ずさんな科学と闘うには―学術出版関係者の役割
レックス・ブーテ教授は、アムステルダム自由大学で方法論と公正性の教育と研究に取り組んでいます。本インタビューの前半では、オランダ研究公正ネットワーク(Netherlands Research Integrity Network、NRIN)について、そして倫理ガイドラインに関する教育を強化する必要性について伺いました。
後半では、研究公正というテーマをより深く掘り下げ、ブーテ教授の個人的見解も含めて、再現不可能性の危機の根本にある問題についてお話を伺いました。「ずさんな科学(sloppy science)」という怪物と闘うために、学術出版の関係各者(科学者、ジャーナル、出版社、図書館、学術機関)が何をすべきか、というトピックは、本インタビューのハイライトとなりました。
ブーテ教授の詳しいプロフィールは、インタビュー前半の記事とこちらのページでご覧頂けます。
好ましくない研究行為(questionable research practices、QRP)に関するアンケートに基づいた研究は、とくにQRPに対する見識を調査している点が興味深いですね。回答者に、研究公正に関する国際会議の参加者を選んだ点も見逃せません。この研究について詳しくお話し頂けますか?
このアンケート調査では、大小含めた60の不正行為がどの程度の頻度で発生していると思うかを尋ね、それぞれの不正行為が研究の信頼性に与える影響についても尋ねました。そして、これらの得点を掛け合わせて不正行為をランク付けしました。以下がそのトップ5です:
- 若手研究者への監督・指導の不足
- 研究の欠陥や制約の報告が不十分
- 研究プロセスに関する記録が不十分
- 他者の研究不正の可能性への見て見ぬふり
- 品質保証の基本原則の無視
驚きだったのは、研究公正における3大「重罪」がいずれも、60項目中の下位半分に位置していたことです。「ねつ造」および「改ざん」が信頼性に与える影響は多大ですが、発生頻度は低いまたはきわめて低いと考えられています。「剽窃」は、発生頻度は高いものの、信頼性に与える影響はきわめて低いと考えられています。
現在、私たちは、アムステルダム中の現役科学者に同様のアンケート調査を行なっています。この結果からは、研究公正の専門家ではない科学者の見識に関する知見が得られるでしょう。より大きなサンプルによる結果が得られるので、専門領域や学術的地位の違いによる差異についても検討できるようになります。
再現不可能性と信頼性に乏しい結果が、我々が今日直面している2大問題であるとするなら、これらの問題の根本にある要因とは何だとお考えですか?
確かに、出版された科学論文の再現率が10~40%にとどまることが最近明らかになっています。この「再現性の危機」は、学術界の内外で多くの人々に衝撃を与えました。原因は1つではないと思いますが、十分な調査が行われていないのが現状です。とは言え、現在の科学研究の再現率が低い主な要因は、選択的報告であると言えるでしょう。ポジティブで画期的な発見は、高インパクトファクターのジャーナルにアクセプトされやすい上、被引用率も高くなる傾向があり、メディアからの注目も集まります。こういった反応は、科学者の将来を明るく照らしてくれます。一方、ネガティブな発見は注目されず、まったく表に出ないケースがほとんどです。私たちは、これを出版/報告バイアスと呼んでいます。結果として、出版される論文に激しい偏りが生じ、その効果や関連性が著しく過大評価されることにつながります。とくに、ポジティブな結果をもたらす小規模研究の大半が、偶然に頼ったものになってしまいます。また、QRPやさらに悪質な行為によって結果を良く見せようとする誘惑は、相当なものでしょう。こうして、出版物の記録がさらに歪められていくのです。
結果として再現性の水準が下がり、誤った科学文献からの生産に費やされたリソースが無駄になってしまいます。また、ネガティブな結果が出版されなかったことや、誤ったポジティブな結果が出版されたことが原因で、人間や動物に何らかの被害が及べば、それらは非倫理的なものとなります。理論的には、この問題は簡単に解決できます。すなわち、すべての科学的発見を発表すること、すべてのプロセスを透明にすること(すべてのステップでチェックと再構成が可能であること)を徹底すれば良いのです。研究を事前登録制にし、データ収集を開始する前に、プロトコルをリポジトリにアップロードすることを義務化します。同様に、データ分析計画、シンタックス、データセット、全研究結果のアップロードも義務化します。修正や変更は可能ですが、その際は必ず記録を残さなければなりません。これにより、ユーザーはデータ駆動の可能性があるアクションを特定できるようになります。これらの透明性の要素は、公開されている状態が理想的ですが、公開が遅れたり、条件付きであったり、不完全であったりするケースも多いでしょう。しかし、このような場合でも完全なる透明性の原則から逃れることはできません。たとえば、軍需産業に関する機密性の高い研究であっても、そのプロセスや結果は、確実に秘密を保持できる調査委員会による徹底的なチェックが、必要に応じて行なわれなければなりません。
とても建設的なアドバイスですね。NRINのブログ投稿で、「私たちの最優先事項は、“ずさんな科学”という怪物や、研究界に文化として蔓延するよこしまな動機や欠陥と闘うこと」と述べておられます。学術出版の関係各者は、どのように闘うべきだとお考えですか?
関係者の中でもっとも重要なのは、科学者たち自身です。研究公正の侵害やずさんな科学が生じるかどうかは、彼らのプロフェッショナルとしての振る舞いにかかっています。彼らは、自分自身、同僚、何より指導相手(博士課程の学生など)の研究において、研究公正を守る責任があります。もちろん、科学者の行動は、それぞれが置かれている環境に大きく依存しています。その地域の研究風土と科学システム全体の双方に、重要な決定因子が存在しています。残念ながら、これらの因子の一部は、よこしまな動機として機能することがあります。このような動機に流されないよう、科学者を勇気付け、正当な動機を与えるのは、周辺の関係者の役割です。彼らが力を合わせて、基準に従いやすく不正行為に走りにくいシステムを作り上げていかなければなりません。
この文脈において、研究機関が果たすべき一連の義務があります。研究機関は、適切なトレーニング環境、良好な設備、研究の質を守るための頑強なシステム(コード、ガイドライン、監査など)、優秀な指導教官を提供し、研究公正の侵害への申し立てに対処するための公正な手段を持っていなければなりません。さらに、日々困難に直面している科学者たちが、過ちを報告しやすい環境を作り、建設的な議論を行なえるような研究風土を育む義務があります。また、職員の雇用と昇進について、公正かつ公平な基準を設ける必要もあるでしょう。すなわち、インパクトファクターの高いジャーナルでの論文出版数や引用パラメータ(h指数など)だけを基準とするような評価形態であってはならないのです。
助成団体は、研究機関が上記の義務を果たすこと、そして、研究が完全な透明性を保持しながら、資金提供の動機となった研究計画書に沿って遂行されることを要求すべきです。助成団体は、研究者とその所属機関が頭を抱えるような措置を容易に取ることができます。申請者は資金を獲得したいので、資金提供者が要求する条件を受け入れやすいのです。助成団体はこの有利な立場を、研究の質と公正性の向上に活かし始めています。
科学誌や出版社にも、重要な役割が用意されています。彼らは可能な限り、Transparency and Openness Promotion (透明性とオープン性の促進、TOP)ガイドラインを導入しなければなりません。ジャーナルは、研究公正の問題に公平かつ適切に対応する必要があります(出版倫理委員会[COPE]のガイダンスに従うことが望ましい)。選択的報告を防止する観点から、科学誌は、研究結果に惑わされず、研究課題の重要性と、その方法の健全性のみに基づいて出版の可否を決めることが重要です。これはたとえば、「Registered Reports(登録済報告書)」という形式を導入することで実現可能です。また、ジャーナルは出版プロセスをより透明化し、より完全な研究の文書化を目指さなければなりません。デジタル化が進んだこの時代、ページ数に限界はないはずです。進化し続けるには、プレプリントや公開査読、出版後査読の採用が不可欠でしょう。私たちがどこに向かうのかを予測するのは時期尚早ですが、PubPeerによる大きな変革や、PeerJやF1000researchなどのジャーナルによる新たなアプローチは、とても興味深い流れだと思います。
科学研究の発展、持続的な出版、研究・出版の最良の慣行を促進するために、オランダ以外の国にNRINを設置できるとするなら、どの国を選びますか?その理由も教えてください。
NRINをほかの国に設置したいという希望はありませんが、それぞれの国や地域に研究公正ネットワーク(RIN)を設置することは推奨したいですね。その場合は、我々の経験を喜んで提供しますし、できる限りの協力をしたいと思います。また、我々のウェブサイトはすべての人に公開されています。私たちを真似る必要はありませんし、それぞれの地域らしさを加味することが重要になるかもしれません。欧州、アフリカ、南米、アジアの各地域で、RINの開始を検討している同志がいます。もちろん、部分的に類似したネットワークやウェブサイトはすでに存在しています。たとえば、アジア環太平洋研究公正(APRI)ネットワーク、欧州研究公正ネットワーク(ENRIO)、Ethics Collaborative Online Resource Environment(EthicsCORE)などが挙げられます。
研究公正において、地理的不平等に関するエビデンスはほとんどないので、RINをもっとも必要とする国や地域を具体的に挙げるのは困難です。しかし、最近発表された研究によると、低中所得国(LMIC)ほど大きな問題を抱えているようです。科学研究の件数が急増している中国やインドのような国は、RINを開始する候補として最適かもしれません。その意味でも、第6回研究公正に関する国際会議(2019年6月2~5日)が香港で開催されることは有意義なことだと言えるでしょう。
インタビューは以上です。ブーテ教授、貴重なアドバイスやご意見を共有して頂き、ありがとうございました!
インタビュー前半はこちらをご覧ください。
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