学術界での成功の印とは?
「何がしかの専門的能力を伸ばすことができれば、誰でも仕事の喜びを得ることができる。ただし、自分の能力を発揮することに満足し、万人からの称賛を求めなければの話であるが」
―バートランド・ラッセル『幸福論』
一般的に、人間関係とは別の次元にある目標達成に取り組む研究者も、成功を望んでいるものです。しかし、学術界での成功は、化学物質の濃度の測定や、リッカート尺度での個人の心理状態の測定とは違い、客観的方法で把握することができません。それでは、ビジネスの成否をはっきり示す貸借対照表のような便利なものがない学術界では、成功の度合いをどのように測ればいいのでしょうか。
成功の分かりやすい印
- 出版物は、学術界における最強のパスポートです。重要なのは出版頻度と出版媒体であり、高い頻度で(疑いを抱かれない程度に)出版し続け、同業者からの評価が高い優良ジャーナルで出版すれば、成功の重要な印となります。実際、他の形での成功は、十分な出版実績を積んだ後で見られるものです。つまり、出版物はもっとも分かりやすい成果として、研究者の評価を確立するものなのです。
- 査読依頼は、そのプロセスの機密性ゆえに「分かりやすい印」とまでは言えませんが、研究者として前進していることの証であり、一定の水準に到達してジャーナル編集者の信頼を得ていることを示しています。査読は匿名で行われますが、多くのジャーナルは年に一度、査読者として活動した人のリストを公開しているので、その貢献が公に認められることになります。また、博士号授与の審査委員を務めることは、同僚からの高評価の表れと言えるでしょう。
- ジャーナル編集者は、査読者を経てたどり着く重要ポジションです。編集者は昔から、「知識の門番」と言われている重要な立場です。ある研究が出版に値するかどうかの意見表明を行うのが査読者なら、編集者は、ジャーナルの方針を立て、対象領域の取捨選択を行うことによって、分野の発展の方向性の舵取りをしています。
- 学術団体や専門組織での役職は通常、優れた業績を残した人に与えられます。専門分野の科学アカデミーや学会の会長への就任は、同業者から高く評価されていることの証です。これらの役職は通常、信任投票によって決められるからです。選考委員という立場も、学術界の要職者の選任、助成金の授与、学術団体の特別会員の選考に関わるという意味で、重要です。また、メンターや指導教官として多くの博士課程の学生の指導にあたることも、成功の1つの印です。
- 政府機関の顧問(財務省の経済顧問、科学技術庁の科学顧問、文部科学省の教育政策顧問など)という立場は、あなたの業績を学術界の外にまで広く知らしめるものであり、成功の明らかな印です。
成功の分かりにくい印
選んだ分野で研究を続け、特定の専門知識を習得するうちに、その知識が学術界以外でも求められるようになるケースがあります。そのような需要も成功の印と言えるでしょう。
- 専門家証人として証言を求められるということは、あなたの専門知識が認められ、それが司法のプロセスにおいて重要視されるということです。この場合、あなたの示す証拠 (例 DNA鑑定、物質の同定など)が、ある人の運命を左右することになります。
- 同業者や若手研究者の相談に乗ることは、相手のキャリア形成のために、あなたの専門知識を有効活用するということです。公式な業績にはなりませんが、大きな充足感が得られ、バートランド・ラッセルが示すような幸福感が得られるでしょう。
- 企業や産業界からの招請も成功の1つの印であり、相談料やロイヤリティなどの尺度で測定することが可能です。ただし、特許については厳密には学術的業績とは見なされません。
成功と影響度の定量化
この記事で紹介したさまざまな成功の印は、学術界での成功度を判断するための昔ながらの尺度です。しかし、時代が変わり、財布のひもが厳しくなるにつれて、説明責任を求める声が高まり、学術的な成功を定量化する必要性が生じています。例えば、インパクトあるCVへの需要 (Andrews 2022)、Altmetricスコア <https://www.altmetric.com/audience/researchers/>、獲得した助成金額、自らの指導下で授与された博士号数などが、学術界での成功を測定する指標として使用されている現状があります。これがあるべき状況なのか、それとも私がかつて主張したように (Joshi 2014)、成功度を測定するためのより科学的な手段を研究者自身が考案すべきなのかは、また別の問題でしょう。
参考資料
- Andrews K. 2022. Why I wrote an impact CV. Nature Careers, doi: https://doi.org/10.1038/d41586-022-00300-6
- Joshi Y. 2014. Evaluating scientists scientifically [guest editorial]. Current Science 107: 1363–1364
- Russell B. 1930. The Conquest of Happiness. London: George Allen & Unwin. 252 pp.
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