論文を読む「子ども査読者」:査読の包摂性は新たなステージへ
2018年のピアレビュー・ウィークでは、査読の多様性と包摂性が取り上げられました。そして、多様な人々に査読プロセスに関わってもらうにはどうすればよいか、査読に多様な視点を反映させるにはどうすればよいか、といった点について議論が交わされました。これらの議論を前に進めるベストな方法は、査読の包摂性に関するユニークな実例を紹介することでしょう!
今回は、独自のアプローチで運営されているオープンアクセスジャーナル、Frontiers for Young Minds誌のジャーナルマネージャーを務めるエマ・クレイトン(Emma Clayton)氏にお話を伺いました。そのアプローチとは、科学論文の査読に子どもや若者を参加させるというものです。インタビューでは、「Frontiers for Young Minds(若き頭脳の開拓)」プロジェクトについて詳しく伺い、一般の人にも正確に分かりやすく科学的発見を伝えるために子どもたちとどのような取り組みを行なっているのかについてお聞きしました。
クレイトン氏は、生態学と環境管理学で修士号を取得後、科学コミュニケーションの促進に関わる分野に進み、2016年からこのプロジェクトに携わっています。現在は、科学的発見を若年層に広めるために、そして科学者が若い人により幅広く研究を伝えられる円滑なコミュニケーションを実現するために奮闘しています。
「Frontiers for Young Minds」というアイデアはどのように誕生したのですか?
編集委員会を子どもたちで構成するという構想は、弊誌編集長のロバート・ナイト(Robert Knight)教授(カリフォルニア大学バークレー校)によるものです。ナイト教授は、その実現に向けて2013年からFrontiersとともに活動してきました。
「正確で楽しい論文を作る」ために、「Frontiers for Young Minds」では科学者と子どもにどのように働きかけているのですか?
「Frontiers for Young Minds」は、若い世代に査読付き論文を届けることを目指しており、8~15歳の子どもたちをターゲットにしています。子どもたちには、読者という立場だけでなく、論文の査読者としても科学出版プロセスに重要な役割を果たしてもらえるようにしています。編集者と編集長で構成された編集委員会は、子どもたちをサポートしながら、研究者として、査読プロセスの管理とジャーナルの科学的質の維持に努めています。2013年に神経科学分野を起ち上げたのを皮切りに、現在は天文学、数学、地球資源、保健、生物多様性の分野が加わり、計6つの専門分野を持つまでに成長しました。
子ども査読者たちと指導員1人でチームを作り、指導員は、理解しにくかった部分に対応したり、子ども査読者からのフィードバックを集めたりして、子どもたちへの査読指導の責任を負います。フィードバックは、著者に送られます。著者はすべてのフィードバックに返答し、修正を行います。そして、子ども査読者と指導員が修正に満足し、幅広く受け入れられる論文になったと判断した場合に限り、論文はアクセプトされ、出版されます。
「子どもたちは、楽しみながら論文を読んでフィードバックを行なっています。子どもが論文を改善するというアイデアは、本人たちにとっても新鮮だったようで、このような経験は学校でもなかなかできません。子どもと一緒に働くことは、とても楽しい学びの経験になっています」
―「Frontiers for Young Minds」指導員
査読プロセスに子どもたちを関わらせるにあたっては、科学者のように考えて物事に疑問を持てるように働きかけています。科学者になることを夢見ている子がいれば、その夢を応援します。弊誌は、科学者と一般の人々をつなぐ橋渡し役として、信頼されるリソースを提供しています。新たな発見が教科書に反映されるまでに、通常は数年かかりますが、「Frontiers for Young Minds」によって、そうした情報により早くアクセスすることができるのです。
弊誌では、著者に出版費用を請求することはありませんし、編集関連や論文使用に関する費用も請求しません。学校の先生から論文の使用許可を求められることがよくありますが、このような許可を得る必要もありません。子どもたちだけでなく、誰でもこれらの論文を読むことができ、最先端の科学を理解することができるのです。
研究に子どもたちの意見を取り入れるというアイデアは素晴らしいですね。子ども査読者はどのように選ばれているのでしょうか?特別なトレーニングなどは行なっていますか?
興味のある子どもたちからの応募を、kids@frontiersin.orgで受け付けています。一緒に査読に取り組んでくれる指導員の準備が整い次第、編集部から、用意できた論文を送ります。
子どもたちがこの斬新な役割を務めるためのさまざまな資料を用意していますが、指導員も、自らの経験に基づいてこうした資料を用意することが可能です。また、査読プロセスについての説明を行なっているほか、査読で見るべき点についてのガイドラインも用意していますし、確認すべき項目のリストも用意しています。
「このジャーナルの存在を初めて知った人々の反応を見ると、いつも嬉しくなります」
―エマ・クレイトン
科学者たちと交流してきた経験を踏まえてお聞きします。子どもにも分かるように科学を噛み砕いて伝えることは、科学者にとってどれほど難しいことだと思いますか?
それは非常に難しいことだと思います。しかし、苦労する価値のあることだと思います!科学者の多くは、論文をどのように書き始めたものかと戸惑うものです。そんな中で、私たちのジャーナルは、よりよい伝え手になるための学びの場になります。自分の発見が独り歩きを始めてメディアや一般の人々に誤解されてしまうことを恐れている研究者もいます。「Frontiers for Young Minds」で自ら伝える機会を得ることで、科学者は、自分の発見を一般の人々に向けて正しく伝えることができるようになるのです。
どうすれば指導員になれますか?募集はされていますか?特別な資格は必要ですか?
指導員は、子ども査読者たちとチームを組みます。指導員は、プロセスについて子どもたちに説明することができる、査読経験のある若手研究者が務めるケースが多いです。また、科学的経験や課外活動の経験が豊富な教員や研究者が指導員を務めるケースもあります。指導員は、科学者の生活や、クリティカルシンキングの方法や、査読プロセスの重要性を子どもたちに伝える役割を担っています。
指導員や編集者として弊誌の査読プロセスに参加することに興味をお持ちの研究者の方は、kids@frontiersin.orgまでお気軽にご連絡ください。
この取り組みに対して、学術出版コミュニティからはどのような反応がありますか?
非常にポジティブな反応を得ており、弊誌の存在をもっと早く知りたかったと言ってくれる方が多いです。このジャーナルの存在を初めて知った人々の反応を見ると、いつも嬉しくなります。
「Frontiers for Young Minds」での経験からお聞きします。研究者が研究情報を簡略化しようとする際に犯しがちなミスはどのようなものでしょう?それを防ぐにはどうすればよいですか?
もっともよく見られるミスは、1つの論文でできるだけ多くのことを説明しようとすることです。研究者は、物事を詳細に伝えるように訓練されているので、1つの論文ですべてを説明しようとする傾向があります。したがって、必要なものとそうでないものとを区別する方法を学ぶ必要があるでしょう。もっと頭を柔らかくして、書き方を変えなければなりません。これを、物事をクリエイティブに考えるチャンスと捉えてほしいと思います。論文に面白さという要素を加え、図版などといった要素は若い読者にとってまったく馴染みのないものであるということを忘れないでおきましょう。普通の学術論文で使うような図をカラフルにしたり文字を大きくしたりするだけで分かりやすくなるといった、安易な考えは捨てましょう。図は、データを視覚化するために使うのではなく、意味を示すためや、本文の説明を捕捉するために使いましょう。
「Frontiers for Young Minds」で論文を出版した研究者の多くは、自分の研究に対する新たなモチベーションを得ています。プロセスを経験してみれば、それが実感されることでしょう。
教育者や学校に対する意義の高さを踏まえ、Frontiers for Young Mindsをより多くの人に届けるためにどのような取り組みを行う予定ですか?
発表した論文はすべて、ソーシャルメディア(Facebook、Twitter)とブログで宣伝しています。
研究者が子どもたちに対面で研究を発表し、子どもたちが批評や質問を行なって論文に判定を下すというライブ査読のイベントも開催しています。
また、さまざまな関連イベントにできるだけ出席するようにしています。たとえば、今年の4月には、世界中の多くの子ども、保護者、教師、研究者の関心を集めている米国科学エンジニアリングフェスティバルに参加しました。
生態学者から学術誌のスタッフに転身したのはなぜですか?学術出版界に携わることは、昔から考えていたのですか?
研究を続けたい気持ちはありましたが、学術界でのキャリアが欲しかったわけではありませんでした。科学や最新の発見はすべての人に分かりやすい形で伝えられるべきだと考えているので、オープンアクセスである「Frontiers for Young Minds」は、私にとって最適な選択肢だったのです。
最後の質問です。ピアレビュー・ウィーク2018のテーマは多様性でしたが、ご自身にとって多様性とはどのような意味を持ちますか?また、ジャーナルが包摂性を高めるにはどうすればよいでしょうか。
私にとっての多様性とは、子どもたちが、それぞれの背景、性別、人種、社会経済的立場に関係なく査読を行えるようにすることです。私たちは、同じ考えを持つ世界中の機関と協力関係を築き、論文をさまざまな言語に翻訳することで、国際的多様性が促進されることを目指しています。そして、あらゆる背景を持つ子どもたちに、研究者になることの素晴らしさを伝えています。彼らが大人になったとき、科学コミュニティの多様性はさらに高まっているはずです。「Frontiers for Young Minds」のようなプロジェクトを通して研究を広めることは、そのような将来を実現するための1つの方法と言えるでしょう。
クレイトン氏、興味深いお話をありがとうございました!
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