幹細胞研究をめぐるスキャンダル

幹細胞研究をめぐるスキャンダル

2014年、もっとも不名誉な研究不正行為は、日本の理化学研究所多細胞システム形成研究センターで起きた 小保方晴子氏によるSTAP細胞(acid-bath stem cell)研究 でしょう。

この論争から世界中の科学者たちは、10年前の同様のスキャンダルを思い出しました。2004年2月、韓国の科学者である黄禹錫(ファン・ウソク)は、ヒトのクローン胚から幹細胞株を取り出すのに成功したと主張しました。これは、この細胞株からヒトの体のどんな細胞でも治療目的で作成できることを意味していました。

そうしてできた細胞は、すべての患者に遺伝子的に合致させることができ、患者の免疫システムからうまく逃れられる可能性がありました。この主張により、幹細胞研究の分野はただちに、かつてないほどの注目を浴びることになり、可能性について大いに興奮させました。けれども、研究結果が偽造されていたことが明らかになるや、メディアの攻撃の矛先は科学コミュニティに向けられました。これは、「STAP細胞問題」の後に目撃されたことと似ています。2つの主要な論文が撤回され、何人かの科学者のキャリアはあっけなく幕を引かれることになりました。


幹細胞研究では、ほかにも似たような悪評高い事件が起きています。その一つが、幹細胞を用いた心臓病治療にかかわるドイツ人研究者Bodo-Eckehard Strauer氏の研究です。Strauer氏は骨髄内の間葉幹細胞により、心臓の損傷を治すことができると主張しました。彼が大いに論争の的になったのは、ドイツにあるデュッセンドルフ大学(2009年にこの大学を退職)に在職中、 初めて、ヒト幹細胞で心臓の損傷を治せると主張した2001年のことでした。この主張の疑わしさに関するメディアの報道とともに、数名の幹細胞研究者も疑念を公式に表明していました。the International Journal of Cardiology 掲載の最近の論文で、彼の研究グループが発表した48の論文が入念に分析され、一連の疑問を提起しています。その中には、統計的分析における計算誤差に関わる疑問や、異なる体格の患者から同一の反応が得られたことに関する疑問があります。


もう一つ別の有名な事件には、心臓幹細胞治療分野のアメリカ人研究者たちが関与しています。ハーバード大学のPiero Anversa 教授によるSCIPIO治験に関する最初の研究が、研究不正に関わっています。この研究では、大動脈由来の心臓幹細胞が心臓麻痺の治療に使われ満足のいく結果が得られたと主張されていました。ハーバード大学は現在、2011年Lancetに掲載された、この研究を実証した論文に示されているデータの一部の信頼性を調査しているところです。

さらにもう一つ論争を引き起こした事例は、ビタミンA酸に2時間浸し培養すれば骨髄細胞を神経細胞に変えることができると主張したイタリアのStamina財団が進めた幹細胞治療です。さらに、これらの細胞を、患者の体内に注入すると、神経の損傷を治すことができるということでした。けれども、イタリアの保健省(Ministry of Health)は、Stamina財団による幹細胞治療は十分な論理的・実用的基盤に欠け、根拠がないと判断しました。

 

ではなぜ、幹細胞研究をめぐってこれほどまでに多くのスキャンダルが起こり、こんなに深刻に受け止められているのでしょうか? 3つの理由があると私は考えています。
 

1. 幹細胞研究の分野が拡張し、そのため問題が生じる可能性が増えています。これが唯一の主たる原因ではない、と思っています。たとえば、神経科学は幹細胞研究よりポピュラーですが、論議ははるかに少ないです。


2. 幹細胞研究は極めて利益に導かれやすい(利益駆動型)分野です。 変革をもたらす大いなる可能性を秘めており、これは商業的な影響も莫大であるということを意味します。それにより、研究者側が商業側に「拉致される(“kidnapped” )」可能性が生まれています。
生物医学における新しい分野として、幹細胞研究は医療、特に再生医療における最大の希望の光です。
幹細胞治療により、すばらしい可能性を夢見ることができるのです。この魅力が時に、将来への期待を広げさせ、患者を欺き、論争を引き起こすことがあります。こうした傾向は、学者たちにも重大な影響をもたらし、ドイツとイタリアの幹細胞事件への注目が、幹細胞研究を行う企業に利潤追求活動の引き金になっています。
 

3. 学術論文に対し、高い注目やメディア報道を求めることは、世界的に見ても元には戻せない傾向になっています。幹細胞研究にもそれはあてはまります。ニュースとして取り上げられ、注目を浴びるために、学者たちは、認知度を高めようと信頼性を犠牲にしても論文を発表し、研究結果の捏造といった極端な手段まで選んでいます。このような動向は、幹細胞研究という極めて競争的な分野に対し長期的な影響をもたらしていますが、幹細胞研究だけでなく、生命科学全般にとって痛ましいことです。

 

3つの要因の影響は着実に増しています。幹細胞研究の混乱は、幹細胞の有用性が確立され、肝細胞研究への注目が大幅に減少するまでは、おそらく今後も続くと思われます。

 

 

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