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頭脳逆流:中国人研究者が中国に戻る理由とは
近年、中国の経済や科学技術は空前の発展を遂げており、世界中から注目を集めています。この新興超大国は、研究成果や研究投資の面で将来的に米国を凌駕すると考えられています。しかし、20世紀後半から21世紀初頭にかけての状況は、今とは大きく異なっていました。科学研究者としてのキャリアを開拓する機会が十分に与えられていなかった当時の中国の学生や研究者は、米国をはじめとする西洋諸国にその拠り所を求めました。結果として、より良いキャリアや豊富な研究費、先端的なリソースを求めた若く優秀な人材が大量に流出したのです。
しかし、そのような時代は過ぎ去り、現在の中国では逆転現象が起きています。中国は20年ほど前からイノベーションで世界をリードすることを目指しており、その成果は確実にあがっています。2017年にはGlobal Innovation Indexのイノベーション先進国ランキングで22位となり、上位25ヶ国の仲間入りを果たしました。2016年には発明による特許取得数で、1位の米国と2位の日本に次ぐ世界3位にランクされました。科学技術で世界をリードする国になるため、中国は科学研究への投資を着実に増やしてきました。国立科学技術評価センターとクラリベイト・アナリティクス社による共同レポートによると、中国は2006年時点でGDPの1.42%を研究開発費に当てていましたが、2016年にはその割合を2.1%まで増加させています。このような取り組みによって、中国は科学研究大国として成長を遂げたのです。
現在の中国には、中国育ちの研究者だけでなく、より良い機会を求めてかつて西洋諸国に旅立った研究者にも、多くのチャンスが転がっています。中国政府は数年前から、流出した頭脳を取り戻すことを目標に掲げています。2008年には、国の科学技術のさらなる発展のために、優秀な人材や若手研究者を母国に呼び戻すことを目指す、「Thousand Talents Program」という人材雇用プログラムを開始しました。先進諸国が科学研究費を削減する中、中国は研究予算プログラムや職業機会を豊富に提供することで、多くの研究者を惹き付けています。マサチューセッツ工科大学のポスドク、リンセン・リー(Linsen Li)氏は、このプログラムのもとで母国に帰ることを決断した1人です。米国では教職に就けずにいたリー氏にとって、このプログラムからのオファーは魅力的でした。現在は、6万5千ドルの給与と新居購入費や研究費の支給を受けながら、上海交通大学の教員を務めています。中国はこのプログラムによって、流出した人材の多くを取り戻すことに成功しています。
海外から中国に帰国した研究者の生活とはどのようなものでしょうか。豊富な職業機会と魅力的な賃金を提供することで、人材は確かに戻ってきています。しかし、マイナス面が存在するのも事実です。ペンシルベニア州立大学の神経生物学者、ゴン・チェン(Gong Chen)氏は、「帰国した研究者には、すぐに成果をあげ、高名なジャーナルで論文を出版しなければならないという大きなプレッシャーがかけられている」と指摘しています。Nature誌の記事では、中国には西洋の大学と同レベルの大学が一握りしかないと指摘されており、この事実を認識せずに帰国した中国人研究者は、科学的レベルが劣る環境に苦しむかもしれません。一部の大学では、国際誌での論文発表へのプレッシャーに起因する科学的不正行為が蔓延しており、このことも、帰国した研究者の生産性に影響を与える可能性があります。また、年功序列システムといった中国の政治的・社会的文化への順応も、西洋で長年暮らした研究者にとっては障壁となるかもしれません。
海外の中国人研究者を高給で雇用する方針にシフトした結果、中国学術界のシステムに、変化が見られ始めています。小規模ながらも、エリート研究者のコミュニティが形成されつつあり、その勢力は徐々に拡大しています。材料科学やコンピューター分野の研究者にもっとも高い賃金が支払われており、純粋科学を専門とする研究者は比較的少なめです。こうした高給取りの研究者たちの誕生によって、若手研究者および海外の学位や経験を持たない研究者と、海外帰国組の研究者との間に、大きな格差が生じています。中国人研究者の中には、両者の収入格差が若手研究者の人材流出につながり、コミュニティ内の争いに発展するかもしれないと考える人もいます。
中国の科学研究は世界に多大な影響を与えており、中国での研究生活に関心を示しているのは、中国人研究者に留まりません。これまで、研究者にもっとも人気が高い国は米国でした。しかし、トランプ政権の科学研究費の削減政策や特定諸国からの入国規制によって、有能な外国人研究者は他国からのオファーを受け入れ始めています。具体的には、フランス、カナダ、中国が、在米研究者の招聘に強い関心を示しており、その中でも高給と潤沢な研究費を提供できる中国が、もっとも魅力的な選択肢となっています。研究生活を送る国として中国が魅力的であるもう1つの理由は、入手困難なリソースや情報へのアクセス権を提供しているからです。パスツール研究所(パリ)を率いる結核研究者のブリジット・ジケル(Brigitte Gicquel)氏は、取引先の上海の研究所から、結核研究に用いる150万種の薬品へのアクセス権を提供されているため、毎年3ヶ月間は中国で研究活動を行なっています。
中国の科学技術は、この数十年で大きな飛躍を遂げました。自国の存在を示すために、また国際協力プロジェクトの一員になるために長い道のりを歩んできた中国は、今や世界最高の研究者たちを雇用できる立場にいます。ハーバード大学医学大学院でのポストを捨てて中国医学科学院血液学研究所(SKLEH、天津)所長に就任したタオ・チェン(Tao Cheng)氏は、「中国政府は、より高いレベルで国際的目標を達成するためのプロジェクトを開始し、世界を先導すべき」と述べています。「科学技術で世界をリードする」という中国の目標は、習近平国家主席が掲げる「中国の夢」思想にも色濃く反映されています。しかし、この大志を現実のものにするには、有能な人材を雇用するだけでは不十分でしょう。ニューヨークを拠点に活動するジャーナリスト、ニナ・ファン(Nina Huang)氏は、中国はまず「自国の学術機関が抱える体系的問題にメスを入れる必要がある」と指摘しています。中国は、科学技術研究で世界の中心に躍り出るために多大な労力を投入しています。改革が首尾よく進めば、その目標が達成される日も遠くはないかもしれません。
参考資料:
The U.S. is risking an academic brain drain
The rise of China’s millionaire research scientists
China concentrates on sci-tech innovation
Why China’s overseas academics are loath to return home
Foreign-born scientists find a home in China
China's 'Best And Brightest' leaving U.S. universities and returning home
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