物理科学分野でよく見られる専門用語のミス
非英語圏の著者による論文であっても、各分野の論文に親しんでいれば、専門用語の深刻なミスは少ないと、編集者は言います。これは、一般的な単語よりも、専門用語の方がより精密かつ明確で、用途が文脈によって変化することが少ないためでしょう。
そのため、専門用語を正確に扱えていない著者は、分野に関する深い知識を備えていないという印象を与えてしまいます。しかし、専門用語の文法ミスが文章に忍び込んでしまうことはありますし、査読者は、小さな文法ミスよりも、基本的な専門用語のミスに厳しいものです。そこで、この記事では、物理科学分野でよく見られる専門用語のミスを紹介します。科学論文を執筆する際は、これらのミスに注意しましょう。
一般的な英単語と同じく、響きや意味が似ている用語は、混同されがちです。以下は、物理科学や工学の論文でよく混同される用語の例です。
例1:「synthesize(合成)」と「fabricate(製造・調整)」
装置や薄膜の開発について述べる場合は、「synthesize」よりも「fabricate」が適しています。
避けるべき表現:We propose a continuous extrusion process to synthesize wedge-shaped light guide plates.
望ましい表現:We propose a continuous extrusion process to fabricate wedge-shaped light guide plates.(我々は、くさび形導光板を製造するための連続押出プロセスを提案する。)
例2:「remanence(残留磁気)」と「remnance」
外部磁場が除去された後の強磁性体の残留磁気は「remanence」と呼ばれますが、一般的な残余物に言及するときは形容詞「remnant」を使うため、多くの著者が「remnance」を使用しています。しかし、「remnance」という単語は存在しません。スペルチェック機能でこの用語はエラーとして抽出されるので、注意しましょう。
誤:Magnetic measurements confirmed the ferromagnetic nature of the cobalt ferrites with low magnetic remnance.
正:Magnetic measurements confirmed the ferromagnetic nature of the cobalt ferrites with low magnetic remanence.(磁気測定により、低残留磁気でコバルトフェライトの強磁性を確認した。)
例3:「band-pass(帯域通過)」と「passband(通過帯域)」
「band-pass filter(帯域通過フィルター)」は、「passband(通過帯域)」という特定の周波数帯域を通過するように設計されたフィルター(同調回路)です。このフィルターを、「passband」と呼ばないよう注意しましょう。逆に、周波数帯域を「band-pass」や「bandpass」と呼ばないようにしましょう。
誤:We report the X-band behavior of a seven-section parallel-coupled microstrip passband filter.
正:We report the X-band behavior of a seven-section parallel-coupled microstrip band-pass filter. (7区間の並列結合マイクロストリップ帯域通過フィルターのX帯挙動について報告する。)
例4:[X]-shaped geometry([X]型の配列)と[X]-like geometry([X]のような配列)
「triangle-shaped geometry(三角形型の配列)」といった表現をよく見かけますが、配列自体に形はないので、この表現は誤りです。「shaped(型)」の代わりに、「like(~のような)」を使いましょう(三角形のような配列)。
避けるべき表現:These depocenters form grabens up to 1200 m deep with a rhomb-shaped geometry.
望ましい表現:These depocenters form grabens up to 1200 m deep with a rhomb-like geometry. (これらの堆積心は、最大1200メートルの深さの菱型のような配列の地溝を形成している。)
例5:「field(分野)」と「application(応用)」
「field」は、特定の研究分野、活動範囲、関心領域を示す言葉です。「application」は、何かを作動させる行為を指す言葉です。
誤:Finite element methods are commonly used for simulations in the field of microcrack analysis.
正:Finite element methods are commonly used for microcrack simulation and analysis in the field of engineering.(有限要素法は、工学分野のマイクロクラックのシミュレーションや分析でよく使われる。)
マイクロクラック分析に「field」という言葉を当てるのは誤りです。なぜなら、マイクロクラック分析は応用の一種であり、分野ではないからです。「field」は、「engineering」などのより幅広いものに適用される言葉です。
2. 専門用語を含むコロケーション(連語)のミス
コロケーションとは、一般的な英単語2つ以上を組み合わせた、自然な英語表現です。たとえば、「strong tea」という表現を例に挙げて考えてみましょう。「powerful tea」と言い換えることもできそうですが、これは、ネイティブスピーカーにとって違和感のある表現です。ネイティブスピーカーはこの感覚を自然に身に付けていますが、非ネイティブはこれらの用法に苦労することが多いようです。コロケーションを理解し、語と語の自然なつながりを習得するのは、容易ではありません。また、専門用語のコロケーションは、一般的な文脈で使われるコロケーションとは若干異なる場合があります。一般的な文脈で使われるコロケーションでも、分野によっては不適切である場合があります。とは言え、良質な科学文献を幅広く読んで経験を積めば、専門用語を含むコロケーションのミスを避けることができるでしょう。
例1
誤:The nitrogen molecules are adsorbed in the fiber.
正:The nitrogen molecules are adsorbed on the fiber.
正:The nitrogen molecules are adsorbed onto the fiber. (窒素分子が繊維に吸着している。)
「on」と「onto」の大まかな違いは、「onto」には位置だけでなく、動作の意味合いも含まれているという点です。場合によっては、この2つは明確に区別されます。(例:「She ran on the treadmill(彼女はランニングマシンの上を走った)」、「She jumped onto the ledge(彼女は岩棚に飛びついた)」)
ただし、「adsorb(吸着する)」という言葉には、吸着する作用(動き)の意味合いがすでに含まれているため、どちらの前置詞と組み合わせても問題ありません。「adsorption(吸着)」は、気体や液体、または溶解固形物の表面に、原子、イオン、分子が付着することを意味します。したがって、「the adsorbate adheres in the surface of the adsorbent(吸着体の表面の中に吸着物が付着する)」という表現は、専門的にも文法的にも正しくありません。
例2
誤:The light beam is incident in the sample surface.
正:The light beam is incident on the sample surface.(光線はサンプルの表面に入射する。)
入射波、入射ビーム、入射パルスは表面に当たるものなので、「~strikes in a surface」や「~strikes at a surface」という表現は誤りです。
ただし、入射角について述べる場合は、前置詞「at」を使うことができます。
例:The beam is incident on the sample surface at an angle of 25°.(ビームはサンプル表面に25度の角度で入射する。)
正しいコロケーションを学ぶ上でもっとも信頼できるリソースは、辞書です。専門性の高い用語は載っていませんが、一般用語や一般的な専門用語は掲載されています(例:「perform an experiment(実験を行う)」、「exhibit/show a reaction(反応を見せる/示す)」「detect a fault(不良を検出する)」、「administer a solution(溶液を処理する)」、「boost efficiency(効率を高める)」、「improve a technique(技術を改良する)」「improvise a workaround solution(その場で回避策を講じる)」)。
一般的な辞書に載っていない高度な専門用語については、分野の信頼できるジャーナルの論文をたくさん読むか、学術データベースでうまく検索する必要があるでしょう。
PubMedやGoogle Scholarでブール検索やワイルドカード検索(あいまい検索)を行えば、特定の文脈でどの用語がどの言葉と組み合わされているかを確認することができます。また、Springer Exemplarも、検索した用語がどのような文脈で使われているかを確認できる便利なツールです。
3. 文法的に誤った専門用語の使用
「implant 」と「implanted」
「implant」は、埋め込まれる装置そのものを表す名詞です。動詞の「implanted」は、その装置が埋め込まれる様子を示すものです。形容詞の「implanted」は、埋め込まれた装置を指す言葉です。このように、使うべき言葉は文脈によって異なります。
例1:Simulations were performed with the implant devices.(インプラント装置のシミュレーションを実施した。)
ここでは名詞として使われており、文脈から、装置がまだ埋め込まれていないことが分かります。シミュレーションの対象は装置そのものであり、現在の装置の状態ではありません。
例2:Simulations were performed with the implanted devices. (埋め込まれた装置のシミュレーションを実施した。)
ここでは形容詞として使われており、装置がすでに埋め込まれていることが分かります。シミュレーションの対象は、現在の装置の状態です。
例3:The devices were implanted before conducting simulations. (シミュレーションの実施前に、装置を埋め込んだ。)
ここでは動詞として使われており、装置を埋め込む動作を示しています。焦点は、装置でも装置の状態でもなく、装置の状態につながる行為に当てられています。
4. 曖昧な非科学的用語の使用
例1
避けるべき表現:In this experiment, the reactions were carried out at room temperature.
望ましい表現:In this experiment, the reactions were carried out at a temperature of 25 degrees Celsius.(この実験では、25℃で反応が起こった。)
実験手順を示すことの目的は、十分な情報を提供して、結果を再現できるようにすることです。「room temperature(室温)」は、国、季節、時刻、現地の環境条件によって大きく異なる可能性があるため、この表現は正確な測定値を示しているとは言えず、実験手順を示すという目的においては不適切です。ここでは、「room temperature」の具体的な温度もしくは温度範囲を示す必要があります。
5. 会話で使われる専門用語の使用
話し言葉では、専門用語が省略されたり言い換えられたりすることがよくありますが、この用法が論文の文章でもそのまま使われていることがあります。
例:
誤:Common lab solvents were observed as trace impurities in the SEM images.
正:Common laboratory solvents were observed as trace impurities in the SEM images.(一般的な実験用溶媒が、微量の不純物としてSEM画像で観察された。)
「laboratory」や「examination」(とくに、microscopic examination[顕微鏡検査])といった用語は、会話では「lab」や「exam」といった形で省略されますが、これらの表現を学術論文で使うべきではありません。
まとめ
この記事では、よく見られる科学用語のミスをカテゴリー分けし、具体例とともに紹介しました。これらのミスは、ケアレスミスかもしれませんし、必ずしも著者の専門レベルを反映したものではないかもしれませんが、学術出版の目的の1つは、研究の内容を効果的に伝えることです。ミスを最小限に抑えるためのリソースは、豊富にあります。辞書、スタイルマニュアル、ジャーナルガイドラインはもちろん、分野の既存文献なども、少しでも疑問を持ったときに参照できる素晴らしい資料です。用語のミスをなくすためのヒントや、一般的なガイドラインについては、以下のリソースも参考にしてください:
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