【研究者インタビュー:玄田有史先生】「僕らができることって言うのは、今、起こっていることを将来にバトンパスする、そのために何を残せるかを考えてこういう本を作ったりしているんです。」
雇用に関わる問題を「ニート」や「スネップ」といった観点で分析し、社会に対して積極的に発言されている玄田有史(げんだ ゆうじ)・東京大学教授。近年は「希望論」を研究テーマに据えられ、東日本大震災の被災地に関連した著書も出版されています。エディテージのユーザーでもある玄田先生に、なぜ「希望学」なのか、研究することの意義ややりがいについて伺いました。
希望論とはなにか? どうして希望なのか?
――先生は「希望学」を研究テーマとされていますね?
はい。希望の話は面白いですよ、よくわからなくて(笑)。誰もこれが答えだっていうものを持っていない。何年か前、happinessの話がとても多くてね。人がやっていることはやりたくないので、(研究している人の多い)幸福はいいかなと思って、希望のほうでやってるんだけど。これが難しい。元々、日本語にはなかった言葉らしいよ、希望って。
――
そうなんですか?まず仏教には希望という言葉がないみたい。福のつくお寺ってたくさんあるでしょ?興福寺とかさ。でも、希望寺というのは聞いたことない。
――確かにないですね。
やっぱり希望って、元々聖書の言葉じゃないかな。多分、日本には明治の文明開化でやってきた言葉なのだと思う。だから、もしかしたら日本に来てたかだか百数十年くらいの言葉だから、僕ら自身もまだ十分に消化しきれていないのかも知れない。
――面白いですね。
いろんな国を調べてみても、「希望」の研究をしているところってあまりなくてね。こういう新しいテーマを日本から発信するのも面白いと思って。
――なるほど。
面白いのは、希望に対する考えが国によって違うってこと。今の日本は「希望なんてない」と考えている人が多い。インドなんていないでしょ、希望ないって言う人?
――はい。みんな、前向きです。
「なんか希望ない?」って聞くと、「美味しいものを食べたい」とか「良い服を着たい」とか「かっこいい車が欲しい」とか、なんらかの望みがあるのが普通でさ。ところが日本人に「あなた、希望ない?」って聞くと、「ない」って答える人が結構いるんだよね。こんな国は調べている限り、日本しかない。
――分かる気がします。
希望の中身も変わってきてる。つい十年くらい前までは、「もっといい仕事がしたい」とか「子どもが大きくなったら、仕事に戻りたい」といった仕事に対しての希望が多かった。でも、最近は「家族と一緒の時間を過ごしたい」とか「友人や恋人との時間を大切にしたい」っていう考え方が増えてきた。やっぱり震災の影響も大きいんだと思う。
震災を研究対象に
――なるほど。最近は、震災に関連した研究をされているそうですね。
これが最近出た本です。
――釜石ですか?
釜石に限らず、東日本大震災の後に起こったことを、特に仕事とか働くという面から考えてみた本です。
――具体的にはどういった内容ですか?
4年経って、いろんな意味で過去のことになりつつあるわけですよ。それはしょうがないことでもあるんだけど、忘れてはいけないこともたくさんある。たとえば福島で起きてることなんかね。福島では、原発の影響で働けなくなって国とか東電から賠償金をもらった人に対して、「仕事もせずに遊んでいる」なんていう声も聞かれたりする。でも、こういう研究をしてみると、決してそうではないことがわかって、生まれ育った場所を奪われてしまう現実があるわけ。そういうことを僕らみたいな仕事で伝えていかないと。
――なるほど。
その本にも書いたけど、熊本に水俣って市があるでしょ。前の市長さんに会ったら、「福島のことが心配だ」と言われたわけ。自分たちが過去に受けてきた差別とか偏見とか風評被害とかが繰り返されているように見えるって。「昔の教訓から学んでほしい」と言われた時に、僕らができることって言うのは、今、起こっていることを将来にバトンパスする、そのために何を残せるかを考えてこういう本を作ったりしているんです。今、東日本大震災の行方不明者って、何人くらいいると思う?
――300人くらいですか?
今でも2,590人くらいいる。これくらい行方不明者がいると、現地に行くとね、知り合いに行方不明者がいる人って、結構いるんですよ。そういう人たちは、待ってるんですよ、帰ってくるのを。もちろん、生きて帰ってくるというのが一番いいけど、ご遺骨でもいいから待っているんだよね。そういう人たちがたくさんいるってことを考えながら、復興ってなんだって話もしていかなければならないんだと思う。
――自然災害は日本だけの問題ではないですよね。
そう。ハリケーンとか地震とかどこでも起こる。そうした自然災害に被災して、住み慣れた場所を奪い取られた人の苦しみは辛くて、新天地でまた働くというのも容易なことじゃない。そういった悲しみをできるだけ、皆が経験しないようにするためには、いろんな反省も含めて教訓をシェアしないと。だから、まずは日本語で書き記して、翻訳で世界に発信もしていけたらと思ってる。
翻訳することの難しさ
――先生から、ご著書の翻訳を承っています。
2005年から希望学を始めて、自分の研究をどういう形で外国に発信するべきかを考え始めた時期と重なりましてね。このテーマであれば外国に紹介する価値があるんじゃないかというものがいくつかあったので試験的に、これを英語にするとどうなるかな?というのを試してみたくてエディテージさんにお願いしたわけです。
――そういう経緯だったんですね。
日本語の言葉を英語にした時のニュアンスを、翻訳者の方と密にやり取りして話し合いながら英語に訳さなければならないと思ってたので、それを引き受けてくれるエディテージさんにお願いしたというわけです。お願いした件がまだ英語の本として出版されているわけではなくて、いつか英語の本として出版したいと思っている試験的な段階ですね。ご存じのとおり、世界中の出版事情ってとても厳しい。特に英語で出版する場合は審査がすごく厳しいので、一冊作るのに何年も時間がかかる。だから長期戦でやろうと思っています。
―― 「希望学」という用語は日本独自の新しい分野というか、研究テーマですし、この用語の翻訳には一苦労ありました。私達の方も翻訳者が複数いましたので、意見も分かれて、なかなか難しいお仕事でしたね。
希望学の正式名称は一応「Social Sciences of Hope」なんです。僕は東京大学の社会科学研究所に所属しているので、「希望の社会科学」だから、「Social Sciences of Hope」でいいと思うんだけれど、日本では「希望の社会科学」じゃなくて「希望学」って表現を使っているから少しニュアンスが違っています。やはり翻訳は難しいね。
――本当に難しいですね。
「Hope Study」と訳して言う時もあるんですよ。でも僕はむしろ、本当に希望ってHopeなんだろうか…、その訳で正しいんだろうかと今も悩んでる。あと難しいのは、「希望」と似ている言葉で、「夢」っていう言葉があるでしょう。「夢と希望」って、よくセットで使うよね。この2つの言葉って、日本語では意味が全然違う。「夢」は、子どもが野球選手になりたいとか、パティシエになりたいとか、そういうすごく純粋な未来像ですよね。でも「希望」っていう言葉をよく調べてみると、例えば震災のように過去にすごく大きな試練があったり、仕事で挫折した人が、その挫折から立ち直っていくプロセスが実は「希望」だったりするんですよ。
――確かに言われてみると、「希望」にはこれから良くなっていく未来というニュアンスがあります。
そうすると、日本語の「希望」を説明するために今度は「挫折」っていう言葉をどう訳すんだ、とかね。だからエディテージさんに翻訳をお願いしておきながら、これは彼らならどういうふうに英語にするんだろうなーっていうのを楽しんでいるというか、一緒に同じ苦労を味わってもらおうかと(笑)。僕はまさにその「翻訳をしにくいところ」にこそ、日本のことを外国に英語で紹介する意義があると思ってるんです。その辺は、皆さんに苦しんでもらってるわけですけど。
――大変難しいんですが、楽しい苦しみです。ちなみに先生は英語で書かれた論文の英文校正もいくつかご依頼頂いていますが、英語で論文を発表されることもよくあるんでしょうか?
やっぱり今は英語で論文を書かなきゃ研究者は商売にならないので、自分で英語で書く場合もあります。特に僕は元々経済学なんだけど、経済学の学術論文って特有のジャーゴンやスタイルがあるでしょう?例えば経済学では「均衡」なんて言葉をよく使って、英語では「Equilibrium」と言うんだけど、そんな言葉、日頃使わないよね。僕らは研究者として英語の論文を読んでいて用語やスタイルをよくわかっているので、まず自分たちで英語で論文を書いて、最後にネイティブにチェックしてもらいます。英語特有の文章の流れとかリズムってとても大切だと思う。けれど、英語のリズムは僕ら日本人だけで書いても十分じゃないところがある。英文校正を使うときには、上手なリズム感のある文章にしてもらえるといいな、と思ってます。「希望学」なんていうのは、そもそも、元になるような英語表現があるわけでもないから、逆に率直に翻訳からお願いしてみています。翻訳したものを読んでみて、「えっ、これをこう訳しちゃうの?」って思うところも確かにあるけれど、僕にとっては逆に言えばそれが、日本語で書いたもの自体が、まだ上手く英語になおした時に表現しきれていないところだから。エディテージさんの翻訳者の問題っていうよりも、僕らの書いたものが英語にした時にどう伝わるかという根本的な問題だと思っているんです。だからエディテージさんは僕らの書籍を国際的に発表するときの「最初の読者」っていうかね、そういう感じで協力してもらえればいいかな、っていう思いです。
――そんなふうに使っていただけると大変ありがたいです。
日本から発信することの大切さ
これまで何冊か日本語の本を出してきましたが、これからは外国に発信していかないといけないなという気持ちが、この2、3年くらいすごく強いんですよ。僕がまだ大学院生で就職したばかりの頃が、1990年くらいで。当時の日本はすごかったのね。日本の経済がバブル崩壊前でまだ調子がよくて、むしろ「日本の経済はすごい」、「日本の企業はずごい」と言われていた時代です。世界中から注目の的でした。日本から学びたい、という世界からの羨望があって、実際に海外から多くの人があの時代に日本に来て「一緒に研究しよう」と。何というか、どんどん海外から日本に人が来るという感じでした。
――今では想像がつかないですね。
それがバブル経済が弾けて、それからずっと不況が続いて日本の経済が厳しくなると、本当に潮が引いたように世界の日本に対する関心がなくなっていくのを感じました。「ジャパンパッシング」って言葉を知ってる?今やアメリカの関心は日本を通り越して、中国に向かってます。昔はアメリカ人の研究者が日本の研究者と一緒に研究したがったんですよ。共同研究しましょうっていう話がたくさんあったんだけれど、今は「日本もいいですね」なんて言いながら、実は中国の研究者とやり取りをしている、っていう感覚がすごくあります。
――世界の中で、日本の存在感がなくなっているんでしょうか。
そう。だから何もせずに待っているだけでは、本当に存在意義がなくなっていくと、すごく実感として感じています。自分たちから発信していかきゃいけない、と強く思うようになりました。それで、自分の研究書の翻訳を積極的にするようになりました。
――先生がおっしゃるように、震災への対応を含め、日本の情報は世界が必要としていますし、そうした情報発信は日本のためにもなると思います。これからも興味深い研究を期待しております。本日はお忙しいところありがとうございました。
※聞き手 澁谷晃奈(エディテージ カスタマーサービス部)
(本文敬称略)
玄田 有史(げんだ ゆうじ)先生のプロフィール
東京大学社会科学研究所教授。専門は労働経済学。著書に『危機と雇用―災害の労働経済学』『希望のつくり方』『14歳からの仕事道』ほか多数。島根県出身。
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