偵役」の仕事は、査読の本質から注意をそらすだけです。
Q2. 質の高い査読では、研究内容が正しいかどうかだけでなく、研究の新規性、重要性、およびその分野に与える潜在的な影響を評価することが求められます。こうした研究の価値を判断するうえで、AIはどこまで役立つと思いますか? また、人にしかできない判断はあると思いますか?
Roohi )この件に関しては多くの議論があり、議論がほんの少しでも「AI寄り」の傾向を見せると混乱を引き起こすこともあります。私の答えは、単純な「はい」か「いいえ」というよりも、もう少し微妙なニュアンスがあると思います。正直なところ、「AIはプロセスの一部を助けてくれるもの」と感じています。査読者として、その分野のすべてを把握することは必ずしも可能ではありません。査読しているトピックに関連する論文をすべて読んでいないのに、どうやって新規性を判断すればよいのでしょうか? AIは、文献を調査し、関連する研究を特定する手助けをしてくれます。しかし、AIがそのトピックについて見つけた情報を踏まえ、その研究課題が真に重要であるか、またその研究が新規性を持つかどうかを判断するのは、人間の査読者の役割です。つまり、AIはこのプロセスに貢献する存在であり、いわばアシスタントのような役割を果たすことができます。しかし、論文が有意義で影響力があるかどうかを判断するのはAIにはできません。それを決めるのは人間なのです。
Q3. AIによって査読のばらつきやバイアスを減らせる可能性がある一方で、新たなバイアスが生じたり、判断の責任が曖昧になることも懸念されています。査読プロセスへの信頼を保つためには、AIと人がどのように役割を分担するのが望ましいとお考えですか?
Roohi )AIだからといって、自動的に一貫性が高まり、バイアスが少なくなるわけではありません。AIは、すでにいくつかのバイアスや既存の前提が含まれている大規模なデータセットを用いて学習されます。AIはこうした既存の偏ったデータセットで学習されているため、これらのバイアスを大規模に再現することで、かえってその偏りを増幅させてしまうのです。したがって、査読への信頼とは、私の考えでは、特に「どのような決定がなされたか」「どのようにしてその決定に至ったか」「誰がそれらの決定に対して責任を負うのか」といった問題に対処する際の透明性にかかっていると思います。AIは一貫性をもたらすかもしれませんが、査読のプロセスへの信頼を維持する役割は、やはり人間に委ねたいと思います。
Q4. これまでに受けた(あるいは提供した)査読のフィードバックの中で、最も価値のあるものは何でしたか? AIがそのような貢献を現実的に再現できると思いますか?
Roohi )私がこれまでに受けたフィードバックの中で最も価値があったものは、文法や統計、あるいは方法論のセクションの詳細に関するものではありませんでした。それは、論文そのものの方向性について考え直させるような、より深い内容に関するものでした。例えば、ある査読者はかつて私にこう言ったことがあります。「伝えようとしていることが多すぎます。アイデアが多すぎます。あなたの主なメッセージは何ですか?」。この指摘により、私は論文の焦点を再評価することになりました。私は一つのアイデアに絞り込み、論文の中でそれを明確に伝えるようにしました。このフィードバックは、論文であれブログ記事であれ、あるいはその他のものであれ、常に役立つものだと感じています。AIは、私の中心的なメッセージが不明確であることを指摘することはできたかもしれませんが、どのアイデアに価値があり、対象読者にとって関連性があるかを提案することはできなかったでしょう。実際、AIがあまりにも多くのアイデアを提示しすぎて、文章が散漫で分かりにくくなってしまうこともあります。時に必要なのはさらなるアイデアではなく、一つの中心的なテーマに集中するよう誰かに指摘してもらうことなのです。私の場合、査読者が私に立ち止まらせ、「あなたが伝えたいことを一つに絞って教えてください。」と尋ねてくれました。
Q5. 10年後、AIがさらに普及したとき、査読はどのようになっていてほしいですか? AIに任せたいことと、査読者や編集者が引き続き担うべきことを、それぞれ教えてください。
Roohi )10年後には、AIの長所や短所について議論することはなくなっているだろうと感じています。電卓と同じように、AIツールは単に採用されるだけでなく、学術コミュニティに受け入れられているでしょう。ただし、その目的は効率の向上にあり、査読者に取って代わることではないはずです。査読者は、「この論文にAIによる『ハルシネーション』は含まれているか?」といったことにエネルギーを費やすことはなくなるでしょう。意思決定や判断は依然として査読者に委ねられますが、AIは、査読者が評価を行い、より慎重に決定を下せるよう支援するツールを提供することで、このプロセスを容易にしてくれるでしょう。AIは査読者が「より多くのことを見極める」のを助け、情報に基づいた決定を下せるようにするのです。
Q6. AIを活用した査読が一般的になっても、査読者が失ってはいけないものを一つ挙げるとしたら、何でしょうか? その理由も教えてください。
Roohi )多くの人は「判断力」と答えるでしょう(私も同感です)。しかし、AIが支援する未来において、査読者が何よりも失ってはならない資質は「自信」だと私は感じています。AIは驚くほど自信満々に「ハルシネーション」を提示するため、自分自身を疑ってしまう傾向があります。査読者は「私は同意できません」と断言できる必要があります。あるいは、AIが自信満々に語っていても、「これについてはさらに調査が必要」と言える能力が必要です。実務的な作業はAIに任せられるかもしれませんが、研究者はその情報を基に、十分な根拠に基づいた判断を下す自信をどれほど持っているでしょうか? 自身の専門知識に対する自信がなければ、意思決定や判断は大きな成果にはつながりません。
まとめ
AIは広大な文献調査や関連研究の特定をサポートする優秀なアシスタントになり得ますが、散漫になりがちな論点から真に伝えるべき核心メッセージを絞り込ませたり、研究の新規性や影響力を正しく評価したりするのは人間の査読者です。また、AIが一貫性をもたらす一方で、過去のデータに由来するバイアスを拡大させるリスクがあるからこそ、決定に至るプロセスと説明責任を人間が明確に保持することが査読への信頼に不可欠となります。
AIが極めて堂々と誤情報(ハルシネーション)を提示する時代だからこそ、査読者が最も失ってはならないのは「自身の専門知識に対する自信」です。AIの提示する意見に安易に同調せず、「私は同意できない」と断言できる強い意思と判断力を持つことこそが、AI時代の学術出版と査読の質を支え続ける鍵となります。


