査読の現状と研究公正向上への提案:韓国大学研究倫理評議会事務局長へのインタビュー
ピアレビュー・ウィーク2022では、「研究公正:研究への信頼を支え、育む」をテーマに掲げ、査読が研究公正の維持と強化に果たす役割について、世界中の学術関係者が議論を繰り広げました。エディテージ・インサイトでも、この機会にさまざまな地域やバックグラウンドの研究者と査読と研究公正について話し合い、その一環として大学研究倫理評議会事務局長で韓国研究財団(NRF)研究倫理センター顧問のHyobin Lee博士にインタビューを行いました。
Lee博士は、米国のユタ大学とテキサス大学オースティン校で政治学の修士号を取得後、高麗大学校で政治外交学の博士号を取得しました。現在は忠南大学校のアジアビジネス国際学科で政治学を教えています。共著論文に、研究倫理に関する論文(NRF発行)「若手研究者のための研究倫理の基本(First Steps to Research Ethics for Early Career Researchers)」と「学術研究に関する査読の倫理基準についての研究(Study on Ethical Standards of Peer Review Related to Academic Research)」があります。
インタビューでは、韓国における査読の現状と、研究公正を向上させるための提案についてお聞きしました。
Q. 研究や講義でお忙しい中、研究倫理問題にも積極的に取り組んでおられます。昨年はNRFが発表した論文「学術研究に関する査読の倫理基準についての研究(A Study on Ethical Standards in Peer Review Related to Academic Research)」を筆頭著者として執筆されました。研究倫理を重視するようになったきっかけは何ですか?
韓国では研究倫理について学ぶ人は少なく、論文を書く人もほとんどいないのが現状です。NRFの政策研究チームで働いていた2017年に、研究費詐欺について2本の論文を書きました。当時はまだ、研究倫理は韓国ではあまり注目されていませんでした。しかし、やがてハゲタカジャーナルなどの問題が発生すると、『ハゲタカ出版の特徴と予防策(Main Characteristics of Predatory Publishing Activities and Preventive Measures)』(2019年)の執筆を依頼され、韓国におけるハゲタカ出版の調査官に任命されました。2019年からは活動の幅を広げ、大学研究倫理評議会の事務局長も務めています。
Q. ピアレビュー・ウィーク2022 のテーマは「研究公正:研究への信頼を支え、育む」です。研究公正を維持する上で査読が果たす役割についてどう考えますか?
ScienceやNatureなどに論文を掲載することは非常に難しいため、有力ジャーナルでは研究倫理の問題はないと思われがちです。しかし、2005~2006年に研究不正の世界的スキャンダルを引き起こしたHwang Woo-suk博士の論文は、Scienceに掲載されたものでした。また、リトラクション・ウオッチで報告されたソウル大学校教授の論文の改ざん・捏造も、権威あるジャーナルに掲載されていました。これらの論文はすべて査読済みだったため、なぜこれほど有名なジャーナルで倫理問題が発生するのかという疑問が生じました。
査読を行うことで論文の質がある程度担保されるのは確かですが、研究不正を完全に排除することはできません。査読者は、受け取った論文で研究不正が行われているとは思わないものです。剽窃は査読で見つけられることもありますが、データの捏造を見つけるのは非常に困難です。したがって、査読プロセスは研究公正を100%保証するものではありません。
査読プロセスで研究公正の問題が生じるケースも少なくありません。同僚とretractionwatch.comから聞いたこんな話があります。その同僚はジャーナルに論文を投稿しましたが、却下されました。ところが1年後、同様の研究が別のジャーナルに掲載され、その論文の著者は同僚の論文の査読者だったのです。査読者が故意に論文をリジェクトし、多少の修正を施して自分の名前で出版するケースはときどき聞かれますが、これらの事例を証明することは非常に困難です。
Q. おっしゃるように、査読プロセスでは、利益相反、査読の機密性、論文引用の強要など、研究公正が脅かされるケースがあります。他に思い当たる例はありますか?
利益相反の問題はよくありますね。原則として、ジャーナル編集者は自分のジャーナルでは論文を掲載しない方がよいでしょう。しかし、編集者が自分のジャーナルに論文を投稿し、自分を査読者にするケースが存在します。これは典型的な利益相反の事例です。先ほどの例のように、査読者が査読を担当した論文を盗用するケースもあります。また、リジェクト率の高いジャーナルは良いジャーナルと見なされるため、KCI (Korea Citation Index)に収載されているあるジャーナルは、査読を行なったと装って論文のリジェクト率を上げようと画策しました。
Q. 査読を依頼する際、韓国のジャーナルは、注目すべきポイント(盗作、画像加工など)に関するガイドライン等を提供していますか?
通常、韓国のジャーナルはTurnitinやCopy Killer(韓国の剽窃検知ソフト)などのツールを使用して剽窃チェックを行なっています。ジャーナルによって異なりますが、通常は類似度が15~20%を超えるとその論文は査読前に却下されます。これらのツールは剽窃のフィルタリングには役立ちますが、他の研究不正を見つけるのは容易ではありません。不正行為を防ぐため、改ざんの特定に役立つオリジナルデータを提出するよう著者に求めるジャーナルもありますが、これを行なっているのは一部の著名ジャーナルのみです。
オーサーシップについても、査読者が倫理的な問題を特定する余地はほとんどありません。ジャーナルは通常、各共著者の役割を説明するよう求めますが、査読者がこの妥当性を検証することはできません。また、韓国語で出版した論文を英語で出版するといった重複出版を特定することも困難です。
Q. NRFの報告書でもおっしゃっていたように、査読に関わる人的資源と物的資源は膨大です1。このことについてどう思われますか?また、韓国の査読システムの現状についての見解をお聞かせください。
NRFは国立の研究助成機関なので、査読者に報酬を支払うこともあります。
(一般的には、査読者に対して報酬は支払われていませんね。)
その通りです。NRF は少額でも支払いをするので、査読者を比較的見つけやすいと思います。しかし、ほとんどのジャーナルでは査読者への報酬はなく、とくに人文社会学系のジャーナルは財政的に余裕がない状態です。つまり、査読者にとってのインセンティブがないのです。
ところで、査読プロセスには分野ごとのちょっとした違いもあります。たとえば、数理科学分野のあるジャーナルでは、査読者が1人しか割り当てられないと聞いています。数学の論文では明確な答えを扱うので、査読者が1人だけでも正確性を検証できるかもしれません。でも、人文社会学系の場合は論文の質をさまざまな観点から検討するため、一方の査読者はリジェクトを推奨、もう一方の査読者は修正後の掲載を推奨、ということもあります。そのため、人文科学や社会科学のジャーナルでは2~3人の査読者を割り当てるのが普通です。査読者には、論文全体を読んで詳細なコメントを提供するという時間と労力のかかる作業が求められますが、金銭的報酬はないのが現状です。
もう1つの問題は、論文を投稿する側から見ると、査読プロセスに時間がかかりすぎることです。私がSCI収載ジャーナルに投稿した論文は今、「修正後再投稿」のステータスになっています。最初の査読が済むまでに6か月かかりましたが、これは比較的短い期間です。場合によっては査読プロセスに1年以上かかることもあります。最終的にリジェクトされなければそれでも問題ありませんが、リジェクトされた場合は、別のジャーナルに投稿し直して、再び長い時間待つことになります。論文の行く末に恐怖と絶望を感じつつ、結果を待ちながら新たな論文の執筆に着手するということも珍しくありません。
研究者が、1か月以内という短期間で結果の出るハゲタカジャーナルへの論文投稿を続ける理由にも注目する必要があります。研究者の立場からすると、年齢やキャリアを考えた場合、1か月と6か月では大きな違いがあります。ジャーナルはこの問題をよくよく考え、査読プロセスで研究者が直面する課題の解決に努める必要があるでしょう。
Q. 韓国の研究者は、できるだけ多くの論文を作成しなければならないというプレッシャーにさらされていると聞きます。そうなると研究の質より量が重視され、査読と出版のプロセスに時間がかかると、さらに負担が増します。韓国で研究不正問題が深刻化しているのはそのためでしょうか。
私が共著者として執筆に参加した「研究倫理に対する大学教員の意識レベルについての研究(Study on Research Ethics Awareness Level of University Faculty)」(NRF、2021年)で、「なぜ研究不正が頻発していると思うか?」という質問を行いました。すると、「定量的な評価方法のため」との回答者が最多でした(36.9%、回答者2,292人中845人)2。数が重視されるために、研究者は業績を追い求め、研究不正やハゲタカ出版に走ってしまっているのです。問題は、研究者を責めるべきなのか?ということです。中国やアメリカでは、論文数が少なくても博士論文に基づいて採用されることがよくありますが、韓国ではありえません。そのため、韓国の研究者は、研究成果の数を追い求めてしまうのです。
Q. 韓国の学術界は、この状況を解決するための変化を迫られていると思います。査読については、問題に対処するためのさまざまな試みが行われています。この試みの例についてお聞かせ頂けますか?
論文をジャーナルで出版する前にプレプリントサーバーに掲載しておくと、読んだ人が不正行為に関する懸念を指摘することができます。また、pubpeer.comというサイトでは、自分の出版物や同業者の出版物を検索して、フィードバックを送ることや、匿名でやり取りを行うことができます。F1000RESEARCHのような一部のジャーナルは、出版後査読を実施し、出版後に研究を評価できるようにする仕組みを取り入れています。査読はさまざまな方法で行うことが可能です。これらの斬新な試みは、韓国の学術界でも積極的に検討する必要があると思います。
Q. 査読プロセスを改善し、研究と出版における倫理違反に対処するために、韓国の研究者、編集者、出版社にアドバイスをお願いします。
韓国では研究費を交付する際、研究者名は公開、レビュアーは非公開という一重盲検法で行われます。助成金申請書を読まずに、研究者のプロフィールだけを見て研究費が配分されるケースが多いのですが、これは非常に問題があると思います。
また、韓国の学術界では失敗が許されないことも指摘しておきたいと思います。米国では認知症の研究に多額の資金が投入されていますが、認知症はまだ克服されていません。失敗が続いても、この研究分野を支援し、資金の提供が続けられています。そのため、米国がいつか認知症を治す可能性は、他の国よりも高くなるでしょう。私たち韓国の学術界でも、挑戦的な研究に取り組み続ける機会が与えられるべきです。韓国の研究助成機関は、失敗のリスクが高くても社会にとって価値のある研究には、一定の資金を投入し続ける必要があるでしょう。
また、助成金申請書のレビューは、研究プロポーザルのメリットにのみ基づいて行われるべきです。助成金申請のプロセスでは、著者が誰かを明かす一重盲検法ではなく、二重盲検法を採用することを提案したいと思います。
韓国の学術界における評価と採用のシステムについても触れておきたいと思います。アメリカの大学では、教授やテニュアトラックにさまざまなポジションがあります。たとえば、講義が得意な人は講義だけで採用され、研究が得意な人は研究に専念する教授として採用されます。韓国の学術界でも、評価方法や人員配置が多様化することを期待したいと思います。人材をより多様な形で活かす努力が必要でしょう。
Q. 最後に、研究倫理について今注目している問題を教えてください。
現在は、NRFによる昨年の査読レポートの追跡調査など、いくつかのプロジェクトに取り組んでいます。前回のレポートでは助成機関によるレビューに焦点を当てていましたが、今回のフォローアップでは、韓国の査読システムを包括的にカバーできるよう、範囲を拡大しています。また、今書いている論文では、基礎研究における査読の問題と、評価指標をいかに変えていくかを扱っています。
研究倫理問題に関する調査も実施しており、韓国で働く外国人研究者向けの研究倫理ガイドの作成にも取り組んでいます。調査は終了しましたが、今年2月に研究倫理を守るためのガイドラインの改訂が発表されたため、公開は保留しています。利益相反について書いた論文もあり、こちらはまもなく公開される予定です。今年の5月19日に利益相反防止法が施行されましたが、学術界でもこの問題に取り組む必要があるでしょう。また、研究倫理に関する論文も執筆中ですが、韓国ではこのテーマを本格的に扱っているジャーナルが少ないので、投稿先を探す必要がありそうです。
韓国の査読の現状と、韓国の研究者が直面している問題について詳しくお聞かせ頂き、ありがとうございました。
インタビューに関する質問やコメント、査読や研究公正の問題についてのご意見は、コメント欄からお知らせください。
1. Although there are no survey results on how much time on average Korean researchers invest in reviewing research, some extent, it can be estimated by analyzing the status of peer review conducted by the National Research Foundation of Korea. (…) In 2019, 8,710 evaluation panels were formed for the project evaluation of the National Research Foundation of Korea, and the number of participants was 35,572 including duplicate participation. if this is converted into the evaluation participation time, it is estimated that about 280 years were invested in 2019 alone. (NRF, 2021, p8]
2. As the cause of the failure to eradicate violations of research ethics, 36.9% of university faculties (845 out of 2,292 respondents) recognized that it was ‘performance-oriented evaluation system and fierce competition among researchers’. The second cause was 'economic benefits such as obtaining research funds (19.9%)', and the third reason was 'a lack of capacity and will to detect and verify research misconduct or research inappropriate conduct’ (11.2%). (NRF, 2021, P20)
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