データの秘匿は研究不正とみなすべきか?
私が少しだけ先を見ることができたとしたら、それは巨人の肩の上に立っていたからです。-アイザック・ニュートン
科学の進歩の根幹には、知識の共有があります。学術論文の共有は、オープンアクセス運動を通じて広がりをみせましたが、データの共有となると話は別です。データの共有は科学の理想であるという点にはほとんどの研究者が合意するものの、データを公開することに関しては、研究者たちは概して懐疑的になるようです。この傾向は、先を越されることへの恐れ、倫理的な懸念、データ共有ツールに関する知識の欠如など、様々な理由によるものです。データを伏せておくことは、色々な意味で科学の進歩を妨げることから、これは科学的不正の1つとみるべきなのでしょうか? この示唆に富む問いは、LSE Impactに掲載されたブログ記事でニコル・ジャンズ(Nicole Janz)氏が提起したものです。
科学的不正の定義とは何でしょうか。米国研究公正局(Office of Research Integrity, ORI)によると、研究不正とは「研究を提案、実行、レビュー、報告する際の偽造、改ざん、剽窃」です。この研究不正の定義は広く受け入れられており、研究を実施してそれを伝達するときに研究者が行なってしまう非倫理的な行為の極端な状況が網羅されています。しかしデータの共有は研究不正の定義に含まれていないため、データの秘匿が不正行為にあたるのかどうかは判然としません。
データの非共有による問題は数多く、広範囲に渡ります。ある研究によると、データの秘匿によって、分野の発展が遅れ、研究者自身の研究の進展にマイナスの影響があり、結果の再現が困難になり、学生やポスドク研究者を教育する能力が制限されることなどが挙げられています。
研究者は、ジャーナルに論文を投稿する際に補足データを一緒に提出することが義務付けられていれば、データを強制的に共有させられます。しかし、研究仲間とデータを共有することに対しては消極的です。法的あるいは道徳的な制限があるためにデータを共有できない場合もあります。しかし、そのような制限がない場合でも、研究者たちはデータを手放すことに乗り気ではありません。この現象は、クローチック(Krawczyk)氏とルーベン(Reuben)氏による研究論文、「要請に応じて提供(不)可能:補足材料を積極的に共有しようとする研究者の意向に関する現場実験」((Un)available upon request: field experiment on researchers' willingness to share supplementary materials
)で明らかにされています。両氏は、経済学ジャーナルに掲載された論文に「要請に応じてデータを提供します」と記していた著者200名にデータを要請しました。しかし、データを提供したのはたったの44%でした。このように適切な理由もなくデータを秘匿する著者の行為は、報告された研究結果に疑念を抱かせることになりかねません。研究者が個人的理由でデータの共有を拒否する場合、その研究者は、専門家としての水準を満たしているとは言えません。研究機関は、これを規則違反とみなしているのでしょうか? ジャンズ氏は、国立衛生研究所(National Institutes of Health)のウェブサイトには、「研究界で受け入れられている行動から著しくかけ離れている」行為は不正であるとみなす、と書かれていることを指摘しています。同様に、英国の研究公正を支援するための協約(Concordat to support research integrity)では、「研究の公正さを確保するために必要な倫理、研究、学問の基準に達しない行為や行動」を不正としています。しかしこれらの定義は、データの秘匿が不正であるとは断言していません。ワシントン大学医学校(セントルイス)の遺伝学部およびゲノム科学とシステム生物学センター(Department of Genetics and the Center for Genome Sciences and Systems Biology at the Washington University School of Medicine, St. Louis)のシステム生物学者マイケル・ホワイト(Michael White)氏は、いみじくも次のように指摘しています。「科学における共有の倫理は曖昧で、ジャーナルや資金提供機関は、いつ何を共有するかという詳細のほとんどを、科学者個人に委ねている」。
データを共有することによる恩恵は計り知れません。このため、研究助成機関、研究機関、そしてジャーナルがデータ共有の方針について合意し、「データの秘匿」という専門家らしからぬ行為には研究不正の兆候が潜んでいるとみるべきでしょう。
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