学術界が模索する新たな査読の形
投稿論文とジャーナルの数が増えるにつれ、必要な査読者数と査読依頼を引き受ける査読者数にギャップが生じるようになっています。研究者の多くは時間に追われ、自分の論文出版と資金調達で手一杯なため、査読を引き受けられないケースが増えています。その結果、少数の研究者に査読が集中し、出版までの待機時間がさらに伸びるという状況が生まれています。
一方、査読者に期待されるものはジャーナル、分野、地域によって異なり、学術出版環境の変化によっても異なる場合があります。これらのことが査読システムにさらなる負荷をかけ、出版論文の質と公正性を維持するための査読の有効性にも疑問が投げかけられています。
さまざまな問題はあるにせよ、査読が学術界において不可欠であることは否定できません。なんらかの形での品質保証は学問の仕組みにおける重要な歯車であるため、学術界は品質保証のための新しいモデルを積極的に採用しています。このような動きは、査読プロセスにおける希望と変化の兆しだと言えるでしょう。
新たな査読モデル
論文の発表形態は変化し続けています。紙媒体で購読ベースの従来型ジャーナルの時代から、現在はデジタル出版とオープンアクセス(OA)の時代に移行しています。COVID-19のパンデミックや気候変動といった世界的危機に直面する中で、オープンサイエンスとオープンデータへの移行にはさらに拍車がかかっています。
そのような変化の中にあって、査読モデルも元のままではいられません。たとえば、パンデミックに際し、ジャーナルはCOVID-19関連コンテンツの査読と出版を早めるためにファストトラックシステムを採用しました1。PLOSやeLifeなどの学術出版組織は、COVID-19関連研究の査読の効率を最大化するためにRapid Reviewer Initiative を立ち上げました。このような取り組みは前例がなく、「学術出版関係者たちが協力し合い、学術コミュニケーションシステムのパフォーマンスに関する有用な知見を結集させた珍しい瞬間」でした2。また、プレプリントもオープンで効果的な査読の機会となっています。移り変わる多様なニーズと期待に応えようと、ここ数年で査読の新しいモデルやアイデアが次々に現れています。その中からいくつか具体的な例を見てみましょう。
公開査読(Open peer review)
公開査読(open peer review)は、査読と出版の判断における透明性をより高めることを目的としています。明確な定義はありませんが、一般的には、査読プロセスが出版の前または後に公になる査読モデルを指します。このモデルには次のような特徴があります。
- アイデンティティがオープン: 誰が査読を行なったのかが分かる
- レポートがオープン: 査読レポートが公開される
- 参加がオープン: 誰でも論文の精査と評価を行える
多様な形の公開査読モデルが、さまざまなジャーナルやプラットフォームで採用されています。The EMBO Journal誌では、編集者が判定を下す前に査読者間で連絡を取り合い、互いのコメントに指摘をすることが可能です。Frontiers誌では、著者、査読者、担当編集者でやり取りをするプロセスを取り入れて、迅速に合意に達することができるようにしています3。
査読レポートを公にするということは、査読プロセス自体の評価を行えるということです。オープンな査読レポートは、査読者の貢献を認めることにもつながります(記事後半を参照)。
公開査読の長所
- 匿名での査読で起こり得る説明責任の欠如や非倫理的な査読慣行などの問題に対処できる
- 誰が査読を行なっているのかを公開することで、査読者により注意深く建設的な評価が促される
公開査読の短所
- 現状ではオープン査読の定義が定まっていない
- 場合によっては(若手研究者がベテラン研究者の原稿を査読する場合など)批判的なフィードバックを行いにくい
出版後査読(Post-publication peer review)
査読を行う前に論文が出版されることを、出版後査読と呼びます。このモデル でも透明性を高めることが期待できます。また、論文出版後に誰でも論文を評価できるようにすることで、期限の制約なしに精査することが可能になります。
このモデルは、編集者宛レター、ブログ投稿、ソーシャルメディア投稿など、さまざまな方法で行うことができます。このモデルを早くから取り入れているeLife誌の編集長Michael Eisenとその同僚によると、同誌は「印刷機の時代に開発された従来の『査読してから公開する』モデルを、インターネットの時代に合わせて『公開してから査読する』モデルに置き換えようとしている」ということです4。
Twitterによるレビューも、出版後査読の一種と見なすことができます。最近では、多くの研究者がTwitterなどのソーシャルメディアに毎日一定の時間を費やしています。Twitter上では多くの研究者が論文を精査して、その限界や強み、結論を平易な言葉で分析し、ときにはユーモアや皮肉を交えたコメントを発信しています。Twitterのスレッドは、複雑な概念や現象を説明する手段になりつつあります。スレッド機能を使えば、280字の制限を気にする必要もありません。
もちろん、Twitterは査読の正式な形とはいえませんが、重要な問題に注目を集め、大事なメッセージを広める手段として活用できます。
出版後査読はさまざまな形で学術出版界に残り続け、より重要度の高い新たな形に多様化していくかもしれません。
出版後査読の長所
- 迅速な出版が可能になる
- 研究者と読者の間の議論を活性化できる
- 従来の方法では難しい場合も、Twitterを使うことで論文に注目を集めやすくなる
出版後査読の短所
- 査読なしで出版すると、質の低い研究が蔓延する可能性がある
- Twitterでのレビューは、一般の人によって誤解される可能性がある
- Twitterでのレビューのトーンによっては、攻撃的になる場合がある
結果を伏せて行うレビュー(Results-masked review)
興味深い新しい査読モデルとして、「結果を伏せて行うレビュー」(results-masked reviewまたはresults-blind review)があります。このモデルでは、結果ではなくリサーチクエスチョンと方法に基づいて論文を評価します。具体的には、結果、考察、結論を伏せた原稿を査読者に送り、この段階で問題のなかった場合のみ、次の段階に進んで完全な原稿の査読を行います5。
結果を伏せて行うレビューの長所
- 肯定的な結果のみを好む出版バイアスの回避に有効
- 方法論の厳密さを重視することができる
結果を伏せて行うレビューの短所
- 採用しているところが少ない
- レビュー論文など、実験のセクションがない論文には適さない
査読におけるその他の最新動向
査読者へのインセンティブ
学術界関係者は、査読レポートを学術的成果物として認める必要性を感じ始めています。たとえば、プラットフォーム「ScienceOpen」ではすべての査読を公開してDOIを付与し、引用できるようにして、査読プロセスへの認知を促しています。査読歴を経歴書に記載することもできます6。
Reviewer Credits や Publons(現在は Web of Science の一部)の取り組みでは、査読者としての活動に対するインセンティブとして、特典や査読者「クレジット」(非OA誌のコンテンツへのアクセス等)を贈っています。
査読における多様性と包摂性
バイアスを回避し、発展を促し、科学的厳密性を高めるには、多様な背景を持つ個人による査読が欠かせません。ジャーナルは、編集委員や査読者における多様性・公平性・包摂性の重要性への認識をますます高めており、性別、地理的背景、キャリアステージの異なる研究者を積極的に参加させるよう努めています。学術出版社は現在、査読における多様性・公平性・包摂性を改善する方法の開発と実践に取り組んでいます。このような取り組みは、科学の多様化と改善にきわめて重要です7。
人工知能が支援する査読
人工知能(AI)を使った言語チェック、剽窃検知、コンプライアンスチェックのためのツールは、著者も出版社も利用しています。査読でもAIを活用できる余地があるはずです。AI技術を活用して査読者を選ぶことや、原稿の結論を要約して査読者の負担を軽減することも考えられるでしょう。査読でAI を活用すれば、査読前のスクリーニングや査読プロセスの一部の簡素化や半自動化も可能かもしれません8。
今後を見据えて
1665年にPhilosophical Transactions誌で科学論文の出版が開始されて以来、査読は長い道のりを歩んできました。査読の柔軟性は、今回のパンデミック中における学術コンテンツの処理で実証されました。このことは、査読プロセスがいかに幅広く柔軟に変わり得るかということを示しています。査読におけるイノベーションはいずれも、従来のシステムの限界と問題点を払拭する可能性を秘めています。例外ではなく標準的な方法として定着するような、より迅速で透明性の高い評価方法の登場を楽しみに待ちたいと思います。
参考資料
1. Horbach, S. How the pandemic changed editorial peer review – and why we should wonder whether that’s desirable. LSE Impact Blog. (2021). https://blogs.lse.ac.uk/impactofsocialsciences/2021/02/10/how-the-pandemic-changed-editorial-peer-review-and-why-we-should-wonder-whether-thats-desirable/
2. PLOS Blog. Study finds COVID-19 research freely accessible, but research data sharing and preprinting are low. (2021). https://theplosblog.plos.org/2021/12/rori-covid-19-research/
3. Ross-Hellauer, T. What is open peer review? A systematic review What is open peer review? A systematic review [version 2; peer review: 4 approved]. F1000Research 6, 588 (2017). https://doi.org/10.12688/f1000research.11369.2
4. Eisen, M.E., Akhmanova, A., Behrens, T.E., Harper, D.M., Weigel, D., Zaidi, M. Peer Review: Implementing a “publish, then review” model of publishing eLife 9, e64910 (2020). https://doi.org/10.7554/eLife.64910
5. Elsevier (2017). Results masked review: peer review without publication bias. Elsevier Connect. https://www.elsevier.com/connect/reviewers-update/results-masked-review-peer-review-without-publication-bias
6. Review on ScienceOpen. About ScienceOpen https://about.scienceopen.com/peer-review-guidelines/ (2020).
7. Dewidar, O., Elmestekawy, N., Welch, V. Improving equity, diversity, and inclusion in academia. Res Integr Peer Rev 7, 4 (2022). https://doi.org/10.1186/s41073-022-00123-z
8. Checco, A., Bracciale, L., Loreti, P. et al. AI-assisted peer review. Humanit Soc Sci Commun 8, 25 (2021). https://doi.org/10.1057/s41599-020-00703-8
コメントを見る