査読で疑わしい画像を発見するには
論文の画像に不適切な加工処理をする行為が蔓延しています。最新テクノロジーの進化がこのような加工を容易にしている側面もあり、残念ながらこの問題はしばらく続きそうです。(たとえば人工知能(AI)が生成する「ディープフェイク」は、新しいタイプの改ざん画像の一種です1。)
この問題を解決するための方法として、画像の信頼性を自動評価することが考えられますが、まだ実現には至っていません。もちろん、画像フォレンジック(訳注:デジタル機器に記録された情報を調査すること)の新手法、画像の重複を検出するためのAI/機械学習ベースのツール2、データインテグリティ(データ完全性)の専門家が関与するサービスなどの導入により、改ざん画像の検出に一定の進歩は見られます。とはいえ、現状では、査読がこの問題に対処するための主な手段となっています。
研究公正を維持するための査読者の役割
査読者は、改ざん画像の掲載を防ぐことができる防御の最前線にいます。しかし、問題の特定に必要な警戒心やスキルの不足によって、疑わしい画像が査読の精査を逃れているケースも見られます。
獣医学研究者のHwang Woo Sukは、有力科学誌に掲載された幹細胞に関する論文で、研究不正と画像操作を疑われて告発されました3。この例は、疑わしいデータが警戒の網をすり抜けてしまうことについての深刻な懸念を提起しました。また、がん研究者のMin-Jean Yin4と免疫学者のSilvia Bulfone-Paus5による複数の論文で、偽造された画像が含まれていることが分かりました。査読者は、このような事例を発見し、研究と出版の公正性を維持するという重要な役割を担っています。
問題のある画像の多くは、論文出版後に、研究者らによって発見されています。査読者としても活動していることが多いこれらの研究者の中には、研究公正に関する取り組みを推進し、そのための会社を設立する人もいます。Mike Rossnerは、このような取り組みの先駆者の 1 人です6。最近では生物学者のEnrico Bucciが、Scientific Reports誌に掲載されたホメオパシーの論文で、画像の重複などのデータエラーを検出しました7。
疑わしい画像が早い段階で検出されるようにするには、査読者が査読中に危険信号に気づけるスキルを身に付ける必要があります。科学界と社会に向けて堂々と主張している、一見インパクトの大きそうな論文のレビューでは、査読者が気圧されてしまうこともあります。しかし、誤った主張が引き起こす害悪を防ぐために、斬新で画期的な結果を報告している論文原稿の画像データは、とくに厳密に精査することが求められます。ただ、査読者は必ずしもそのような精査を行えるだけの訓練を受けているとは限らないため、実践には困難が伴います。
研究不正は、インパクトファクターの高いジャーナルにまで及んでいます。つまり、専門分野の高度な知識だけでは、不正を検出するのに十分ではないということです。そこで重要になるのは、目の前の画像が研究の主張を裏付けるのに十分な信頼性を持っているかどうかを判断できる、鋭い眼力と能力を養うことです。
怪しげな画像の特定に必要なスキルを身に付けるためのヒント
1. ジャーナルのガイドラインを十分に理解する
多くのジャーナルは、画像の不適切な加工に関する基準をガイドラインで定めています。査読を始める前に、ジャーナルの要件と規定をよく理解しましょう。
2. よくある偽画像のタイプを把握する
画像の整合性の専門家であるElisabeth Bikは、疑わしい画像の主な3タイプを次のように分けています8。
- — 1つまたは複数の図で同じ画像を複製して異なる実験条件を説明している
- — 画像の全体または一部の再配置に伴う複製
- — 「スタンピング」(特定の領域が複製されている)または「パッチング」(一部の背景が異なっている)を含む改変を伴う複製
3. 画像フォレンジックのツールについて学ぶ
画像処理に使われるソフトウェアは、不適切な処理の検出にも役立ちます。 たとえば、ゲル画像のエラーの検出に使われるImage J、光やコントラストの調整をキャッチできるPhotoshop droplets、大きな画像パネルのレビューに使えるAdobe bridgeなどがあります。Elisabeth Bikは、問題のある画像の発見にForensically(デジタル画像フォレンジック用の無料ツールセット)を活用しています10。また、HEADT Centre11やOffice of Research Integrity (ORI)12のウェブサイトからは、ソフトウェアがどのように使用されたかを確認して改ざんされた画像を特定することもできます。このようなツール(一部は有料)の使い方を知っておくと、改ざん画像の検出能力向上に役立ちます。
4. 研究公正に関するワークショップやウェビナーに参加するORIやHEADT Centreなどの組織は、不適切な画像処理とその解決方法について啓発するためのワークショップやウェビナーを開催しています。このような機会も利用しましょう。
5. 不正画像を取り上げている研究公正の専門家や科学ジャーナリストをソーシャルメディアでフォローする
研究公正の専門家たちは、自分たちの活動による観察、結果、発見を、ブログやソーシャルメディアで紹介しています。科学コミュニケーターやジャーナリストも、研究不正に関する記事や、データ整合性の専門家のインタビューを紹介しています。これらのチャネルを介して専門家のネットワークをフォローしておくと、不正画像の検出方法の最新情報を入手するのに役立ちます。
6. 疑わしい論文の検証を行なっている研究者向けオンラインプラットフォームにアクセスする
PubPeer13などのディスカッションフォーラムやRetraction watch14などのブログは、不適切な画像処理を含む最近の研究不正を取り上げて議論するためのオンラインスペースです。
7. 重要な点と点をつなぎ合わせて考える
査読を行うときは、研究の背景、画像データの生成方法および使用機器、主張を裏付けるためのデータの使い方がどのようにつながっているかを理解することに力を入れてください。これらのつながりに細心の注意を払うことで、矛盾や不自然な点に気づきやすくなります。
8. もっとも頼れるレンズはあなたの目
次のような点に注目しながら、もっとも重要な画像(研究の主張と強い関連性を持つ画像)を最初に観察しましょう。
- — 違って見える縁や境界の部分
- — グロー、著しくクリーンな背景、オブジェクトの変更や追加を示す色の変化
- — オブジェクトのサイズ、アングル、配置の一貫性
- — オブジェクトや背景要素のテクスチャおよびパターンの類似性と重複
9. 研究経験を活かす
- 自分の研究で使う健全な画像は、疑わしい画像と比較するための基準として役立ちます。健全な画像で通常見られるものとは異なって見える違和感に注意してください。画像がオリジナルではないと思われる場合は、Googleの画像検索機能で既存の画像を検索してみましょう。
- 記憶も活用しましょう。たとえば、ウエスタンブロットを含む原稿を定期的にレビューしている場合は、似たような画像や特徴を見たことがあるかどうかを覚えておくと、疑わしい画像に出合ったときに役立ちます。
- 画像編集の経験も活かせます。Photoshopは、意図的な変更が疑われる画像の不自然なピクセル化の発見に役立ちます。PowerPointの図のリセット機能は、元画像の特定に有効です。
懸念事項をジャーナル編集者に伝える
査読者は、ジャーナル編集者に懸念事項を伝えることによって研究公正を守るという倫理的責務を負っています。伝え方について、以下の指針を参考にしてください。
1. 懸念の提起は科学に対する職業上の義務だと考える。同業者の研究について懸念を報告することは、愉快な行為ではありません。職業上の義務と考えれば、気後れや不安感の克服に役立つでしょう。
2. 客観的に。査読コメントでは、疑わしい点について正直に、明確に、具体的に説明しましょう。査読の目的は、ジャーナル編集者が次のステップを決定するための十分な背景情報と詳細情報を提供することです。
3. 冷静に、慎重に。懸念を表明するのであって、判断を下すわけではありません。したがって、著者に対する個人的な発言をしたり、詐欺の意図を主張したりすることは避けましょう。中立的なスタンスで査読レポートを作成し、公正な調査の余地を残してください。
不正画像の自動検出は、不正研究の公開を防ぐための方法としていずれ実用化されるかもしれません。ただ、それまでは査読者の貢献が不可欠です。問題のある画像を査読中に発見できれば、不正画像のデータバンクを充実させ、検出自動化への取り組みを後押しすることにもつながります。
参考資料
1. Wang, L., Zhou, L., Yang, W. & Yu, R. Deepfakes: A new threat to image fabrication in scientific publications? Patterns 3, 100509 (2022).
2. Noorden, R. V. Journals adopt AI to spot duplicated images in manuscripts. Nature https://www.nature.com/articles/d41586-021-03807-6 (2021).
3. Lemonick, M. D. The Rise and Fall of the Cloning King - TIME. TIME http://content.time.com/time/magazine/article/0,9171,1145236,00.html (2006).
4. Terry, M. Former Pfizer Cancer Scientist Gets All 5 Papers Retracted. BioSpace https://www.biospace.com/article/former-pfizer-cancer-scientist-gets-all-5-papers-retracted-/ (2017).
5. Schiermeier, Q. German research centre widens misconduct probe | Nature. Nature https://www.nature.com/articles/news.2010.671 (2010).
6. Rossner, M. & Yamada, K. M. What’s in a picture? The temptation of image manipulation. J. Cell Biol. 166, 11–15 (2004).
7. Guglielmi, G. Peer-reviewed homeopathy study sparks uproar in Italy. Nature https://www.nature.com/articles/d41586-018-06967-0 (2018).
8. Bik, E. M., Casadevall, A. & Fang, F. C. The Prevalence of Inappropriate Image Duplication in Biomedical Research Publications. mBio 7, e00809-16 (2016).
9. Forensically, free online photo forensics tools. https://29a.ch/photo-forensics/.
10. Turan, J. The science and art of detecting data manipulation and fraud: An interview with Elisabeth Bik. The Physiological Society (2020).
11. Thorsten S. Beck. HEADT Centre - How to Detect Image Manipulations? Part 3. The Headt Centre https://headt.eu/How-to-Detect-Image-Manipulations-Part-3/ (2017).
12. Forensic Tools | ORI - The Office of Research Integrity. https://ori.hhs.gov/forensic-tools.
13. PubPeer - Search publications and join the conversation. https://pubpeer.com/.
14. Retraction Watch. Retraction Watch https://retractionwatch.com/.
関連資料
Beck, Thorsten S. Shaping Images. Scholarly Perspectives on Image Manipulation. (Humboldt-Universitat zu Berlin, 2016)
注: 疑わしい画像の発見を通じて査読者が研究公正をどのようにサポートできるかをより詳しく知りたい方は、Elisabeth Bik(研究公正の独立コンサルタント) やMichael Streeter(Wiley研究公正&出版倫理部門ディレクター)らによるパネルディスカッションにご参加ください。
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