「これまでに約2000本の不正論文を見つけました」
学術論文や学術出版における不正と言うと、剽窃や二重出版が思い浮かびます。また、画像の複製や加工も、残念ながらよくある研究不正の1つです。今回のインタビューでは、出版論文の科学的公正性の確保と推進のために活動する科学コンサルタント、エリザベス・ビク(Dr. Elisabeth Bik)博士にお話を伺いました。ブログ「Microbiome Digest」の創設者である博士は、科学論文における不正な画像を精査するためのボランティア活動に専念する決断をしたことを発表しました。
『仕事を1年休職して、科学不正に関するボランティア活動に専念することにしました。科学界には、画像の不正加工や剽窃、結果のねつ造、ハゲタカ出版などを炙り出すための支援が必要とされています』
— Elisabeth Bik (@MicrobiomDigest) April 26, 2019
ビク博士は、コレラに関する研究で、Dutch National Institute for Healthで博士号を取得しました。聖アントニウス病院(ニーウェガイン、オランダ)で4年間の実務経験を積んだ後、米国に移住し、スタンフォード大学医学部でマイクロバイオームの研究に15年間従事しました。分野の最新情報を日常的にシェアすることを目的としたブログ「Microbiome Digest」は、2014年に起ち上げました。論文から不正画像を見つけ出すビク博士の取り組みは、幅広い支持を集めています。博士はほかにも、バイオテクノロジー企業のuBiome社(サンフランシスコ)で科学編集者および科学・編集部門のディレクターを、精密医療企業のAstarte Medical社では科学部門のディレクターを務めました。2019年にマイクロバイオームと研究公正を専門とするコンサルタントに転身し、科学論文の不正画像の検出に関する取り組みや、研究公正に関する講演活動を開始しました。論文出版や査読の経験も豊富で、学会や大学の招待講演、大学院生や研究助手への指導、分子分野の複数の研究室の起ち上げに携わるなど、幅広い活動を行なっています。
今回のインタビューでは、研究者から研究公正コンサルタントに転身した経緯のほか、不正画像の検出方法、テクノロジーが論文の公正性の確保に果たす役割などについて詳しくお聞きしました。また、論文から不正画像を一掃するために査読者やジャーナルができることについてもお聞きしました。
ブログ「Microbiome Digest」を起ち上げた経緯を教えて頂けますか?ブログで紹介する微生物学やマイクロバイオームに関する論文は、どのような基準で決めていますか?
「Microbiome Digest」のアイデアを思い付いたのは、2014年の5月です。当時の勤務先だったスタンフォード大学のデイビット・レルマン(David Relman)教授の研究室で、勤務を終えた後でした。その前の年から、PubMedで見つけた最新の論文を紹介するメールを、研究室の同僚宛てに毎週どころか毎日のように送っていました。当時、マイクロバイオーム研究は急速に成長していた分野だったので、読むべき最新論文のリストは日に日に長くなっていきました。そんな中、ある日の勤務終了後、同僚のトマー・アルトマン(Tomer Altman)から、「そのリストにはほかの研究室も興味があるかもしれないから、個人宛てのメールじゃなくて、ウェブサイトとして公開した方がいい」というアドバイスを受けたのです。そしてその夜、さっそく「Microbiome Digest.com」というドメインを入手し、ブログを起ち上げました。
2017年頃になると、ブログ運営に費やす時間がプライベートな時間を圧迫し始めていたので、手伝ってくれる人をTwitterで募集することにしました。そうして集まった素晴らしいチームは、現在も運営に携わってくれています。投稿は今でも毎日するようにしていて、さまざまな査読付きジャーナルに掲載された論文や、人気のある科学サイトの記事などを紹介しています。扱うテーマは、ヒト関連のマイクロバイオームから、土壌、植物、動物、あるいは構築環境のマイクロバイオームまで、多岐に渡ります。また、微生物学や、科学一般、学術一般に関する論文も紹介しています。
博士は最近、出版論文の不正画像やねつ造データを見つける活動に専念する決断をされました。どのような経緯で「データ警察」になる決意を固めたのでしょうか?
研究公正に関する取り組みを始めたのは、科学論文の剽窃に関する記事を読んだのがきっかけです。信頼性の高い論文の文章をGoogle Scholarで検索にかけ、複数の用語が重複していた論文を分析してみました。ほとんどの文章はオリジナルのものでしたが、中には、元の論文の文章と同じ文章が使われている論文もありました。これは、文章が使い回されたことを示すものです。結果的に、博士論文などの論文で、相当量の文章が盗用されていたケースが80件ほど見つかったため、それを報告することにしました。
剽窃された文章が含まれるある博士論文を分析していたときに、異なる画像であるにも関わらず、複数の章で同じ汚れがあることに気付きました。この論文はジャーナル論文としても出版されていたので、私はそれが不正であることを報告しました(現在は撤回されています)。このことがきっかけとなり、複製画像をシステマティックに検索する取り組みを始めました。2014年の夏から始めたこの取り組みは、週末や夜間などの空き時間を利用しながら5年間続けました。共同研究者のアルトゥーロ・カサデヴァル(Arturo Casadevall)とフェリック・ファン(Ferric Fang)と共に、画像を含む生物医学論文2万本を精査した結果、800本(4%)の画像に複製・改ざんが見つかりました。この調査については、2016年に論文を発表しました。
それ以来、特定のジャーナルや研究者を対象に、または助言やリクエストをもとに、論文の精査を続けています。これまでに、約2000本の不正論文を見つけました。これらの論文を追跡し、問題についてのレポートを作成し、出版社やジャーナルや研究機関に報告するのには、大変な労力が必要です。そこで今年の初めに、少なくとも1年休職してこの取り組みに専念する決断をしたのです。
科学論文の不正は、具体的にどのような方法で見つけていますか?簡単に見つかるものですか?また、不正を見つけた後はどうするのでしょうか。
私は、対象を生物医学論文の複製画像や画像の一部に絞り、タンパク質ブロットや顕微鏡画像や写真に着目して調べています。まずは論文をパラパラとめくりながら、含まれている画像をすべて頭に入れます。類似や重複やパターンの繰り返しが見られる画像があれば、スクリーンショットを撮って比較します。比較しやすいように、Macの「プレビュー」アプリでコントラストを鮮明にして検討することはありますが、複製画像を即座に検出してくれるようなソフトウェアは使っていません。
もっともよく見つかる不正は、対照群のウェスタンブロットに関するもので、アクチンやグロビンなどのタンパク質が、異なる実験を示すために複数回使われているものです。また、顕微鏡画像の重複もよく見つかります。これは、異なる実験の画像の中に、一部重複している箇所が見られるというものです。2つの画像が重複しているということは、元の画像のサンプルみが使用されたということであり、2つ目の画像の実験は、実際には行われていない可能性があります。
画像の複製や不正加工にさまざまな種類があることを認識して学ぶまでには、長い時間がかかりました。すぐに見つかるものもあれば、見つけにくいものもあります。もちろん、膨大な論文をすべてスキャンするのは大変な作業です。複雑な画像が含まれていれば、なおさらです。私は手作業でスキャンを行なっているので、見落としている不正もたくさんあるかもしれません。私が行なっているような作業を再現してくれるソフトウェアが、いつか開発されることを願っています。また、問題が見つかる論文は、すべて出版済み論文であるということも問題だと思っています。つまり、これらの論文は、複数の科学者が査読を行い、編集者や出版スタッフがチェックしたものであるということです。中には、ほかの論文に何度も引用されている論文もあります。これだけ多くの人の目に触れているにも関わらず、誰もその問題に気付けずにいるのです。私にも見落としている不正はありますが、私が見つけた不正は、それまで誰も見つけられずにいたものなのです。
複製画像への意識がなければ、この不正を見つけるのは難しいでしょう。問題が指摘されることで、多くの人がその問題に気付きます。私が複製画像や不正加工された画像をTwitterに投稿することで、科学者たちの意識を高めることにつながって、その人たちが不正画像に注意して査読をしたり、複製画像を使おうとしている研究者を咎めたりしてくれるようになれば幸いです。
最近は、質の低いジャーナルで出版されている「トンデモ」論文に出くわすこともあります。オープンアクセスモデルを悪用している新興出版社が多く見られますが、これらの出版社は、コンテンツの質を高めることよりも、論文掲載料などで利益を上げることに熱心です。いわゆる「ハゲタカ」の出版社やジャーナルは、「査読付き」を謳いながら、実際にはクオリティチェックを行なっておらず、科学に対する脅威となっています。その出版社が「本物」か「ハゲタカ」かを読者が判別するのは、きわめて困難です。著者の中には、自分のトンデモ理論が「査読付き」であることを装うために、意図的にハゲタカジャーナルを選択する人もいるようです。
自分の論文に不正があることを指摘された著者は、どのような反応を見せますか?
画像のチェックを始めてから最初の5年間は、著者に直接報告することはなるべく避けてきました。その代わり、ジャーナルや所属機関に報告し、それぞれの担当者から著者に連絡が行くようにしていました。しかし最近は、研究者が論文のフィードバックを残せるPubPeerというサイトに、自分の氏名を明記した上で問題を投稿するようにしています。著者のほとんどは、ウェブサイト側から警告が送られているにも関わらず、私の投稿に返答しません。反応がある場合はたいてい、「ご指摘ありがとうございます。訂正版をジャーナルに送ります。とは言え、ご指摘の点は論文の結論に影響するものではありません」というようなメッセージが返ってきます。あるいは、個人的な攻撃を受けることもあります。問題点を指摘した著者の1人に、私の家の住所をオンライン上に公開されたこともあります。私の元上司が抱えている法的問題について批判してきた人もいました。このような反応には動揺することもありますが、指摘した問題が核心を突いているからこその反応であるとも思っています。
論文出版件数の増加とテクノロジーの進歩によって、多くのジャーナルが、剽窃チェックなどの出版プロセスの自動化を進めています。論文の評価を自動化することについて、どう考えますか?論文の不正を確実に検出できるツールは開発可能だと思いますか?また、質の高い論文だけを出版できるような、人間の眼の代わりとなるテクノロジーは実現すると思いますか?
文章の複製(剽窃)を検出するソフトウェアはすでに実用化されており、ほとんどの学術出版社が導入しています。とは言え、偽陽性を除外するためには、人による精査もまだ必要です。また、論文の「方法」や「謝辞」、「参考文献」、用語の定義、引用文における文章の類似は許容される場合が多く、類似文章があるからといって、必ずしも「悪」とは限りません。
一方、画像の複製や不正加工についてのソフトウェアはまだ開発段階にあり、大手出版社が導入しているツールは、私の知る限り、まだないのが現状です。しかし、David Acuna et al.に代表されるような有望な研究も進んでおり、これらのツールが市場に出回る日はそう遠くないと考えています。剽窃検出ソフトと併せて、人による精査もまだまだ必要な状況ではありますが、このような複製画像検出ソフトが実用段階に入れば、出版社や独立ジャーナルの力強いツールとなるでしょう。
研究不正を排除する上で、査読(査読者)はどのような役割を担っているとお考えですか?査読者がデータや画像のねつ造を見つけるためのアドバイスをお願いします。
査読は、画像の複製を検出するのには役立っていないようです。一般的に、査読者は複製された画像を見つけるための訓練を受けていませんし、この問題への意識がそもそも低い場合もあるでしょう。このような状況を、Twitterや新設したブログ「Science Integrity Digest」で発信することで、より多くの科学者がこの種の不正への認識を高めてくれることを願っています。
また、ジャーナルも、たとえばアクセプトされた論文の研究公正の問題について、もっと精査する必要があると思います。ジャーナルは、何らかの「意図」があるような非学術機関や企業が出版する論文に対して、警戒を強めなければならないと思います。1人から数人で構成されていることが多いこのような機関が、未承認の人体実験についての論文や、利益相反の申告をしていない論文を出版しているケースを、何度か目にしたことがあります。ジャーナルは、このような点を中心に警戒を強めなければなりません。
ブログ運営の経験を通じて、個人的にどのようなことを学びましたか?
私たちのブログは、毎日5分読むだけで最新の研究情報を把握できるので、多くの研究者の助けになっていると思います。お礼のメールをくれる方や、「Microbiome Digest」の取り組みへの感謝を直接伝えてくれる方もいます。インターネットが、科学者同士を結び付けることにいかに優れているかということを学びました。このブログも、それぞれに直接の面識はない、世界各地の仲間たちによって運営されています。
ブログ運営や仕事以外の時間はどのように過ごしていますか?
今は給与が発生する仕事をしていないので、家で活動しています。毎日サンフランシスコのベイエリアまで通勤する必要もなくなって、非常に快適な生活を送っており、ほとんどの時間を、科学論文の複製画像のチェックと、ジャーナルや研究機関へのメール作成に使っています。この数ヶ月で、不正を行なっている研究グループについて報告や、不正告発の協力依頼のメッセージも届くようになったので、これらへの対応にも時間を割いています。Twitterに使っている時間も、かなりのものだと思います。パソコンに向き合っている以外の時間は、スプリンクラーの修理や、庭木の剪定など、庭仕事を楽しんでいます!
ビク博士、お考えをシェアして頂き、ありがとうございました!
[ビク博士のプロフィール写真の提供元:Michel & Co. Photography、カリフォルニア州サンノゼ]
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