先が見えない?答えのない疑問だらけ?科学者の世界へようこそ
[注:この記事は、ニューサウスウェールズ大学医学研究科のダレン・サンダース(Darren Saunders)准教授が執筆してThe Conversationに掲載されたものを、許可を得てここに再掲載したものです。]
私たちはある日突然、快適な居場所を奪われました。親しんでいた日常のリズムは、先の見えない大きな不安に置き換えられてしまいました。
答えのない疑問があふれ、専門家たちはさまざまな意見を主張し、これまでのやり方が通用しないという残酷な現実が浮き彫りになっています。白黒がはっきりした安楽な世界は存在せず、灰色の領域が際限なく広がるばかりです。
このような状況に、心当たりはありませんか?
そう、これは、科学者が普段から向き合っている状況なのです。
不確かさと共に生きる術を学ぼう
博士課程に在籍中だった頃、ある日の通学中の車の中で、不確かさという不安に襲われたとき、私はほとんど打ちのめされそうな気分になりました。
この感情は、生物化学と分子生物学の謎(=生命という機械の中にいる幽霊)という深みにはまり込んだ結果によるものでしょう。それは耐えがたく、穏やかではいられない心持ちなのです。
しかし私は、その不確かさに身を任せる術を学びました。飲み込まれた波に抗っても、疲弊するばかりか、事態は悪化するだけです。私は、波間をしばらく泳いでいる間に、浮き上がる術を学んだのです。
ときには、波を打ち砕くこともできました。
これは、今私たちを取り巻いている、ウイルスによる悪夢を乗り越えるための1つの道になるのではないでしょうか。私たちは皆、次から次へと更新される情報やアドバイスと向き合っています。朝8時には正しかった情報が、その日の18時には間違いになっていることもあります。
科学者の役割
科学者には今、新型ウイルスについて解明し、ワクチンや治療薬を懸命に開発することを越えた役割があるのではないでしょうか。私たち科学者は、「未知」という大海を泳ぐことに慣れており、「それはまだ分かりません」とか、「それは良い質問です」と言っても良いのだということを知っています。
科学者たちは今こそ、自らの行動やコミュニケーションによって、この状況に対処するための手本を示すときです。不確かなものや、変わりゆく情報に向き合いながら、適切に対応する方法を示すときです。
そのために、まずは共感することから始めましょう。私たちは、人々が不安と恐怖を抱えていることを受け止めなければなりません。人々が欲しているのは、確かなデータに基づいた、明確な情報やアドバイスです。求められているのは、上から目線のレクチャーではありません。科学者は、伝えた情報がすぐに変わってしまうかもしれないこと、そして、情報が若干異なる形で別の人に伝わる可能性があることを認識しておかなければなりません。
不確かさと一般市民へのメッセージ
私たちの社会は、公共・政治・ビジネスにおける疑念や不確かさに、もっと慣れる必要があるでしょう。
そのことをよく考慮した上でメッセージを出すのであれば、問題ないと思います。私たちは、ある問題について政治家が特定の立場をとることに慣れています。しかし、状況が流動的でダイナミックに動くときは、それが機能しないことが、新型コロナウイルスによる危機によって示されました。
私は科学者なので、そのような不確かさに慣れているだけかもしれません。政治家は、もちろん責任を問われるべきです。ただ、その立場が、エビデンスと共に真実に則って変化する余地も必要でしょう。
私たちは変われる
人々が急に消毒や手洗いをし始める姿を見て、研究室に入った当時を思い出しました。
細菌の混入を避けながらヒト細胞を培養する方法を学ぶことや、自分を奮い立たせることは、簡単ではありません。
「触っちゃダメ!」
「違う、そうじゃない!」
「なぜそんなことを?」
「違う、こうやって持つの!」
なかなか直感で分かることではありません。体が覚えるまでは、心の底から集中しなければなりません。染みついた習慣や筋肉の記憶(マッスルメモリー)は、一度消去して上書きする必要があります。これはとても難しく、苛立たしい作業です。
今、世界中の人々がこのような体験をしていることでしょう。しかし、そこから得られるものは非常に大きいはずです。
私たちは学び、変わることができます。かつては難しく不自然だった行動が、自然にできるようになります。手洗いや咳エチケットといった行動が、社会全体として急速に根付いてきています。不確かさとの付き合い方も、きっと変えて行けるでしょう。
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