リスク回避はどこまでするべきか?
文章を書くときは、読む人を意識しながら書きます。良い書き手ほど、読み手が理解しやすいように書くものです。これはアカデミックライティングでも当てはまりますが、多くの場合、論文を書く人にはほかの目的もあります。つまり、発見したことを誰よりも先に報告し、分野の発展に貢献し、人より優位に立つことです。論文を書く人が気にする点はほかにもあります。それは、論文が査読者や同僚に与える印象です。隙を見せないよう慎重を期すあまり、不明瞭で、説得力に欠け、分かりにくい論文に仕上がってしまうことも珍しくありません。つまり、心配に対処するために過剰なリスク回避をしてしまうのです。
賭け事でリスクを回避する場合は、勝てるチャンスを増やすために複数の結果に賭けるでしょう。アカデミックライティングのリスク回避も仕組みは同じようなものです。ただし論文におけるリスク回避は、勝つ可能性を最大化するため(=読者にとって理解しやすくするため)ではなく、負ける可能性を最小限に抑えるため(間違っていることが証明される可能性を最小限に抑えるため)に行われます。たとえば、「Watering the plants before sunrise or after sunset makes plants to grow faster.(日の出前または日没後の水やりは植物の成長を速める)」と言い切るのではなく、「Watering the plants before sunrise or after sunset probably helps plant growth.(日の出前または日没後の水やりは、おそらく植物の成長に役立つだろう)」と書くことで主張をトーンダウンさせます。「probably(おそらく)」を加え、動詞で「to grow」と書く代わりに抽象名詞「growth」を使うことで主張を和らげ、逃げ道を作ります。水やりの時間帯による効果は、植物の種類、土壌、天候にも左右されるという指摘に備えるのです。
アカデミックライティングでリスク回避が行われるもう1つの理由に、科学の本質として切り離すことのできない、不確実性があります。一般的な物理法則でさえ、物体をナノスケールで観察すれば変化することが示されています。また、科学、とくに応用科学に関連するほとんどの現象は、原因と結果をシンプルに説明するには、あまりにも多くの要因に支配されています。たとえば、頭痛があって、薬を服用した後に治ったとします。薬が頭痛を治したのでしょうか?その可能性はありますが、必ずしもそうとは限りません。薬を飲んだことだけでなく、単に時間が経ったこと、何かを食べたこと、何かをしたこと、何かに接したことも、頭痛が治った原因として考えられるからです。アカデミックライティングについて指南するアドバイスの多くは、こうした制約を無視していますが、科学者(とくに変化が当たり前の生物学に取り組む科学者)が絶対的な対象を扱うことは不可能なのです。作家のサマセット・モームは、自伝的小説『サミング・アップ』で、解剖学での教訓を次のように語っています。「標準とは多くの観察に基づく抽象的な理想でしかなく、個々の事例にはほとんど当てはまらないのだから、正常とされるものは稀である」。
したがって、アカデミックライティングにはリスク回避が付き物です。ただ、残念ながら、ずさんな調査、不十分なデータ、サンプルの少なさや偏り、混乱した思考の隠れ蓑としてもリスク回避が使われています。このようなリスク回避は避けなければなりません。たとえば、次のような過剰なリスク回避が行われることによって、リスク回避自体が悪いことだと捉えられてしまいます。「It is believed that sunning may possibly counter, to some extent and under certain circumstances, the deficiency of vitamin D in some individuals.(日光浴は、特定の状況下では、一部の人のビタミンD欠乏に対抗する一定の可能性があると考えられています)」。
では、文章を書くときのリスク回避はどの程度なら適切なのでしょうか?次の実践的ヒントを参考にしてください。
一文で何度もリスク回避をしない。先ほどの例は、過剰なリスク回避を説明するために作ったものです。実際は、不確実性を示す単語を1つだけ使えば十分なはずです。たとえば、「may」を使って「It may rain.(雨が降るかもしれません)」と言えば、可能性について話していることは明らかです。「possibly(おそらく)」もそのような役割を果たします。つまり、先ほどの例では、ほかの3つの修飾語句:「to some extent」、「under certain circumstances」、「some individuals」はいずれも不要です。
単語ごとの不確実性の程度を知る。 「It may rain」と「It might rain」の違いは、不確実性もしくは可能性の程度の違いであり、「might」の方がより不確実性が大きいことを意味します。同様の例に、「possible」と「probable」があります。「possible」は、「The error was possibly due to a defective instrument.(そのエラーは機器の欠陥が原因かもしれない)」のように、何らかの物事が「理論上、可能である」ことを意味します。これは、機器の欠陥が、考えられるいくつかの原因のうちの1つにすぎないということです(原因は機器の欠陥ではなく、計算の単純なエラーかもしれませんし、機器ディスプレイの誤読かもしれません)。一方、「Probable」は、「The error was probably due to a mistake in calculation.(そのエラーはおそらく計算の誤りが原因だ)」のように、何かが「本当らしい、もっともらしい」ことを意味します。
適切な修飾語句を使用する。「may」、「can」、「should」などの法助動詞を使うことは、不確実性を表現する方法の1つです。このほか、「some」、「nearly」、「almost」などの修飾語句を使う方法もあります。修飾語句は、推測の範囲を制限します。たとえば、「All wounds heal faster by local application of cream A.(クリームAを局所に塗布すると、すべての傷が早く治る)」と言うのではなく、クリームAの有効性に関する確信の度合いに応じて、「some wounds(一部の傷)」や「nearly all wounds(ほぼすべての傷)」などと言うことができます。
事前に伝える。文章全体に予防線を張る代わりに、不確実性についてあらかじめ読者に伝える方法もあります。たとえば、結論が事例証拠や非ランダムサンプルに基づくものでしかないとします。結果が異なるものになる可能性の原因が分かっている場合は、次のように述べましょう。「These experiments were conducted under controlled conditions, and the results of field experiments may be different.(これらの実験は管理された条件下で行われたため、フィールド実験の結果は異なる可能性がある)」または「A representative sample is likely to offer more reliable data.(代表サンプルからより信頼性の高いデータが得られる可能性がある)」。
大切なのは、読み手に対して正直であることです。適切なリスク回避策で不確実性を認めることは必要だとしても、それを隠蔽策と混同しないようにしましょう。隠蔽策とは、例えるなら、本来は明るさを得るための街灯を、酔っぱらいが体を支える道具として使うようなものです。
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