植物の強力な再生能力の秘密を解明 ―「備えあれば憂いなし」、受傷の前に再生準備を整える新しいメカニズムを発見―

植物の強力な再生能力の秘密を解明 ―「備えあれば憂いなし」、受傷の前に再生準備を整える新しいメカニズムを発見―

【研究の要旨】

  • 動物と比べて強力な、植物の再生能力の秘密が明らかになりました。
  • 再生能力を支える酵素
    LDL3は、再生に必要となる遺伝子を、ONになる直前の状態で待機させていました。
  • 遺伝子が待機状態に置かれることで、植物は再生が必要となる事態に備え、またいざというときには素早い再生を果たせることがわかりました。
  • 本研究の成果は、英国の科学雑誌『Nature Communications』に416日(日本時間)に掲載されます。

 

東京理科大学理工学部応用生物学科の松永幸大教授らの研究グループは、米国カリフォルニア工科大学のエリオット・マイロビッツ教授らの研究グループと共同で、植物の再生能力を支える新たなメカニズムを発見しました。

 

植物には、葉や枝などが折れても再生する能力があります。何千年も生きる種や、接ぎ木や挿し木で茎の一部から元の木と同じ大きさまで育てることができる種が少なくないのも、植物が持つ強力な再生能力のおかげです。しかし何故、植物はこのような、動物よりもずっと強力な再生能力を発揮することができるのでしょうか。その秘密はこれまで不明のままでした。

松永教授らのグループは、アブラナ科の一年草シロイヌナズナの持つ酵素LDL3(ヒストン脱メチル化酵素)が植物の再生に重要な役割を果たしていることを今回新たに見つけました。LDL3は、動物にがんを引き起こす酵素として知られるLSD1と同じ活性(酵素のはたらきや、効果の強さ)を持っており、シロイヌナズナからこの酵素をなくすと、葉や茎が再生しなくなりました。

 

植物の再生について、これまでの常識では、組織の切断や植物ホルモンの投与など、再生を促す刺激が与えられた場合に酵素活性が上昇し、再生に必要な遺伝子群がONになると考えられてきました。しかし驚くべきことに、LDL3は、再生の刺激が与えられる前から活性が高い状態にありました。シロイヌナズナは全部で26,000個の遺伝子を持ちますが、そのうち再生に必要な約3,000個が、LDL3のはたらきにより、ONになる直前での状態で待機していました。遺伝子を待機状態にさせ、将来の再生に備えるLDL3の酵素活性が、植物の強力な再生能力の秘密だったのです。再生の刺激が来たときには、待機状態の遺伝子群が一気にONになり、ごく短時間で再生を果たすことができます。まさに「備えあれば憂いなし」、気候変動や捕食から瞬時に逃れることのできない植物ならではの、再生のための準備能力であると言えます。

 

シロイヌナズナ以外の作物や野菜、園芸植物、樹木なども、LDL3と類似の酵素を持つことは既に確かめられています。LDL3の研究をほかの植物の研究にも活かすことで、天候の変動や環境からの刺激に備える植物の能力の実態が明らかになり、食料の増産や園芸技術の向上に貢献できると期待されます。また、動物細胞にも酵素を導入することで、動物の再生能力の増強の研究にも貢献できると考えられます。

 

【研究の背景】

 鹿児島県屋久島に生育し、樹齢数千年と言われる縄文杉。この長寿を支えているのは、風雨で枝が折れても再生を繰り返すことができる、植物特有の高い再生能力です。園芸や農業では、ある植物の根に別の植物の茎を繋いで一個体として育てる接ぎ木や、茎や葉を直接土に植える挿し木もよく行われており、庭木や街路樹を剪定しても、すぐに葉や茎が出てくることもよく知られています。これらもすべて、植物の強靭な再生能力のおかげです。しかし、植物の再生能力のメカニズムは長年、不明なままでした。

 

【研究成果の詳細】

多細胞生物は、全てひとつの受精卵から始まります。受精卵はその成長と共に細胞分裂して、動物であれば脳や心臓といった臓器、植物であれば根・花・茎・葉など、それぞれの組織に合った形と機能を持った細胞が作られていきます。ひとつの受精卵が複数種類の細胞に分かれていく過程を「分化」と呼んでいます。

 植物の組織は傷ついたり、植物ホルモンによる刺激を受けると、それぞれの細胞が持つ形や機能といった情報を失って(脱分化)、特定の機能を持たない未分化の細胞の塊「カルス」を作ります。このカルスに適切な植物ホルモンを与えて刺激してやると、細胞は再び分化(再分化)して、根や茎、葉などの組織を作ります。しかし、カルスの段階では、細胞は未分化なので将来どのような組織に分化するのかはわかりません。したがって、遺伝子レベルでは、カルスでは再生の刺激があって初めて酵素が働いて、再生のための遺伝子群のスイッチがON(遺伝子発現がON)になり、再分化が開始されると考えられてきました。

 今回、研究グループは、シロイヌナズナの根からカルスを作成して、再生の刺激となる植物ホルモンによって葉や茎を作る実験系を構築しました。遺伝子の機能をひとつずつ欠損させたシロイヌナズナのカルスを作成して、植物ホルモンを与えても葉や茎が再生しないカルスを探しました。その結果、葉や茎が全くできないカルスを見つけました。このカルスで欠損していたのが、LDL3酵素をつくる遺伝子でした。LDL3は、動物ではがんの引き金となる酵素LSD1と同じ活性を持っています。この酵素が、遺伝子と結合するタンパク質の化学修飾(遺伝子やタンパク質の特定の部分を化学的に変化させ、活性や反応性を変えること)を除去することで、遺伝子を発現直前の待機状態に置くことができます。

 植物の再生に関するこれまでの常識では、LDL3は再生の刺激が来てから活性化すると考えられてきました。しかし驚いたことに、LDL3は植物ホルモンなどの刺激が来る前から、カルスの中で働いており、葉や茎を作る約3000個もの遺伝子群をあらかじめ待機状態にしていることがわかりました。LDL3はカルスの中で、シロイヌナズナの全遺伝子26,000個の中から、葉や茎をつくる遺伝子群3,000個だけを選び出し、その遺伝子群だけを待機状態にする酵素でした。

 遺伝子を待機状態にすることを、「遺伝子プライミング」と呼びます。この遺伝子プライミングにより、植物はいつ再生の刺激が来ても、直ちに茎や葉を再生させる遺伝子群をONにできることがわかりました。これが植物の強力な再生能力の秘密です。動物は捕食者が来れば逃げれば良いし、環境変動が起こっても移住できますが、植物はそうはいきません。植物は瞬時に動くことができにあい代わりに、捕食者に食べられて傷ついても、風雨で枝が折れても、すぐに再生できるメカニズムとして遺伝子プライミングを備えていたのです。

 シロイヌナズナ以外の作物・野菜・樹木・園芸植物なども、LDL3と類似の酵素を作る遺伝子を持っているため、今回発見した再生における遺伝子プライミング現象は、他の植物でも同様にみられるものと考えられます。遺伝子プライミングを更に強力にすれば、再生しにくい植物の再生能力を高めることができます。さらには、動物もLDL3と同様の活性を持つLSD1を持っており、こちらはがんの引き金となる酵素として知られています。動物のLDS1の活性を操作したり、植物のLDL3を動物細胞に導入することで、動物の再生能力を高める技術の開発も期待できます。

 

  • 本研究は、東京理科大学において、文部科学省・新学術領域・科学研究費「植物の成長可塑性を支える環境認識と記憶の自律分散型統御システム」の助成を受けて実施しました。

 

【論文情報】

雑誌名:Nature Communications2019416日、日本時間18時掲載)

論文タイトル:Primed histone demethylation regulates shoot regenerative competency

著者:Hiroya Ishihara, Kaoru Sugimoto, Paul T. Tarr, Haruka Temman, Satoshi Kadokura, Yayoi Inui, Takuya Sakamoto, Taku Sasaki, Mitsuhiro Aida1, Takamasa Suzuki, Soichi Inagaki, Kengo Morohashi, Motoaki Seki, Tetsuji Kakutani, Elliot M. Meyerowitz and Sachihiro Matsunaga

DOI10.1038/s41467-019-09386-5

 

【本プレスリリースに関するお問合せ先】

 

■ 学校法人東京理科大学 広報部

   清水 勉(Shimizu Tsutomu

 

162-8601 東京都新宿区神楽坂1丁目3番地

 Tel:03-5228-7413 内線 1310Fax:03-5228-7414

 E-mail:shimizu@admin.tus.ac.jp

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