ハイジャックされた「クローンジャーナル」に要警戒
ジャーナルの「ハイジャック」は、増加傾向にある出版不正の一つです。ハイジャック犯は、タイトルやISSNなどのメタデータをコピーして正当なジャーナルのIDを盗み、本物のウェブサイトとほとんど見分けがつかないクローンサイトを作成して、ジャーナルを乗っ取ります。
クローンサイトは、ウェブ検索をすると、本物のジャーナルウェブサイトの検索結果の上に表示される傾向があります。このように偽ジャーナルに誘導して、論文を投稿させようとするのです。人気ジャーナルの「ブランドジャック」とも言えるこのような行為の目的は、査読や編集を行わずに論文を出版して、法外な金銭を引き出すことです1-3。
ジャーナルハイジャックの略史
ジャーナルハイジャックという現象は、Mehdi Dadkhah氏を中心とするイラン人研究者らによって2011年に初めて注目されました4。Dadkhah氏のグループはその後も追跡を続け、偽ジャーナルの事例を報告しています。偽サイトは非常に精巧にできているため、文献データベースや論文の評価指標を提供する企業さえも、ハイジャックされたジャーナル(以下、クローンジャーナル)にだまされてしまうことがあります。
ジャーナルのハイジャックは、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)のパンデミック中に増加したという報告がありますが6、これは世界的なサイバー犯罪の傾向を反映していると言えるでしょう7。WHO(世界保健機関)のCOVID-19公式論文集にクローンジャーナルの論文が多数見つかったという驚くべき事実により、クローンジャーナルは再び注目を集めています。
研究員のAnna Abalkina氏は、WHOのデータベース「COVID-19 Global literature on coronavirus disease」で、クローンジャーナル3誌から383本の論文を見つけました。ジャーナルはElsevierの書誌データベースScopusに索引付けされていましたが、対象分野外の論文を掲載するという不自然な点がありました。たとえば、言語学のジャーナルなのに、COVID-19、栄養、妊娠性貧血に関する論文を掲載していたのです。リトラクション・ウォッチのブログ投稿でこの件が報告され、その後Scopusが論文を削除しました。WHOも、データベースにおける問題の解決に取り組んでいるようです。
クローンジャーナルとハゲタカジャーナル
クローンジャーナルとハゲタカジャーナルは、科学の完全性を無視し、オープンアクセスモデルを利用して利益を上げるという点で似ています。どちらも、原稿のレビューや査読なしで迅速な出版を約束するという典型的な手口を使います。
また、ウェブサイトに偽の連絡先を掲載し(あるいは連絡先をまったく掲載しない)、編集委員について不正確な情報を紹介し、ジャーナルインパクトファクターについてあいまいな説明をするという点も共通しています。
ハゲタカジャーナルは完全な偽物なので、信頼性の高いデータベースには登録されにくくなっています2。一方、クローンジャーナルは、既存ジャーナルを忠実に模倣します。ここに、ハゲタカジャーナルとの最大の違いがあります。ハイジャックされたサイトは文献データベースさえもだまし、コンテンツをいつの間にか登録させてしまうのです1,2。文献データベースは信頼されているため、不正行為が露見しにくいという悪循環になっています。
また、乗っ取り犯は、本物のウェブサイトが存在しないか見つけにくいジャーナルを標的にします。小規模出版社が運営する英語以外のジャーナルや、そもそも公式ホームページがない紙媒体専門のジャーナルは、格好の標的です2。中には、公開された論文を複製または再利用して、本物らしく見える「架空のアーカイブ」を作成するケースもあります9。
巧妙な仕掛けによって、ベテラン研究者でもこの不正を見抜くことが難しくなっているため、クローンジャーナルには、ハゲタカジャーナルよりも論文が投稿されやすい状況になっています。その結果、損害の規模は一層大きくなります。
クローンジャーナルへの投稿による悪影響
研究者は、貴重な研究がクローンジャーナルで埋もれてしまわないよう、十分注意する必要があります。クローンジャーナルへの論文掲載による悪影響として次のものが考えられます。
経済的損失
クローンジャーナルへの投稿は、膨大なリソースの浪費です。偽ジャーナルのために、お金、時間、研究作業を無駄に費やすことになるからです。
科学の記録と普及へのダメージ
クローンジャーナルに論文が掲載されるということは、査読を受けていない質の低い論文が増えるということです。クローンジャーナルに掲載された論文が、本物のジャーナルで引用されることすらありますが10、このような不正は学術文献の有効性と信頼性に深刻な影響を及ぼします。とくに、健康と医学の領域では有害な影響が懸念されます。
評価の低下
厳格な査読が行われないハゲタカジャーナルやクローンジャーナルでの論文掲載は、研究者の出版歴と評価に傷をつけます。出版物を早く増やしたかったという意図があった場合はもちろんのこと、それとは知らずに投稿していた場合も、著者本人にとってはネガティブな影響しかなく、詐欺師たちを増長させる結果にしかなりません。
クローンジャーナルの特徴を知ろう
ハゲタカ出版に関する資料やチェックリストは広く知られていますが11,12、クローンジャーナルについては学術界であまり議論されていないのが現状です。
そこで、クローンジャーナルを見抜くためのヒントを以下にまとめました。
- ハゲタカジャーナルと共通する特徴がないか確認しましょう。例)メールで論文投稿を募る、対象範囲が広すぎる、出版が確約されている、料金に関する説明が曖昧、ウェブサイト上のリンクが無効になっている、など12
- さまざまな検索エンジンでジャーナルのウェブサイトを検索・確認し、同じジャーナルに外観の異なる複数のサイトが存在しないか確認しましょう。
- 掲載論文のDOI、編集委員や論文著者のORCIDを確認して、ジャーナル/発行者の信憑性をチェックしましょう。
- 可能であれば、他のクローンジャーナルや疑わしいドメインをホストしていることが分かっているIPアドレスを確認しましょう。例)長年続いているジャーナルであるにもかかわらず、登録が最近である、など
- ハゲタカジャーナルや疑わしいジャーナルのリストをチェックしましょう。
https://scholarlyoa.com/hijacked-journals/
Cabell's Predatory Reports - 「出版社による編集不正の疑い」が理由でDOAJリストから削除されたジャーナルを確認しましょう(https://blog.doaj.org/2014/05/22/doaj-publishes-lists-of-journals-removed-and-added/)
- 検索方法を工夫しましょう。検索エンジンで直接ジャーナルを検索するのではなく、定評のあるジャーナルデータベースなどのアグリゲーターサイトにアクセスして、そこからジャーナルにアクセスすることをお勧めします。クローンジャーナルは、本物のジャーナルをオンラインで検索した結果の上位に表示されることがよくあるからです。アグリゲーターサイトにクローンジャーナルが紛れ込んでいる可能性もありますが、偽サイトにアクセスする可能性を少しでも減らしましょう。
そのようなアグリゲーターサイトの1つが、Researcher.Life(リサーチャーライフ)のGlobal Journal Databaseです。多分野の包括的なジャーナルリストであるこのデータベースには、WoS、DOAJ、Scopusに索引付けされたジャーナルが登録され、ジャーナルの詳細情報(発行者名、編集チーム、費用など)やリンクをユーザーに提供しています。
不正集団は、著者をだますための方法を進化させ続けています。詐欺の可能性について意識を高めることは、とくに経験の浅い研究者たちが身を守るために不可欠です。
シニア研究者には、研究チームのメンバーに警戒心を持たせ、詐欺師たちの機先を制する心構えを持つことが求められます。ソーシャルメディアは慎重に使い、文献データベースを念入りに調べ、怪しげな活動には用心しましょう。疑わしいジャーナルのリストはアップデートされているので、最新情報を定期的にチェックすることをお勧めします。
参考文献
1. Butler, D. Sham journals scam authors. Nature 495, 421–422 (2013).
2. Dadkhah, M., Borchardt, G. Hijacked journals: an emerging challenge for scholarly publishing. Aesthetic Surgery Journal 36, 739–741 (2016).
3. Grove, J. Hijacked journals ‘siphon millions of dollars’ from research. Times Higher Education https://www.timeshighereducation.com/news/hijacked-journals-siphon-millions-dollars-research (2021).
4. Jalalian, M., Dadkhah, M. The full story of 90 hijacked journals from August 2011 to June 2015. Geographica Pannonica 19, 73–87 (2015).
5. Dadkhah, M., Maliszewski, T., Teixeira da Silva, J.A., et al. Hijacked journals, hijacked web-sites, journal phishing, misleading metrics and predatory publishing: actual and potential threats to academic integrity and publishing ethics. Forensic Science Medicine and Pathology 12, 353–362 (2016).
6. Sharif, S. How to catch fake/cloned/predatory journals in academics. YouTube. https://www.youtube.com/watch?v=9KAZpKP5D4E&t=683s (2021).
7. Interpol. Global landscape on COVID-19 cyberthreat. Interpol
8. Retraction Watch. WHO COVID-19 library contains hundreds of papers from hijacked journals. Retraction Watch https://retractionwatch.com/2021/08/16/who-covid-19-library-contains-hundreds-of-papers-from-hijacked-journals/ (2021).
9. Abalkina, A. Detecting a network of hijacked journals by its archive. Scientometrics 126, 7123–7148 (2021).
10. Retraction Watch. How hijacked journals keep fooling one of the world’s leading databases. Retraction Watch https://retractionwatch.com/2021/05/26/how-hijacked-journals-keep-fooling-one-of-the-worlds-leading-databases/ (2021).
11. Majumder, K. Beware of predatory publishers! A checklist to help you choose authentic journals. R Voice https://voice.researcher.life/discussion/48/beware-of-predatory-publishers-a-checklist-to-help-you-choose-authentic-journals (2021).
12. Hayward, A. Infographic: 10 Point checklist to identify predatory publishers. Editage Insights https://www.editage.com/insights/10-point-checklist-to-identify-predatory-publishers?refer-type=infographics (2017).
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