研究不正と著者教育の必要性
研究不正にどう対処するかは、学術界が直面する中でももっとも困難な課題です。研究不正は科学の進歩を阻害し、研究機関や助成機関に多大なコストをかけ、さらに研究対象のヒトや動物に危険が及ぶ可能性もあるので、世間の注目を集めるのも当然のことと言えます。しかし、増加の一途をたどる研究不正への対処は、問題が複雑なだけに、難しいことです。研究不正には、故意の剽窃などの深刻な倫理違反から、自己剽窃など比較的軽微な非倫理的行為まで、様々な種類があり、すべての事例に同じルールを当てはめるのは困難です。深刻度の低い不正を行なった研究者が仕事を奪われ研究費をはく奪されるなどの厳しい処罰を受けるとなると、学術界にとって大きな損失となります。学術界はこの問題にどう対処すべきでしょうか。
規定違反や不正に関する調査を受けた研究者が研究の道に戻ることを助けることを目的として、研究者グループによるProfessionalism and Integrity Program (PIプログラム)が開発されました。2013年に開始されたこのプログラムでは、3日間の詳細なワークショップとその後のフォローアップ・セッションで、研究者が研究と出版における無数のコンプライアンス事項や倫理規定を理解し遵守していくことを支援しています。
プログラム創始者のジェームス・デュボア(James M. Dubois) 氏、ジョン・チブナル(John T. Chibnall)氏、レイモンド・テイト(Raymond Tait) 氏、ジロン・ヴァンダーウォル(Jillon Vander Wal) 氏は、同プログラムの開始後3年が経過し、24の研究機関等の研究者39名がトレーニングを終了した時点で、研究者が不正行為を行なった理由と、プログラムに参加した理由についての詳細を公表しました。これにより、研究不正にまつわる通説の真偽が一部明らかになりました。データによると、IPプログラムを紹介されるに至った理由の上位3つは、監督不行き届き(49%)、研究参加者の合意に関する違反(31%)、剽窃(21%)となっています。研究不正には汚名がつきまといますが、これについてはここ何年かの間に疑問が呈され、議論されてきました。故意による違反は、故意でない違反よりも少ないことが、PIプログラムのデータでも証明されています。ですから、研究者が規定のガイドラインをなぜ無視してしまったのか、その理由を深く掘り下げてみる必要があります。
研究者の過失の要因については、PIプログラムのデータからは次の3つ、すなわち、細部への注意不足、規定に関する知識不足、違反の深刻さに対する認識の欠如、が考えられます。研究者には、あらゆるコンプライアンス事項や規定を熟知することが求められますが、PIプログラムの創設者たちも述べているように、違反の背景には、未知の研究分野への参入や、他国での研究活動などがあります。創設者らは「悪い人だけが問題を起こすわけではない」と述べていますが、その通りです。すでに多くの業績を築いている研究者でさえ、所属するチーム全体では、必要なプロトコルのすべてを遵守するのに不可欠なコミュニケーションや交渉のスキルの重要性が認識されていないこともあります。創設者らは最後に、不正行為の増加の責任の一端は、論文数を研究者としての成功を測る究極の指標とみなす学術界のゆがんだ報酬システムにあるとも指摘しています。研究者はキャパシティを超えた数のプロジェクトに対応し、研究の1つ1つの細部に注意を払う時間が限られてしまっています。また、学部長らにも研究グループを指導する時間がなく、これも間違いや見過ごしの一因となっています。
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不正には軽蔑の目が向けられ、不正を行なった研究者は厳しい批判にさらされます。しかし、故意に行なったに違いないとか、不注意でガイドラインに違反したと決めつけるのは公正とはいえません。研究者の移動や国際協力、学際研究プロジェクトが増え、すべてのコンプライアンス事項やプロトコルについて把握することは困難になっているからです。PIプログラムは、研究者に自分の責任についてより明確に認識させ、コンプライアンス違反の深刻さについて、研究者の態度を変えさせることに成功しています。これは、間違った情報を与えられていた研究者も、手引きがあれば、認識を改めて学術界に再び戻ることができるという証です。したがって、研究者への教育は研究機関の最優先事項とされるべきであり、主任研究員(PI)や上級研究者は、他の研究者たちの指導監督に当たるという責任を負うべきでしょう。間違いのない、規定に準じた研究を行うことが、研究者の成功と科学の進歩につながるのです。
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