キャリアの各段階で適切な助成金を選択するには
研究者が研究を進めるには研究費の獲得が欠かせませんが、この獲得レースに勝つのは容易ではありません。助成金申請の採否は、研究テーマ、所属、研究業績など、さまざまな観点から判断されます。しかしそれ以前の問題として、「数ある助成金提供元の中から、自分の立場や能力に見合ったところをどのように選ぶべきか?」という段階で悩む研究者も多いのではないでしょうか。
この記事では、種々の助成金(グラント/コントラクト)について、実際の(または想定される)メリットとデメリットを知ってもらうことを目指して、研究者向けの現行の助成金オプションの概要をご紹介します。各助成金の採択難易度、申請書類の形式、字数制限、書式などの詳細については触れず、キャリアの各段階でそれぞれの助成金に申請することの可否に焦点を当てます。具体的には、化学分野における若手からベテラン研究者向けの3タイプの研究開発(R&D)助成制度について説明していきます。なお、本記事で扱う以外にも助成団体や助成形態は存在しますが、少なくとも米国では、以下で解説する3タイプが、現在の学術R&D活動の土台となっています。他国のシステムや、中小企業技術革新研究プログラム(SBIR)、中小企業技術移転プログラム(STTR)などの助成形態、化学分野への助成を行なっていない個人財団については、本記事では触れていません。
研究者としての各キャリア段階に適した助成形態はどれなのか、また、適した形態を選ぶ意義は何なのかについて知ってもらうことができれば幸いです。加えて、特定の政府機関や民間企業、非営利団体への助成金申請は、研究費の獲得だけを目的にしてはならないということも強調しておきたいと思います。
それでは、学術界における助成形態を1つずつ見ていきましょう。
1. 国、州、地域のグラント
学術R&D向けのあらゆるグラント/コントラクトの中で、もっとも需要が高くメリットの多い助成金は、間違いなく政府機関によるものですが、これは、継続的に獲得するのがもっとも難しい助成金でもあります。少なくとも米国では、国立衛生研究所(NIH)や国立科学財団(NSF)、環境保護庁(EPA)などの機関における助成金申請採択率や(満額)支給率の低さが、この事実を物語っています。一方で、競争率の低い助成金は、研究者の業績という観点から見ると、価値が高いとは言えません。したがって、1か所からでも政府機関(または国際機関)から継続して競争的資金を獲得していると、平均以上の成功を収めている研究者と見なされるのが一般的です。
連邦政府機関によるコントラクトは、機関が定めたきわめて具体的なゴールに向かうことを求められるので、グラントほどの人気はありません。学術界において、コントラクトは、民間企業によるR&D助成金と同様に、グラントほどの価値があるものとは考えられていません。コントラクトは、助成側がグラントの支給では実現が難しい現行/将来のニーズを満たすための提供資金であり、その意図に沿うことができる申請者を求めます。包括的な知見の生成が目的ではないので、支給額も機関が定める目標の範囲内に収められます。連邦政府や州政府機関のグラントに採択された研究は、たいていの場合高名な学術誌に論文が掲載されますが、コントラクトは論文出版が目的ではないため、必ずしもこのような結果に繋がりません。
コントラクトよりもグラントに、あるいは、より競争率の高い助成金に人気が集まるのはなぜでしょうか?これは、競争率の高さを考慮に入れても、いくつかのメリットがあるからです。たとえば、複数年に渡って研究費が支給されること、採択者の能力と研究の計画性への評価に繋がること、専門領域の著名な科学者による審査があること、管理が行き届いていること、経験豊富なコーディネーターから助言を受けられること、などが挙げられるでしょう。また、政府機関グラントの採択者は、研究者として優秀で、研究の質・経験値・文章能力が高いという評価を受けます。さらに、昇進・テニュア(promotion and tenure、P&T)査定委員会は、政府機関による競争的資金を1回以上獲得し、相応の結果を出している研究者を評価するのが一般的で、このような要件を満たしていない場合はマイナス評価に繋がる可能性があります。民間企業も、政府機関(NIH、NSFなど)グラントの採択歴がある申請者には、安心して助成金を支給することができるでしょう(逆は真ならず)。以上のように、政府機関(NIH、NSFなど)グラントを継続的に獲得することのメリットは絶大であり、そこに論文出版が伴えば、まさに鬼に金棒です。
とは言え、先述したように、これらの連邦/州政府機関のグラントには競争率の高さというマイナス要素があります。とくに、若手研究者が経験豊富なベテラン研究者に対抗するのは至難の業でしょう。また、申請書類の審査に長い期間を要するケースが多いこともネガティブな側面です。申請書には審査員からのフィードバックがあり、必ず何らかの修正を指摘されます。審査員によるこの評価をもとに、機関が採否の最終決定を行います。ネガティブな評価が下された申請書については、コメントが少ないのが特徴です。このような審査を勝ち抜いてきた「常連」の採択者たちに割って入るのは容易ではなく、悔しい思いをすることもあるでしょう。また、たとえば議会や機関の予算削減に伴ってNIHの助成金総支給額が減ったとしても、翌年の申請数が減るわけではありません。この場合、採択数が減少するだけなので、採択されるためのハードルが上がり、より少ない申請者しか研究費を獲得することができなくなります。採択されなければ、申請書作成に費やした時間や労力は無に帰し、一からのやり直しを余儀なくされます。
一方、コントラクトは比較的競争率が低い助成金です。コントラクトは、政府機関が設定する課題をR&Dによって解決することを求められるので、所定の研究テーマを扱う申請者のみが競合することになります。SBIRやSTTR型のコントラクトは、学術界由来の新規の小規模ビジネスを支援するためのものです。これらは、初期に6ヶ月間の支給を受け、良好な結果が得られた場合に限り、数年間延長されるのが一般的です。コントラクトは、プロジェクトがあらかじめ設定されているので、新規性や革新性のあるR&Dを行うのは困難でしょう。企業が提供するコントラクト/グラントも同様に、新規製品の開発や製品の改良を目的としているケースがほとんどなので、革新的・独創的な研究結果を得ることは困難でしょう。特定のコントラクトによって研究費を支給されるということは、所定の問題を解決し、商業化や市販化に繋がる研究結果を生み出さなければならないということです。これは、独創性や新規性に富んだ質の高い科学研究とは相反するものです。すべてがそうであるとは限りませんが、ほとんどのコントラクトには、一定の制約が付きものです。
2. 民間企業のグラント/コントラクト
民間企業のコントラクトやグラントを得る方が、NIH/NSFルートを目指すよりも容易であると考えている研究者は多いでしょう。これは事実ではありますが、P&T(昇進・テニュア)を考慮した場合には、弊害をもたらす可能性があります。もちろん、研究費の出処がどこであろうと、画期的な研究結果や実用価値が高い結果を生み出すことは可能です。しかし、民間企業からの助成金受給歴しかない若手研究者は、P&T査定委員会から疑念を抱かれがちです。一方、企業コントラクトと政府機関グラントの両方を獲得している研究者は、P&T査定委員会からポジティブな印象を抱かれます。グラントは、大学側が負担している多大な経費を還元してくれるのが一般的ですが、多くのコントラクトは(政府、民間によらず)そうではないことを、若手研究者は認識しておく必要があるでしょう。
とくに分析学の分野において、コントラクト/グラントそのものは、適切に利用すれば、新規性・創造性があるR&Dを実施するための資金になります。また、科学関連企業に就職する学生にとっては貴重な経験を積む機会になるでしょう。企業が定めるR&Dプログラムによって、採択された側は、個人では容易に入手できない研究機材を扱う機会を得ることができ、資金提供元の企業は、新たな市場の開拓や新規の機器・機器分析法の開発を実現できます。これは、研究者と企業双方にとって望ましいものです。このような取り組みは、学生を含めたすべての関係者にとって有益です。大学と企業が連携し、学生の時間を両者で折半すれば、学生は学位取得のための研究を行いながら、貴重な学術的経験と企業での経験の両方を得ることができます。近年、多くの大学でこのような連携プログラムが実施されており、論文出版や学会発表、商業的成功という形ですべての関係者が利益を得る結果が頻繁に見受けられます。
過去数十年間の分析分野のR&Dにおいて、大学院生との連携によって成功裏に終わったプロジェクトが数多く生み出されています。ある超大型の生物医薬品の開発と商品化に寄与した研究プロジェクトは、産学の連携によるものでした。このプロジェクトにより、企業は自社のベストセラー商品を生み出し、学生は博士号を取得しました。企業は、ほとんどの分析的R&Dを大学との連携で実施しながら、高評価の論文も数件出版し、数十年に渡って世界一の利益を上げた(特許完全取得済の)医薬品の開発に成功しました。こうして、すべての関係者が勝者となったのです。
3. 民間非営利団体のグラント/コントラクト
民間の助成機関や非営利団体は、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、Alzheimer’s Association、関節炎財団(101の医療財団が含まれる)、チャールズ・コーク財団、ヘルスケア財団、ウォルマート財団、ロックフェラー財団など多数存在し、主に物理科学に関連したグラントやコントラクトを提供しています。これらのほとんどは競争的資金ですが、各財団の関心テーマの範囲内での制約は比較的緩いのが特徴です。たとえば、新薬の開発、特定の疾病の治療法、社会の発展、科学の普及、物理科学の高等教育などの一般的なテーマに研究費が支給されます。3~5年間支給される政府機関グラント(NIH、NSFなど)ほどではありませんが、複数年に渡って比較的大きな金額が与えられます。
一般的にこれらの助成金は、NIHやNSFグラントと比較すると、経費還元率が低く、支給期間が短く、支給額も少額ですが、競争率はきわめて高いと言えます。また、必ずしも基礎科学研究を扱うわけではなく、たとえば、タンパク質のトップダウン質量分析のための新型3Dプリンターやオービトラップ質量分析計の開発なども、通常は対象となりません。このようなテーマには、関連するR&D型の企業グラント/コントラクトが対応しているからです。
財団にもよりますが、このタイプの助成金申請が採択された場合、P&Tの面で研究者にメリットがあります。ほとんどの場合、企業コントラクトほどの厳しい制約はありませんが、社会的・医学的課題などを解決するための具体的なR&Dが求められるからです。ゲイツ財団やザッカーバーグ財団、米がん協会(ACS)などのより大規模な財団は、より包括的な研究プロポーザルを受け入れていますが、ACSの場合はがん研究に関するプロポーザルに限定されます。米化学会(American Chemical Society)は、学術的なテーマに関して同様の助成金を提供していますが、支給額は限定的です。通常、年間の支給額は連邦政府の助成金(NIH、NSFなど)よりは少なく、企業コントラクトと同等がそれを上回る場合が一般的です。
まとめ
助成機関の規模が大きいほど毎年の申請数は多く、競争率も高くなるのが普通です。そして、提案するR&Dの内容が主な判断基準となるのは当然として、プロポーザルが革新的であるほど、そしてその実現可能性が高いほど、採択される可能性は高まります。
企業や民間財団のグラント/コントラクトは、NIHやNSFグラントの審査プロセスほど厳格ではなく、競争率も高くありません。その分、若手研究者にとっての魅力や価値はいくぶん劣ることになります。また、申請者の所属先への経費還元率も限定的なので、プロジェクトに関わる研究者に対する所属先の価値も低めになるでしょう。
昇進や昇給、研究環境の拡張といった研究者の労働条件の向上は、その研究者がどれだけの予算を獲得してきたか、とくに、大学にどれだけの経費を還元したか、還元する見込みがあるか、という点と直接的に結び付いています。労働条件を向上させるには、質の高い論文の出版や学会発表、学部生/大学院生の指導歴、指導や研究による受賞歴だけでは不十分なのです。「お金がすべてではない」と言う人もいますが、この世界では、残念ながらほとんどの場合において、お金がすべてだと言えるでしょう。
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