査読における多様性とは?―日本人研究者たちの言葉
いよいよ今日からピアレビュー・ウィーク2021が始まります。ピアレビュー・ウィークは、世界中から研究者、査読者、ジャーナル編集者、科学コミュニケーターなどの学術関係者が集まり、査読について議論する貴重な機会です。今年のテーマは、「査読におけるアイデンティティ」。私たちは、この興味深いテーマをあらゆる角度から掘り下げてみたいと考えています。
1日目の今日は、「多様性」にスポットを当てます。そこで私たちは、3名の日本人研究者の方に、次のような質問を投げかけました。「査読における多様性についてどう思いますか?研究と科学には、なぜ多様性が重要なのでしょうか?」
三者三様の、示唆に富んだ回答をご覧ください。
質問:「査読における多様性についてどう思いますか?研究と科学には、なぜ多様性が重要なのでしょうか?」
坂内 博子 氏
早稲田大学 理工学術院 先進理工学部 電気・情報生命工学科 教授
「科学的正確さの判断は科学者の間で共通であるべきですが、正確さ以外の部分、例えば研究のインパクトや重要性に対する評価基準、また1つの論文でどこまでの実験をおこなうべきかという判断は研究者によって異なります。査読者に多様性があることで、一つの論文に対して多角的な視点で評価することが可能になります。出版された当初は評価が高くなかった研究が後に大きく発展するケースはよくあります。仮に単一の価値観に基づいて判断され、その論文がrejectされてどこにも掲載されていなかったら、今存在しない研究分野もあるかもしれません。将来大きく飛躍する研究の芽をできるだけ多く育てるためにも、査読者など評価に関わる人の多様性が必要だと思います。」
宇野 毅明 氏
国立情報学研究所 情報学プリンシプル研究系 研究主幹
「研究とは今まで知られていなかった新しいことを知ることであるので、多様性のないところに発展はありえません。特に私の所属する情報学の分野は、多様な概念や考えを取り込むことで大きくなってきた分野ですので、多様性は特に重要です。査読においても、多様な人が査読を行わないと、斬新な研究の芽を摘むことになりかねません。
ただし、現在の情報学では、昔とは別の意味で多様性の危機があるかと思っています。論文数が多くなり、論文の投稿先も多くなった今、ひどい査読者にあたって評価されない、という機会は減りました。だめなら他に投稿するだけですので。一方で、査読件数が増えた結果、査読を行う主力は若手、それもポスドク研究員になっている状態と考えられます。若手は正当性の判断はしっかりできますが、周辺分野も含めた俯瞰の経験は少なく、研究における思想や価値観も育ち切っていないことが多いです。そのため、価値基準がどうしても、現在主流の研究の流れからくる視点になりがちで、つまりは流行りの研究ほど高評価になるという事態になり、マイナーな研究や人が着目していない視点を持った研究は評価されにくい現状があります。つまり、査読を行う人は多様であるが、査読を行う個人個人が内包する知識や思想、概念の多様性は低くなっているということです。そのため、査読結果に大きな偏りが発生することが珍しくなく、採択されるかどうかが偶発的な事象になりつつあるという状況もあります。
その一方で、真に最新の研究成果は、査読を経ないオンラインアーカイブ上で情報交換がなされており、それが参照されることによりオーソライズされるような状況も発生しています。これは、査読の質の低下と、現代の研究のスピード感や、査読プロセスがそもそも担保できないことがある(実験の再現など)ためと考えられ、将来の査読は、このような自由でグローバルな情報交換では担保できない部分を補う面などにより特化し、現在とは違う意味合いで、多様性の保持などを支援していくことになると思います。」
川口 慎介 氏
国立研究開発法人海洋研究開発機構
超先鋭研究開発部門 超先鋭研究プログラム 主任研究員
「査読って専門的な内容を確認する作業なので、ある原稿の査読を担える人の数はとても限られますよね。
原稿の内容でも、特に専門的な部分を細やかなニュアンスまで理解できる人に限ると、世界でも数人しかいない。
そういう意味で、査読に多様性を求めるってのは、そもそも無理な話にも思える。
でも、原稿の詳細はさておき、たとえば発見の波及性だけを見るならば、異分野の人が見た方が、著者も気付かない何かを発掘できる可能性は高そう。
そうやって考えると、著者とは属性が異なる人が査読をするのが望ましくて、つまり査読には多様性が重要な気もする。
事実と論理で積み上げる科学活動としては多様性よりも専門性、人類の叡智を豊かにする知的活動としては専門性よりも多様性、みたいな結論です。」
貴重なご意見をお寄せ頂き、ありがとうございました!
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