生成AIの普及は、論文執筆だけでなく、査読のあり方にも変化をもたらしつつあります。参考文献やデータの確認、関連研究の調査など、AIによって効率化できることが増える一方、研究の新規性や学術的価値を誰が判断し、その判断に誰が責任を持つのかという問いも生まれています。では、AI時代に、査読者だからこそ担える役割とは何なのでしょうか。
本記事では、大阪大学教授で、一般財団法人公正研究推進協会(APRIN)理事を務める中村征樹先生に、AIと人間の役割分担、バイアス、そしてこれからの査読に求められるものについて伺いました。
中村征樹先生
大阪大学教授
一般財団法人公正研究推進協会(APRIN)理事
科学技術史・科学技術社会論を専門とし、研究公正に関する研究・教育に取り組む。文科省の研究不正対応ガイドライン策定、日本学術会議の論文査読に関する審議、JSPS・APRINの研究公正教材作成、JSTの研究倫理映像教材の監修などに携わってきた。

Q1. AIは、投稿論文のスクリーニングや英文のチェック、査読者候補の選定など、査読プロセスでも活用されるようになっています。今後AIがさらに進化しても、「ここは人が判断すべき」と思うのは、どのような部分でしょうか?
中村)AIには、参考文献や引用の確認、データの整合性のチェック、関連する先行研究の調査など、テクニカルな面で査読者を支援する役割が期待されます。それによって査読者は、研究方法が適切か、データの解釈が妥当か、研究に科学的な新規性や学術的価値があるかといった、より本質的な判断に力を注ぐことができます。とりわけ、従来の枠組みでは十分に捉えられない新しい知見ほど、その価値を見極めるには、扱われているテーマについての深い理解や専門家としての見識が重要になります。こうした判断は、今後も査読者が担うべき重要な役割であり続けると思います。
Q2. 質の高い査読では、研究内容が正しいかどうかだけでなく、研究の新規性、重要性、およびその分野に与える潜在的な影響を評価することが求められます。こうした研究の価値を判断するうえで、AIはどこまで役立つと思いますか? また、人にしかできない判断はあると思いますか?
中村)AIも、研究の新規性や学術的価値、影響の評価に、ある程度、貢献しうるとは思います。たとえば、隣接する分野の先行研究や研究動向など、査読者が見落としている関連情報については、AIが役立つかもしれません。しかし、その研究をどのような文脈のなかに位置づけ、また、どのような点に学術的な価値を見出すのかは、査読者が担うべき重要な役割だと思います。そこには、AIから提供された情報の妥当性を吟味し、また、それを評価にどのように用いるのかという判断も含まれます。最終的に評価し判断を行うのは査読者だというのが、重要な点だと思います。
Q3. AIによって査読のばらつきやバイアスを減らせる可能性がある一方で、新たなバイアスが生じたり、判断の責任が曖昧になることも懸念されています。査読プロセスへの信頼を保つためには、AIと人がどのように役割を分担するのが望ましいとお考えですか?
中村)査読におけるバイアスについては、所属先や性別といった著者の属性が査読に影響を与えることが指摘されてきました。そのようなバイアスを避けるため、著者が誰かを査読者に開示しないダブルブラインドなどの手法も利用されてきました。しかし、狭いコミュニティでは、仮に著者名を秘匿してもだれか推測できてしまうという問題もあります。こういったバイアスを軽減するために、AIを活用することは、たしかに考えられます。しかし、AIもバイアスから自由ではありません。AIの学習データには、これまで学術コミュニティのなかで蓄積されてきたバイアスが反映されています。さらに、AIの場合には、人間の査読者の場合と違って、バイアスが存在していることが見えにくくなってしまうことも重要な問題だと思います。したがって、査読におけるバイアスの問題は、AIを導入すれば解決されるのではなく、私たちが引き続き向かい合っていくべき問題だと考えます。
Q4. 10年後、AIがさらに普及したとき、査読はどのようになっていてほしいですか? AIに任せたいことと、査読者や編集者が引き続き担うべきことを、それぞれ教えてください。
中村)競争的な研究環境を背景に研究業績への圧力が高まるなかで、投稿論文が増加し、編集者や査読者の負担が増していることが問題視されています。また、論文執筆における生成AIの利用が広がるなかで、論文数の増加がさらに加速していくことも懸念されています。そのなかで、査読のクオリティを保ちながら、こうした負担を軽減していくことが重要だと思います。そのために、AIを積極的に活用していくことが重要です。テクニカルな面でのチェックはAIに任せて、査読者は、そのテーマについての深い理解や専門家としての見識に裏打ちされた、本質的な評価や判断に専念できる。そうした役割分担が実現することが理想だと思います。
Q5. AIを活用した査読が一般的になっても、査読者が失ってはいけないものをひとつ挙げるとしたら、何でしょうか? その理由も教えてください。
中村)査読における評価・判断について、責任を負うことだと思います。AIに誤りを指摘すると、すぐに謝罪して回答を修正することがあります。もちろん素直に自らの誤りを認めて修正することも大事ですが、しかし同時に、みずからの判断に確信をもって評価を下すことも重要です。なによりも、査読において問われているのは、著者だけではなく、査読者でもあります。あらたな領域を切り開く革新的な研究ほど、その学術的な価値を見極め、適切に評価することが難しいものです。そのようななかで、判断が誤っていたときにはそのことを素直に認めることも含めて、自らの判断に責任を負うという姿勢が重要ではないかと考えています。
まとめ
AIによって査読のさまざまな作業を効率化できるようになっても、研究の価値を見極め、最終的な判断に責任を持つのは人です。中村先生のお話からは、AI時代だからこそ、査読者の専門性や判断の重要性を改めて考える必要があることが見えてきました。
AIに何を任せ、何を人が担い続けるのか。これからの査読を考えるうえで、その役割分担がますます重要になっていくのではないでしょうか。



