伝統医療の研究に関する6つの重要な倫理原則

伝統医療の研究に関する6つの重要な倫理原則

近年、伝統医療(traditional medicine)の研究倫理に関する議論が活発になっています。主なテーマとなっているのは、野生薬用植物の不正収穫や、地元の知識保有者に対する研究者の道義的責任、補完的かつ代替的な治療法としての伝統医療の信頼性などです[1]。研究を広く普及させるための唯一の方法は、出版物を増やすことなので、伝統医療ジャーナルでの出版物を規制する倫理原則を理解しておくことは非常に大切なことです。具体的には、以下の6項目について考慮する必要があるでしょう:
 

  1. 倫理方針と宣言
  2. 維持・保全
  3. 科学的検証
  4. インフォームド・コンセント
  5. 所有権の問題
  6. 報告基準

 

1. 倫理方針と宣言

 ヘルシンキ宣言では、人体実験に対する倫理的基本原則が定義され、研究活動の規制が初めて行われることになりました。一方、チェンマイ宣言(1988年3月)、WHO Traditional Medicines Strategy 2002–2005(WHO伝統医療戦略2002-2005)、WHO general guidelines for Methodologies on Research and Evaluation of Traditional Medicine(WHO伝統医療の研究と評価の方法に関する総合ガイドライン)では、伝統医療研究の倫理原則に重点が置かれています。具体的には以下のような内容です:
 

  • チェンマイ宣言では、薬用植物を保全し、未来の世代に適切に継承していくための国際協力・協調を支持している[2]。
  • WHOの伝統医療戦略では、薬用植物の安全性、有効性、品質、入手法、適切な使用法に関する方針に重点が置かれている[3]。
  • WHOの伝統医療の研究と評価の方法に関する総合ガイドラインは、伝統医療の安全性と有効性に関する現状の主要議題を取り上げ、いくつかの難題に対してエビデンスベースで回答することを目的としている。また、このガイドラインでは、薬用植物を評価するための国家規制の提案や、臨床研究のための新たなアプローチ方法を推奨している[4]。たとえば、長い歴史を持つ伝統医療は、毒性試験の実施後であれば、第Ⅲ相臨床試験に直接移行することができる、などの提案を行なっている。
  • さらに、Consolidated Standards of Reporting Trials(臨床試験報告に関する統合基準、CONSORT)は、試験結果の報告書の標準フォーマットを研究者たちに提供しており、完全かつ透明性の確保された報告書の作成を促している。研究者にとっては、データの客観的評価や解釈が行いやすくなる[5]。
     

2. 維持・保全

伝統医療の維持・保全

以下の2要素のバランスが重要

・伝統知識を記録する必要性

・伝統知識の不正または有害な使用、関連する生物文化資源の搾取からの保護を保証する必要性
 

研究方法

・植物薬や伝統医学に基づく療法の安全性や有効性を保証しなければならない

・伝統医療の適用や発展を阻害してはならない

 

Sustenance in traditional medicine

 

伝統的な知識や専門知識にアプローチする場合は、敬意を持って現地の慣習に従い、生態系を破壊することなく、その地域に利益をもたらすような方法が必要となります。研究デザインは、コミュニティ内の保健環境や社会経済を改善し、社会的価値や啓蒙的要素を持つものでなければなりません。最終的には、「伝統知識を記録する必要性」と、「その知識の不正または有害な使用や、関連する生物文化資源の搾取からの保護を保証する必要性」とのバランスを取ることが重要です。2つの要素に配慮することには、一方の知識への信仰、知識のプロセス、知識のシステムが、他方を害していないことを確認する意味もあります。したがって、研究方法は、植物薬や伝統療法の安全性や有効性を保証しながらも、伝統医療の適用や発展を阻害するものであってはなりません[7]。


3. 科学的検証

伝統医療をより実用的にするために、また幅広い支持を得るために不可欠なのが、科学的検証です。Research Ethics Boards(研究倫理委員会)やReview Boards(審査委員会)に対して、公式の検証結果や裏付けを提出する必要があります。異なるコミュニティで、同じ伝統医療が別の症状に対する療法として用いられている場合、標準的な方法または改良を加えた方法で、それぞれのケースについて検証する必要があります。検証試験は、適切なサンプル量の検討や、判定結果の公正さに留意して行う必要があります。このような試験では、調剤や標準化の作業をはじめとして、大規模な臨床研究を実施する前に、生物活性物質の安全性と有効性を確認します[3]。

 

科学的検証

・Research Ethics Boards(研究倫理委員会)やReview Boards(審査委員会)に対して、公式の検証結果や裏付けを提出する

・適切なサンプル量を検討し、判定結果が公正であることに留意する

・調剤や標準化の作業を含め、生物活性物質の安全性と有効性を確認する

・ランダム化比較試験は、CONSORTのガイドラインに準拠する

・論文投稿時は、CONSORTのチェックリスト(checklist)とともに、被験者の募集(recruitment)、組入れ(enrollment)、ランダム化(randomization)、離脱(withdrawal)、完了(completion)などの過程を示すフローチャート(flow diagram)および、ランダム化の手順に関する詳細を併せて報告する
 
 
scientific validation
 

ランダム化比較試験はCONSORTのガイドラインに準拠して実施してください。論文投稿時は、CONSORTのチェックリスト(checklist)とともに、被験者の募集(recruitment)、組入れ(enrollment)、ランダム化(randomization)、離脱(withdrawal)、完了(completion)などの過程を示すフローチャート(flow diagram)および、ランダム化の手順に関する詳細を併せて報告する必要があります[6]。
 

4. インフォームド・コンセント

インフォームド・コンセントとは、被験者に情報を伝えた上で自発的かつ選択的に得られた合意を意味します。インフォームド・コンセントの基本的な意義は、参加者の健康、幸福、人権を保護することです。それと同時に、情報を伝える側が、暴力、詐欺、強制、搾取などの行為を行なっていないことを証明する安全装置の役割も担っています[7]。


伝統医療研究を規制する倫理原則は研究者に、伝統的な知識、知恵、慣習を尊重、保護、維持することを求めています。患者や被験者を必要とする研究には、倫理委員会の承認やインフォームド・コンセントが必要であり、それらが得られていることを、出版論文の中で証明する必要があります。インフォームド・コンセントを得るときは、開示情報の中に研究の目的や試験方法の概要を含めることが義務付けられています。また、個々の被験者に、研究への参加拒否権を持っていることを伝えなければなりません。さらに、研究者には、得られた情報についての守秘義務があります(臨床試験の場合)[6]。
 

5. 所有権の問題

伝統医療の評価を行う研究者は、評価対象の知識の権利を保有しているのは、その発祥元(多くの場合はその属する国)であることを認識しておく必要があります。これは特許の取得に重要な意味を持っています。外部の者が特許を取得しようとする場合は、インフォームド・コンセントや利益共有について、あらかじめ発祥元の同意を得なければなりません。伝統医療ジャーナルは、その伝統知識の発祥元が追跡可能であること、知識保有者や関連コミュニティから事前に取得したインフォームド・コンセントが文書化されていること、知識の所有権は元の知識保有者が保持すること、知識保有者のクレジットを掲載すること、利益は貢献者間で公平に分配すること、を保証することで、知的所有権を保護しています[8]。
 

6. 報告基準

伝統医療に関する知見の文書化にあたり、一般的な定型書式のようなものは残念ながら存在しません。一方で、とくに、イノベーションの創出を目的とした知識の文書化を目指す場合、幅広いデータによる裏付けが求められます。活性化合物の収集、培養、調製、補完、季節的・高度的変化に関する情報は、伝統医療研究においてもっとも重要な意味を持ちます。同様に、伝統医療に関する臨床情報として、投与方法のほかに、症状、用量、毒性、有効性、副作用を記載する必要があります。文書作成における個人やコミュニティの貢献度の記載に関する規則は定められていないため、伝統医療の知識保有者の存在が示されないケースも考えられ、知的財産の不正使用に繋がる危険があります[9]。


 

伝統医療の分野に限らないことですが、信頼性と一貫性が保たれた知識体系を構築するには、査読付きジャーナルでの論文出版が欠かせません。研究の普及の土台にあるものが出版倫理であり、科学的手法の妥当性や信頼性を支えるものが、倫理原則です。したがって、伝統医療分野の査読付きジャーナルで論文を発表しようとする研究者にとって、この記事で説明したような倫理規範の基準を理解し、同意し、それに従うことは、極めて重要なことだと言えるでしょう。


参考文献

 

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