レイサマリーとは何か?
“Not only is it important to ask questions and find the answers, as a scientist I felt obligated to communicate with the world what we were learning. (問いを立てて答えを見つけることも大事ですが、発見したことを世界に伝えることも、一人の科学者としての責務だと感じています)”
スティーヴン・ホーキング/『ビッグ・クエスチョン―〈人類の難問〉に答えよう
伝説の物理学者、スティーヴン・ホーキング博士によるこの言葉は、研究の1つのプロセスである「コミュニケーション(伝達)」という非常に重要な側面に光を当てています。 今日の学術出版界において、リサーチコミュニケーションはきわめて重要なものとみなされています。研究者たちは、象牙の塔を飛び出して、研究結果を同僚や専門家だけでなく一般の人々にも分かるように伝えるべきだというプレッシャーをますます感じるようになっています。
この背後にある考え方は、きわめてシンプルです。多くの研究が納税者の支援によって行われていることを考えれば、納税者(科学者ではない一般の人々)が研究の現実的な影響力や潜在力を知ろうとするのは当然と言えるでしょう。また、競争の激しい今日の研究界では、業績をただ発表するだけでなく、幅広く知らしめることによってその影響度を示すことが、研究者にとって非常に重要になっています。そんな中で、レイサマリー(研究内容を一般用語でまとめたもの)は、それらを可能にする便利な手段と言えます。
しかしながら、研究者たちは、業績をレイサマリーにまとめることを困難に感じています。このシリーズ記事では、レイサマリーの基本と、そのメリットやチャンスについて解説するとともに、優れたレイサマリーをまとめるためのちょっとしたヒントをご紹介します。まずは基本を押さえ、レイサマリーとはどのようなものなのか、そしてその目的は何なのかを確認しましょう。
レイサマリーとはどのようなものか?
まずはこの問いについて考えてみてください:あなたは研究結果をまとめるとき、誰に向けて書いていますか?学術論文や研究論文を読みたいと思っているのは研究者だけだろうと思うのは、間違いです。今日では、研究者ではないより多くの人たちが、研究から分かる新事実について学び、そうした新事実によって自分たちにどのような影響があるのかを理解することに関心を抱いています。たとえば、気候変動や、特殊な症状の治療法などが挙げられるでしょう。しかし、研究のそもそもの専門性が、制約になってしまいます。研究では複雑な概念、理論、実験、データを使いますし、論文や研究レポートはたいてい、高度に専門的に書かれ、専門用語が多用されています。同じ分野の専門家なら、コンセプトを理解することはさほど難しくないと思われますが、専門家でない読者にとっては難しいでしょう。この溝を埋めるのが、レイサマリーです。
レイサマリーとは何か?
レイサマリーとは、その名が示す通り、研究に興味を持ちながらも分野の背景知識がないので大まかな情報にだけ触れたいと望む、科学者ではない一般人のためのものです。つまり、専門性を持たない人々が研究の意味合いを理解できるように、専門用語を使わずに書かれた、研究の簡単な説明です。基本的には、研究の概略を示すという意味で、論文のアブストラクトのようなものと言えるでしょう。しかし、アブストラクトと違うのは、どのような研究なのかが一般の人に分かるように書くという点です。
レイサマリーはいつ書けばいいのか?なぜ書くのか?
レイサマリーをまとめるのは、研究を実施する前でも、論文を書いて出版した後でも構いません。
- 論文の執筆前 — 助成金申請の一環として書く
研究に着手する際は、まずは研究費を確保しなければなりません。そのためには、助成金を申請する必要があります。レイサマリーは、助成金申請の重要な要素です。申請プロセスの中で、提案する研究を平易な言葉で簡潔にまとめた書類を要求される場合があるからです。平易な言葉によるサマリーが必要となる場合の例は、こちらの記事で紹介しています。
ところで、資金提供者はなぜ研究のレイサマリーを必要とするのでしょうか?多くの助成金審査委員会には、提案された研究の実社会での影響度と価値を評価する、専門家以外の審査員が少なくとも一名含まれています。eLife誌の特集記事担当エディター(Features Editor)であるピーター・ロジャース(Peter Rodgers)氏は、レイサマリーに関する自身の記事で次のように述べています。「慈善団体の中には、助成金の申請にレイサマリーを添えるよう研究者に求めるところがあります。また、パネル委員に、助成金申請を評価する患者の代表者を含めているところもあります」。このようにレイサマリーは、助成金の申請を評価する人々が、提案された研究プロジェクトについて理解し、その社会への意義を十分な情報に基づいて判断するために役立っているのです。
- 論文の出版後 — 出版論文を広めるために書く
国際STM出版社協会がまとめた最新のレポートによると、世界で毎年300万本以上の論文が出版されています。これはとてつもない数字です。研究者やジャーナルにとっては、出版した論文がこの情報の海に埋もれないようにすることが重要です。そのため、今では多くのジャーナルが著者に対し、論文がアクセプトされて出版されたら、レイサマリーを書くよう求めています。ジャーナルは、自誌のマーケティング経路を通じてそのレイサマリーを広く取り上げ、発信します。著者自身が発信することもあります。広く公開されることで、専門家以外の人にも出版論文を見つけてもらいやすくなり、結果としてインパクトも高まって引用回数も増えます。
eLife誌に載ったある興味深い論文で、著者/編集者のサラ・シャイレス(Sarah Shailes)氏は、レイサマリーを積極的に活用している複数のジャーナルと機関を取り上げ、これらの出版物や組織がどのようにサマリーを作成して広めているのか、そしてそのインパクトはどの程度なのかについて洞察を深めようと試みています。シャイレス氏は以下のように指摘しています。「ますます多くのジャーナルや科学機関が同じようなことをしようとしています。しかも、化石や透明人間になるためのマントや新しい治療法など、一般の人が興味を持ちそうなトピックを扱った論文にとどまりません。これらのサマリーには、さまざまな名称が付けられていて―レイサマリー、オーサーサマリー、重要ステートメント、ダイジェスト等―、遠くの惑星での水の発見やバクテリアの生活など、多岐にわたるトピックが取り上げられています」。
皆さんも、今度論文がアクセプトされたら、レイサマリーで論文の可視性を高めることについて、ジャーナルや研究機関や助成機関に相談してみましょう。
臨床研究では、患者に臨床試験に協力してもらうためにレイサマリーが使われることがあります。研究について簡単に説明したものを読むことで、患者は臨床試験への参加についてよりよく理解できるようになり、参加するかどうかを、十分な情報に基づいて自ら判断できるようになるでしょう。
レイサマリーの利点とは
以前の記事で、レイサマリーが助成者にとっていかに価値あるものであるかについて述べたことがあります。その点を以下にまとめました:
- 資金提供者は、レイサマリーによって、納税者の税金がどのように使われたかについてのエビデンスを示すことができる。
- 資金提供者は、レイサマリーを利用することで、主要メディアと明確で効率的なコミュニケーションが取りやすくなり、もっとも正確な情報を可能な限り分かりやすくシンプルに広めることができる。
- 資金提供者は、レイサマリーをシェアすることによって知名度を高めることができ、関心を持った研究者たちから安定的に申請を受けることができる。
- レイサマリーによって、研究のポテンシャルを政策立案者に示し、研究への公的支出を増やすことにつなげられる。
- 助成金申請の審査員は、レイサマリーによって、実生活への応用の可能性と、社会に与える影響を評価することができる。それにより、支援に値する有意義なプロジェクトに注目することができる。また、審査員が申請者のライティングや科学コミュニケーションの能力を見きわめるのにも役立つ。
発表済みの研究結果の場合、レイサマリーは、研究への理解を深めるのに役立ちます。研究をすんなりと理解できれば、興味を持つ人が増え、学術界の外にも広くシェアされるでしょう。これは、研究成果のインパクトを専門家と非専門家の両方に伝えるのに役立ち、科学へのパブリックエンゲージメントを高めることにもつながります。そうなれば、ジャーナル編集者や分野の専門家だけではなく、地域の重要政策を導入する権限を持つ主要な政策立案者にも影響を及ぼすことができます。
まとめると、レイサマリーは、科学に対する一般社会の理解度を向上させ、研究の可視性を高め、研究者の知名度を上げ、研究に対する公的支出の正当性を示すものと言えるでしょう。
ここまで、レイサマリーの基本について述べ、レイサマリーとは何か、いつ書けばいいのか、研究者や資金提供者にとってのメリットにはどのようなものがあるのか等について見てきました。次回の記事では、研究を優れたレイサマリーにまとめるためのシンプルなヒントをご紹介します。
参考資料:
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