研究不正の動向—今、査読者として知っておくべきこと
査読付きジャーナルは、信頼できる最新情報を広めるためのゴールドスタンダードとして幅広い分野で認められています。ジャーナルは何百年も前から存在しており、査読は 1731 年から何らかの形で行われてきました1。
査読は今でも、研究の質を保つための重要な「フィルター」であり続けています。無報酬のため、割に合わないようにも思われますが、査読者は学術出版プロセスに欠かせない存在です。査読者がいなければ、私たちは学術出版物に信頼を置くことができません。研究コミュニティは、正しい決定を下すための拠り所として、査読者に絶大な信頼を寄せています。査読者には多くの役割があり、例えるならスポーツの試合の審判として機能します。公平なオブザーバーとして、十分な情報に基づく専門的な判断を下し、結果が妥当で正しく報告されているかどうかを精査します。また、査読者はコーチの役割も果たし、論文著者が研究を明確に説明して大きなインパクトを示せるような助言を提供します。そして、査読者にはもう1つ重要な仕事があります。それは、学術不正の兆候に目を凝らす探偵の役割です。
研究公正の侵害
研究不正の事例は珍しくありません。Xie et al.2による 2021 年のメタ分析によると、改ざん、捏造、剽窃の発生率は2.9%で、その他の疑わしい研究行為の発生率は12.5%でした。毎年何万本もの論文が出版されていることを考えると、不正行為のすべてを発見することはおそらく不可能です。論争の的となっている「出版するか消え去るか」の風潮といった研究環境の負の側面が生み出す圧力により、一部の研究者は誘惑に屈して結果の改ざんや研究規範の無視といった行動に出てしまうのです3。
しかし、研究公正を侵害すれば、長年の研究が無効になったり、無実の人々のキャリアまで危険にさらされるなど、甚大な損害が生じる可能性があります。シェーン・スキャンダル4や最近のアルツハイマー病論争5は、長年にわたる研究を無効にし、共著者を厳しい視線にさらしただけでなく、学術出版プロセスへの信頼を弱体化させました。したがって、非倫理的な研究が学術文献に紛れ込まないよう、査読者は目を光らせることが重要です。
改ざん、捏造、剽窃は、もっともよく見られる形の研究不正です。しかし、インフォームドコンセントの未取得、不適切な著者資格の適用、利益相反の不開示、サラミ出版など、ほかにもさまざまな形の倫理違反があります。
画像の加工も研究データの改ざんでよく見られる行為で、前出のアルツハイマー病論争でも注目されました。
非倫理的慣行の現状
研究倫理違反は、捏造や不正行為だけではありません。20 世紀には、タスキギー梅毒実験6やハリー・ハーロウのサル実験7など、人間と動物に対して行われた多くの残虐行為と疑わしい慣行が明るみに出ました。ヘルシンキ宣言などのガイドラインにより、人間と動物への倫理的な扱いを順守する意識が大幅に向上しました。しかし、研究者たちは、より幅広い倫理的責任を負っていることを認識するようになっています。
「ヘリコプター研究」は、最近大きな注目を集めています。これは、先進国の研究者が、発展途上国の研究者が収集したデータを使っているにもかかわらず、適切なクレジットや著者資格を与えないというものです8。たとえば、ロンドンの研究者がリベリアの研究者に熱帯病研究のためのサンプルの入手を依頼します。研究の実現にはそのリベリアの研究者の専門知識と資料が必要だったにもかかわらず、適切なクレジット表示を行わなかった場合、それはヘリコプター研究と見なされます。
また別の学術不正に、「論文工場」があります。論文工場は、粗悪なデータや改ざんされたデータを基に作られた論文の著者資格を販売しています。2022年にロシアの論文工場「International Publisher Ltd.」が著者資格を最高5,000ドルで販売していたことが明るみに出たことで、この問題は新たな注目を集めました9。同年に発表されたプレプリントによると、4誌で20本以上の論文の著者資格を販売することについての、論文工場とジャーナル編集者との間の非倫理的な協力関係を示す証拠があるということです10。この問題の全貌は不明で、今後この慣行の事例がさらに増える可能性があります。
懸念をジャーナル編集者に伝える
不正行為が疑われる場合は、ジャーナル編集者に伝えることが重要です。ジャーナルの評判と商業的価値は、信頼できる情報源であるかどうかに大きく依存しています。編集者はそのことをよく理解しているため、不正行為の可能性があればぜひとも知りたいと考えているはずです。
本当に間違っているかどうか確信が持てないときに、物事をややこしくしたり騒ぎ立てたりするのは気が進まないかもしれませんが、学術不正が疑われる事例に対処する場合は、「転ばぬ先の杖」、つまり後悔するよりは慎重にという姿勢で臨むのがベストです。懸念の原因を特定したら、裏付けとなる明確な理由とともに疑わしい点を文書にまとめ、論文内の問題のある個所に目印を付けます。これをジャーナル編集者に送って、問題の調査を託しましょう。
査読者のための研究公正チェックリスト
研究不正の証拠をチェックする際の主な注意点をまとめました。
- 資金提供やデータの利用に関する宣言を含め、一般的な倫理宣言やジャーナルが指定する倫理宣言が含まれているか。
- 研究方法は、関連する治験審査委員会の承認を受けているか。
- 画像に改ざんの兆候はないか。(疑わしいものや不自然なものがあれば、著者に説明を求めましょう。
- データソースを確認する。(データを提供した人の名前は示されているか?)
- テキストのスタイルや語調に変化はないか。(共著者が書いていたケースであれば問題ありませんが、テキストをオンライン検索してみたら盗用された文章であったというケースもあります。)
- 自著論文の引用が多すぎないか。(データの再利用について確認しましょう。重複出版やサラミ出版のケースも考えられます。)
参考資料
1. Shema, H. The Birth of Modern Peer Review. Scientific American Blog Network https://blogs.scientificamerican.com/information-culture/the-birth-of-modern-peer-review/ (2014).
2. Xie, Y., Wang, K. & Kong, Y. Prevalence of Research Misconduct and Questionable Research Practices: A Systematic Review and Meta-Analysis. Sci. Eng. Ethics 27, (2021).
3. National Academies of Sciences, E., Affairs, P. and G., Committee on Science, E. & Science, C. on R. Understanding the Causes. Fostering Integrity in Research (National Academies Press (US), 2017).
4. Physicist found guilty of misconduct. Nature (2002) doi:10.1038/news020923-9.
5. Potential fabrication in research images threatens key theory of Alzheimer’s disease. https://www.science.org/content/article/potential-fabrication-research-images-threatens-key-theory-alzheimers-disease.
6. Tuskegee Study - Timeline - CDC - NCHHSTP. https://www.cdc.gov/tuskegee/timeline.htm (2021).
7. Harry Harlow: Monkey Love Experiments - Simply Psychology. https://www.simplypsychology.org/harlow-monkey.html.
8. Adame, F. Meaningful collaborations can end ‘helicopter research’. Nature (2021) doi:10.1038/d41586-021-01795-1.
9. Perron, A. B. E., Hiltz-Perron, O. T. & Victor, B. G. Revealed: The inner workings of a paper mill. Retraction Watch https://retractionwatch.com/2021/12/20/revealed-the-inner-workings-of-a-paper-mill/ (2021).
10. Abalkina, A. Publication and collaboration anomalies in academic papers originating from a paper mill: evidence from a Russia-based paper mill. at https://doi.org/10.48550/arXiv.2112.13322 (2022).
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