研究不正を犯罪行為とみなすべきか?
2015年にドンピョウ・ハン(Dong-Pyou Han)氏の研究不正事件が大々的に報道されました。アイオワ州立大学の生物医学研究者であった同氏は、米政府の助成を受けたHIVワクチン研究の結果を不正に操作したとして、懲役57ヶ月および720万ドルの罰金に処されました。研究の整合を監督する米研究公正局(ORI)は、今後3年間にわたってハン氏に対する連邦政府助成金の支給を禁ずるという処分を下しました。しかし、不正行為が深刻であったため、チャールズ・グラスリー(Charles Grassley)上院議員が厳重な処罰を要求し、最終的にはハン氏に刑罰が課されることとなりました。この件はマスコミの注目を集め、学術界では「科学的不正行為を犯罪行為とみなすべきか?」という議論が巻き起こりました。
研究不正は、専門家としての倫理に反しているだけでなく、世間一般の信頼を裏切る重罪です。研究者による不正事件の増加が懸念されていますが、この状況は、論文撤回数やデータねつ造件数の増加、再現性の危機などからも明らかです。不正が告発されると、通常は告発された研究者の所属機関が追跡調査を行います。不正行為が表面化すると、一般的にはジャーナルから論文が撤回され、懲戒免職、研究費の支給禁止などの処分が下されます。研究不正によって告発されるという事例はほとんど聞きません。しかし、これらの罰則をもってしても、研究者が将来的に不正を行わないようにできるとは限りません。科学分野の教授陣からは、研究不正は刑法で裁かれるべきだとする声も聞かれます。研究不正を犯罪行為とみなすことは公正といえるでしょうか?そのような方向に進むことで、研究者の倫理観が向上し、より正直になる効果が見込めるのでしょうか?そして、裁判所が研究不正に対処することは可能なのでしょうか?
研究不正を犯罪行為とみなすことに賛成する人々は、そもそも研究者は法律から除外されているわけではないので、不正行為は窃盗・殺人などの重罪案件・横領などの作為的犯罪と同様に扱われるべきだという意見です。もちろん、有罪となる研究者の処罰は、研究不正の程度に合わせて決定されるべきでしょう。例えばORIは、悪意のない間違いや不正行為は除外しています。しかし、意図的で、政府助成金の誤用があり、公衆衛生に危険がもたらされるような不正行為については軽い扱いとせず、法律に関わる問題として扱うべきだと考えられます。トロント小児病院(カナダ)のCenter for Global Child Healthで理事を務めるゾルフィカー・ブッタ(Zulfiquar Bhutta)氏のように、医療関係者の中にもこの意見に賛同する人がいます。ブッタ博士は、「研究費で納税者を騙し、データや全体の研究結果を改ざんすることは、ほかの経済的犯罪と同罪である」と述べています。この主張を支持する人々は、研究者を裁くために、現在の手順に刑事訴訟を追加すべきだと考えています。そうすれば、不正を告発されても軽い罰則があるだけで、今まで通りの生活を続けられるだろうという期待を打ち砕くことができるのではないかという考えです。
一方、研究不正を起訴しても効果はなく、無意味だと考える人もいます。テンプル法科大学院のスコット・ビュリス(Scott Burris) 教授は、そのような方向性は「科学を抑圧する」恐れがあると述べており、ほとんどの研究者は正直で、犯罪の常習犯ではないという意見です。研究者は専門家として極度のプレッシャーにさらされており、それに屈してしまう人もいます。不正に関わった研究者を弁護するワシントンのポール・ターラー(Paul Thaler)弁護士氏は、罪を犯した研究者も、「刑に服した後、社会の一員として生産的な活動をすることが可能であり、不正を告発された科学者全員を追放することを科学が望んでいるわけではない」と述べています。ビュリス氏はこの議論をさらに進め、研究不正を犯罪化すると、論争の的になるようなデリケートな研究領域に研究者が取り組みたがらなくなるのではないかとも述べています。例えば、遺伝子編集の研究では、研究者が告訴される可能性が高まることも考えられます。
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この問題には、研究機関が立件に躊躇するという側面もあります。研究機関には、罪を犯した研究者を起訴するだけの資金やその他のリソースがないところがほとんどです。さらに、評判に響くことを恐れて裁判沙汰を避けたいと考える研究機関がほとんどです。ターラー氏は、研究者の不正に関する裁判は複雑で、ほかの訴訟とはかなり異なるとも述べています。このような複雑な訴訟を理解するために、弁護士は依頼人や任命された専門家に大きく頼らざるを得ません。「責任ある研究活動事務局」(Secretariat on Responsible Conduct of Research)」のスーザン・ツィマーマン(Susan Zimmerman) 局長は、この問題を以下のように的確にまとめています。
「刑法上の有罪を証明するために少なくない時間とエネルギーとリソースが割かれ、その上、重い立証責任を果たせなかった場合、その人物は立ち去ることになる」。このため、研究機関はORIのような組織の手を借りて、自分たちで研究不正に対処する方がよいと考えています。弁護士や警察よりも、研究機関の方が研究不正に関する申し立てを理解して解決する能力があるとして、多くの人がこの見解を支持しています。
科学コミュニティの人々の多くは、本当に悪意があって罪を犯したものだけが起訴されるべきだと考えています。影響の限定的な不正に関わった研究者も、研究費受領禁止や免職などの罰則を受けることもあります。ORI前所長のデビッド・ライト(David Wright)氏は、研究者が助成金を受けられないようにすることは、管理機関が課すことのできる罰則の中でもっとも重いものであると述べています。ライト氏は、これは「専門家としての死刑宣告」に等しく、「禁固刑に処したところでそれ以上何かが得られるかは疑問である」と述べています。
この問題にはさまざまな意見があり、大きな論争を呼んでいます。皆さんはどう思いますか?研究不正を行なった研究者は刑務所に送られるべきでしょうか?そうでないとしたら、理想的な更生措置とは何でしょうか。皆さんからのコメントをお待ちしています。
参考記事:
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Scientific fraud: Is prosecution the answer?
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