査読に地域の多様性が必要な理由とは
学術界では、査読にまつわる多様性と包摂性に関する議論が、ここ数年で勢いを増しています。新興国など従来とは違う地域からの論文投稿が増えていることを考えると、この流れには頼もしさを感じます。ただ、査読における多様性と包摂性の実現を目的とすることは避けるべきでしょう。目的化することで、そのための取り組みが名ばかりの平等主義となり、失敗に終わる可能性があるからです。
査読はよく話題にのぼるテーマであり、そのプロセスに関する欠点は広く認識されてきました。査読者の多様性と包摂性を有意義な形で推進するためには、査読における地域的多様性がなぜ重要なのか、そして、それを実現することで査読にまつわるどのような問題を解決できるのかを理解することが必要でしょう。
では、なぜ査読者の対象を拡大する必要があるのでしょうか?
1. 査読の長期化による出版の遅れが、研究者の懸念事項になっている
査読に関連する編集プロセス(査読者の選定、必要な人数の査読者の確保、査読レポートの期限内の回収)は労力を要する作業であり、論文の出版が遅れる原因となることもあります。ある調査では、研究者が取り組みを求める最大の問題として、出版の遅れが挙げられました1。査読者の対象範囲を広げることは、論文の増加に伴うジャーナルの負担を軽減するための重要な手段となるでしょう。
2. 従来の研究大国に査読の負担が偏っている
Publonsによる2018年のレポートでは、査読者の偏った地域分布が指摘されています。米国のような以前からの研究大国は、必要以上の十二分な査読を実施していますが、中国のような新興の研究大国は、きわめて限られた件数の査読しか実施していません。この理由の1つとして、ジャーナル編集者が、拠点とする地域から査読者を探す傾向があるためと説明されています。ほとんどの編集者は、以前から研究が盛んな地域に拠点を置いているのです。
研究の専門性が高まるにつれ、原稿のトピックに関連した知識を持つ査読者を見つけることは難しくなります。分野によっては、地域的な理由で査読者が限られていると、ごく少数の研究者に査読を依存するしかなくなるでしょう。このような状況は、査読者の燃え尽き症候群を引き起こすことも考えられ(すでに引き起こしているかもしれません)、持続可能ではありません。査読者の地域的な多様性を確保することで、査読の負担をより公平に分散することができます。
3. 新興地域の研究者が、査読者として有効活用されていない
査読の公平な負担を実現することは、それほど難しくないかもしれません。アジア諸国の研究者は、査読者になるための手引きや編集者との共同作業といったテーマのトレーニングプログラムに関心を持っていると報告されています3。これは、査読を引き受ける意欲を示すものです。また、新興地域の研究者は、従来の研究大国の研究者に比べて、査読依頼を受け入れる意思があり、レビューも早く完了する可能性が高いことも分かっています2。つまり、専門知識を効果的に活用できる研究者が、潜在的にすでに多く存在しているのです。
4. 査読者の対象を拡大することで、目に見えない地域的偏見や利益相反を減らすことができる
研究者は査読に地域的バイアスが広く作用していると認識している、とする報告があります4。このような認識は、新興地域の研究者、とくに英語を母語としない研究者の間でより顕著なようです。著者のアイデンティティに基づいて査読者のバイアスの存在を証明することは困難ですが、地域的に多様な査読者を確保することで、バイアスそのものと、バイアスに対する認識の両方を減らしていくのに役立ちそうです。
さらに、査読者に地理的な制約があると、同じ地域の競合機関の研究者が互いの論文をレビューすることによって、利益相反の可能性が増すこともあるでしょう。実際、競合関係に伴う出版の遅延は、査読者の間で一般的な倫理的問題として認識されていました4。査読者が世界中に分散すれば、このような倫理的問題も減る可能性があります。
5. 地域的な多様性が高い査読は、ジャーナルのイメージ向上に役立つ
近年、多くの国際出版社や国際ジャーナルが、研究新興国の著者に働きかける取り組みを行なっています。これらの地域で査読者ネットワークが拡大すれば、その取り組みがさらに後押しされるでしょう。また、地域的に多様な査読者は、出版社やジャーナルが上記の課題(出版の遅れ、査読者の燃え尽き症候群、新興地域の査読者の少なさ、地域的バイアスなど)に効果的に対処するのに役立ちます。つまり、多様性の促進に投資することで、多くの見返りが期待でき、ひいてはジャーナルの信頼性とイメージを高めることにつながるのです。
現在の査読者の分布が持続可能でないことは、COVID-19による査読システムへの負担によってはっきり示されました。ジャーナルは、査読の質を維持しつつ、COVID-19関連の大量の論文に対応する必要に迫られました。この状況に対処するための手段の1つとして、迅速なレビューが行われました。また、これまで過小評価されてきた地域からのレビューの多数の申し出が、王立学会によって特別に認められました5。
専門的な査読トレーニングの実施や、査読者に正式なクレジットを与えるシステム作りといった、力強い取り組みも見られます。これらの取り組みは、優秀で信頼できるグローバルな査読者集団の構築に役立つでしょう。査読における多様性の実現は、公平性を超越したものです。多様性の実現で、単に多地域の研究者が査読プロセスにより関わるようになるだけではありません。これまで過小評価された地域の研究者と学術界全体に、広く恩恵がもたらされる可能性があるのです。
査読の多様性に関する議論をさらに深めるために、ピアレビュー・ウィーク2021にご参加ください!
参考資料
1. Editage. What changes would researchers like to see in academic publishing? Views of researchers who participated in the Editage Global Author Survey. https://www.editage.com/insights/series/editage-global-author-survey (2019).
2. Publons. 2018 Global State of Peer Review. https://publons.com/static/Publons-Global-State-Of-Peer-Review-2018.pdf (2018).
3. Warne, V. Rewarding reviewers – sense or sensibility? A Wiley study explained. Learned Publishing 29, 41–50 (2016).
4. Taylor & Francis. Peer review in 2015: A global view. A white paper from Taylor & Francis. (2015).
5. Phil Hurst. Peer review during the pandemic. The Royal Society Blog https://royalsociety.org/blog/2021/04/Peer-review-during-the-pandemic/ (2021).
コメントを見る