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学術出版は非倫理的行為の餌食となっているのか?
世界中の出版社や政府・学会は、根強い不正行為問題に直面しています。科学出版物の数は増加していますが、「出版しなければ消え去るのみ」(‘Publish or perish’)という文化的圧力により、出版のための不正行為に走る研究者もいます。これが大きな問題であることは、不正査読の数や出版撤回数の増加からも明らかです。著者の不正行為は、最も権威ある査読付き学術誌にまで広がっています。
出版という目的のために、著者はどんなことに手を出してしまうのでしょうか?チャールズ・セフィエ(Charles Sefie)氏の記事、「売り出し中:権威ある学術誌にあなたの名前を」”For Sale: “Your Name Here” in a Prestigious Science Journal” により、主に中国での非倫理的出版行為の横行について、世間の関心が集まりました。同記事では、学術出版の気になる傾向として、以下のような状況が述べられています。
疑わしい文言の繰り返しや不規則性が見られる
セフィエ氏の調べによると、学術誌 “Diagnostic Pathology” 2014年5月号に掲載された14論文のうち6論文で、出版済みの論文から直接コピーされた文言がそのまま使われていたということです。例えば、中国人著者によって書かれたある論文には、以下のような一節がありました。
“However, it is necessary to conduct large sample studies using standardized unbiased genotyping methods, homogeneous gastric cancer patients and well-matched controls. Such studies taking these factors into account may eventually lead to our better, comprehensive understanding of the association between the XPCpolymorphisms and gastric cancer risk.”
この一節は、何年か前にEuropean Journal of Human Genetics
に出版された以下の部分と不自然に似ています。中国人著者らは、文章の基礎を残したまま、自分たちの研究に関連した情報を置き換えたのです。“However, it is necessary to conduct large trials using standardized unbiased methods, homogeneous PCA patients and well-matched controls, with the assessors blinded to the data. Such studies taking these factors into account may eventually lead to our better, comprehensive understanding of the association between the CDH1−160 C/A polymorphism and PCA risk.”(
更なる調査で、他の複数の研究グループによる論文数十本にも、同じくぎこちなさを残した"lead to our better, comprehensive understanding"という表現が使われ、出版されていることが分かりました。興味深いのは、ぎこちない文章がコピーされているだけでなく、“Begger’s funnel plot”(正しくはBegg’s funnel plot)などと間違えられたまま、やみくもに単語がコピーされたままになっている論文もあったということです。これらの事例の著者は、全員が中国人でした。驚くべきことに、当の学術誌の編集者たちは、これらの不審な点に気づきませんでした。これは、剽窃よりも根深い問題を示すものかもしれません。
研究テーマや著者資格(オーサーシップ)を売って儲けを得る企業
セフィエ氏は、学術出版の暗部を暴こうとするうちに、MedChinaなどの多くのオンラインサービスで科学研究の「テーマの販売」が行われており、出版を急ぐ著者に対して、学術誌に「論文転送」をする契約を交わしていることに気づきました。これはごく最近のスキャンダルである、中国の学術闇市場の発見を思い起こさせるものです。また、査読付き学術誌にほぼ受理された状態の論文の著者資格(オーサーシップ)も販売されていましたが、その料金は、投稿予定の学術誌のインパクトファクターや、論文が実験に基づくものであるか否か、あるいはメタ分析を扱ったものか否かによって異なっていました。例えば、セフィエ氏に対し、ある蛋白と甲状腺乳頭(状)癌の関連性を結論づけた論文について、インパクトファクター3.353の学術誌から出版予定となっている論文の著者資格を1万5000ドルで提供するとの申し出があったと言います。ここで疑問となるのは、これらの論文の著者は誰なのか、ということです。ゴースト著者の可能性もあり、論文の信頼性には疑問が持たれます。
疑惑を持たれる論文の多くは中国政府の資金提供を受けている
Scientific American誌の調査で疑惑があるとされた100本の論文のうち、24本は政府助成機関である国家自然科学基金委員会(National Natural Science Foundation of China、NSFC)による資金助成を受けていたことがわかりました。その他に疑惑をもたれている数本の論文も、他の政府機関から資金援助を受けていたことが分かっています。中国は科学研究と出版において、グローバル・リーダーになりつつありますが、研究管理と出版倫理に関しては、基本的なレベルで各種の問題に直面しています。この問題に鑑み、中国政府は研究システムの改革に乗り出しています。
こちらの記事では、学術誌が剽窃の跡を辿って、効果的な査読を行うこと、また著者の抱える問題や視点を理解する必要性について、重要な問題が提起されています。
論文の不審箇所を発見するために学術誌がすべきこととは
学術誌は、論文に剽窃がないかどうか、剽窃検知ソフトを用いてチェックします。しかし、そのようなチェックを行なっても、必ずしも全ての論文の不備を検知することはできません。セフィエ氏が指摘するように、「不審な論文を検知するのは容易ではなく、どの研究論文も個別にみれば不正があるようには見えないものです」。剽窃検知ソフトだけに頼るわけにもいかないため、論文の独自性を確認するために、「類似点チェック」に着手する査読付き学術誌も出てきました。こうしたチェック機能とは別に、査読者や学術誌編集者も、原稿の不審なパターンに絶えず警戒する必要があります。
文言のコピーがあれば、必ず剽窃や不正な査読を疑うべきか
文言や間違った単語がコピーされていても、必ずしも論文の不正や剽窃の証になるとは限らないでしょうか?英語を母語としない研究者が英文学術誌からの出版を望む場合、剽窃という意識はなくても、より適切に表現しようと思って出版済み論文の言い回しをコピーすることもあるだろう、という意見もあります。英語表現が適切であれば、論文が受理されるだろうと考えるからです。このため、言い回しがコピーであっても、それが必ずしも悪質な科学を表すわけではないという見方があります。ただ、そのような論文が何の疑いもかけられないまま査読を通ってしまうようでは、査読システムに疑念が持たれます。編集者は、コピーされた文章が入っている論文には特に注意を払い、研究アイデアもコピーされたものか、それとも文章がコピーされただけなのか、判断する必要があります。
なぜ著者は不正行為に惹かれてしまうのか
研究者はインパクトファクターの高い学術誌からの迅速な出版を望んでいます。著名な学術誌から出版すれば、助成金や、テニュアのある職位の獲得に有利となるからです。著者が非倫理的な行為に走るのは、出版しなければというプレッシャーがかかったり、金銭が絡んだりするためです。ノーベル賞受賞者であるアメリカ人細胞生物学者ランディ・シェクマン博士はある記事で、「インパクトファクターが高く、掲載拒否率も高い”豪華な学術誌”は、重要な科学研究を推奨することよりも、ブランド力を高めて販売部数を伸ばすことに邁進している」と述べています。つまり、研究者はインパクトファクターに振り回されて投稿する学術誌の選択肢を狭めるべきではない、インパクトファクターの高い学術誌から出版することより、良質な科学論文を発表することが重要である、という考え方です。
国際共同研究の増加によって、学術研究や出版は活発化し、研究成果の発表数も増え、科学の進歩は興隆を極めています。しかし、出版倫理に対する尊重の欠如が懸念されます。全ての機関、政府、学会がこの問題を取り上げ、信頼性の高い良質な研究が倫理的に正しく出版される文化の創生に、努力すべきでしょう。
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