新たな分断の出現: 新型コロナは自分と周囲への認識をどう変えるのか
[注:この記事は、ビクトリア大学ウェリントン校の研究者であるベン・ウォーカー(Ben Walker)講師(経営学)、レベッカ・ベドナレク(Rebecca Bednarek)氏、トッド・ブリッジマン(Todd Bridgman)准教授、ウルス・デーレンバック(Urs Daellenbach)氏が執筆してThe Conversationに掲載されたものを、ここに再掲載したものです。]
新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、公衆衛生と経済に未曾有の危機をもたらしましたが、同時に、私たちの自己認識や社会への見方も変えつつあります。
ほとんどの国が他国からの入国に制限を設ける中で、ナショナリストの態度や政治体制は、今後さらにその方向性が強まる可能性があります。また、各国が今後も感染拡大を防ぐための取り組みを継続すれば、免疫を持つ人々だけが保険、職、旅行、レジャーなどにアクセスできる特権を得られるという状況が生まれるかもしれません。
新型コロナウイルスは、最悪の場合、新たな社会的格差や不平等を生み、すでにある格差をさらに広げるでしょう。一方、今回の危機により、たとえば労働者の給与や雇用条件に社会への貢献度がきちんと反映されるような、より良い世界の到来が早まる可能性もあります。
つまり、私たちは、新型コロナウイルスが引き起こすアイデンティティの変化とその社会的・政治的・倫理的影響について、真剣に考えていかなければならないのです。
アイデンティティのマッピング
アイデンティティを定め、世界における自分の居場所を見つけるとき、私たちは、文化と社会がもっとも重要視している集団やカテゴリーを当てにします。
そうして、社会の緩やかな変化に呼応するようにゆっくりと進化させながら、「アイデンティティの地図」を作成します。しかし、新型コロナウイルスは、この地図の多くの箇所を急激に変化させ、これまで持ち続けてきたアイデンティティの様相について、じっくり考えることを私たちに強いています。
国の封鎖と開放を巡る議論は、とくに米国などのすでに政治的に分裂している国にで、政治的アイデンティティを前面に押し出しました。ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相は、経済に穴を開けることと人命救助を天秤にかけることは「誤った二分法」であると主張していますが、評論家の一部は今もそのような論法を用いています。
今回の危機は、私たちのナショナル・アイデンティティ(国民意識)も呼び覚ましました。ここ数十年で「世界市民」という考え方が受け入れられつつありましたが、新型コロナウイルスによってその限界が露わになり、私たちは今いる場所を離れることができなくなっています。
2020年のオリンピックは延期になりましたが、現在オンライン上では、ナショナル・アイデンティティを競う別の大会が開かれています。各国のコロナウイルス関連のグラフがどのような「曲線」を描いているかを、リアルタイムで比較し合っているのです。
厳格な国境規制は今後もしばらく続く可能性が高いため、ナショナル・アイデンティティについて、より深く考えざるを得ません。ブレグジット や米国の大統領選挙で明らかなように、「アイデンティティの政治(アイデンティティ・ポリティクス)」には、すでに場所と民族性が結び付いていることを考えれば、新型コロナウイルスによる影響についても慎重に検討しなければならないでしょう。
新たなアイデンティティを認識する
今回のパンデミックにより、私たちの地図には、新たな形のアイデンティティが現れ始めています。5週間のロックダウン期間を終えたニュージーランドでは、「エッセンシャルワーク」という概念が普及しました。つまり、以前までは低スキル労働と見なされ、低賃金、劣悪な労働条件で働いていた労働者たち(清掃員、スーパーの店員、バス運転手など)が、今や英雄視されています。
ほかの人々が自宅待機をする中、エッセンシャルワーカーたちは、感染や他者からの攻撃、はたまた死のリスクまで背負いながら、毎日職場に向かっているのです。
重要かつ危険を伴う仕事であるエッセンシャルワークが、新たなアイデンティティの源として浮上してきた今、政治家や企業のリーダーたちにとっては、給与や労働条件を大幅に見直す機会が訪れていると言えるでしょう。
新型コロナウイルスへの免疫も、アイデンティティの重要な問題として浮上しています。感染や回復によって自然に、またはワクチンによって免疫を獲得した人々は、免疫を持たない人々と異なるライフスタイルを送ることになるかもしれません。
免疫状態が個人のアイデンティティの一部になり得るなどとは、以前ならあり得ない考えでしたが、今は現実的なものとなっています。世界保健機関(WHO)は、医学的根拠に基づく「免疫パスポート」という考え方に警鐘を鳴らしていますが、免疫がアイデンティティになり得るという考え方もまた、厄介な政治的・法的・倫理的な問題を生じさせる可能性があるでしょう。
免疫を偽るというリスクを抑えつつ、免疫があることを証明するには、どうすればいいのでしょうか?ソーシャルディスタンシングなどによってウイルスを避けることを公的に推進しながら、同時に、すでに免疫を持つ人に便宜を図る(労働、移動、社交を認める)ことに、矛盾はないのでしょうか?国籍や社会的地位といった従来のアイデンティティは、免疫を持つ人が世界中で増え始めたら、どのような影響を受けるのでしょうか?
新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、今後も私たちの地図を予期せぬ方向に書き替え続け、人類を未知の社会状況へと導くでしょう。だからこそ、これらの変化に注意し、その成り行きを警戒することは、私たち全員の責務であると言えます。
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