仮説の組み立て方について知っておきたいこと
仮説とは、実験や統計分析などの科学的手法を用いて検証できるアイデアのことです。適切に構築された仮説は、最適な実験計画を立て、研究目的を明確にする上で有効です。また、検証を行うために集めるデータの性質を特定するためにも役立ちます。仮説とは、実験結果がリサーチクエスチョンにどのような答えを出すかを、情報に基づいて推測することとも言えるでしょう。
この記事では、優れた仮説の組み立て方について説明します。
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学生からよく、「検証可能なアイデアを見つけるにはどうすればいいのか」という質問を受けます。答えは簡単です。まずは「why(なぜ)」から始めましょう。あるものがあなたの好奇心を刺激したのはなぜか、そしてなぜそれを研究したいと思ったのかを自分に問いかけてみるのです。
その上で、リサーチクエスチョンに対してどう答えるかを考えましょう。次の2つを繰り返し実践すれば、適切な仮説の構築に役立つはずです。
1. 観察力と批判的思考力を磨く
観察力とは、ほかの人が見落としているかもしれないものを目ざとく見つける能力です。科学者は、観察結果を批判的に分析することで、さまざまな原理を発見してきました。たとえば、リンゴが落ちるところを観察し、それについて批判的に考えることで、ニュートンは重力についての仮説を立てました。彼はその後、実験と計算を駆使することによって、物体が落ちる理由の背後にある原理を説明しました。
このように、物事を鋭く観察し、注意を引いたものを突き詰めて考えることは、科学を実践するための要と言えます。優れた仮説を立てることは、その実践に熟達するための最初のステップなのです。
2. 文献を読む習慣をつける
仮説は、既存の理論と知見から生まれます。したがって、興味のあるトピックについて時間をかけてじっくり学ぶことは、大変有益なことです。これを実行するための簡単な方法は、定評ある科学記事、科学雑誌、総論文説、研究論文を読む習慣をつけることです。
科学文献を読むことで、研究の新たな領域に目が向き、テーマについての理解が深まります。そこから、独自の問いを立て、研究の新たな道筋を見つけることにつながります。疑問があればさらに多くの文献を読み込み、その疑問を、的を絞った具体的で検証可能な仮説として組み立てましょう。
変数を理解する
仮説は、変数を軸として展開します。「肥料は植物の成長を早めるのに役立つ」という仮説について考えてみましょう。この仮説を検証するには、肥料をある植物の一方に追加し、もう一方には追加しないという実験を行います。そして、両方の植物の高さを測定して比較し、その差を確認する方法でデータを収集します。この仮説では、調べようとしている特定の形質(植物の高さ)と、変数(肥料)がそれにどのように影響するかに焦点を合わせ続けます。
仮説の組み立てと検証は、「変数」と呼ばれる、物体、機能、事象、パターンのデータと、それらの関係を収集するという形で行われます。変数には次の2タイプがあります。
最初のタイプは独立変数で、これは実験中に制御できる変数です。上記の例では、肥料が独立変数です。肥料の種類を変えたり、複数の種類の肥料を組み合わせたり、量を変えたりすることができるからです。独立変数はさまざまな方法で変更することができます。もう一つのタイプが従属変数で、こちらはデータを収集するために実験で測定するものです。上の例では、植物の高さが従属変数です。こちらは変更することができません。
従属変数を別のものに置き換えると、リサーチクエスチョンも変わってきます。たとえば、植物の高さを開花に置き換えると、仮説は「肥料は植物の開花を早めるのに役立つ」に変わります。この場合は、植物の高さではなく開花率を測定します。
また、独立変数を肥料から水やりに変更すれば、仮説は「定期的な水やりは植物の成長を早めるのに役立つ」に変わるかもしれません。この仮説を検証する場合もやはり、変動することのない、植物の高さ(従属変数)を測定します。
変数とその関係を理解することは、検証可能な仮説を立て、最初に決めたリサーチクエスチョンに焦点を当て続けるためにきわめて重要です。
if/then形式の使い方を学ぶ
一般に、仮説のステートメントはif/thenを使って述べます。これは、一方の変数がもう一方の変数に影響を及ぼすという、根本的な原因と結果の関係を示しています。
例:If you eat vegetables and fruits daily, then you will develop strong immunity.
(野菜と果物を毎日食べると、免疫力が発達する)
仮説を細部まで詰める
次の文をご覧ください。「Exposure to pollution has detrimental effects on skin.(汚染への曝露は皮膚に有害な影響を及ぼす)」。この仮説は、有害な影響として具体的に何を念頭に置いて調査するのかを示していないため、意味を成していません。明確性を欠いていることで、データ収集も的外れなものになる可能性があります。汚染による皮膚への有害な影響を説明するには、乾燥、色素沈着、アレルギーなど、さまざまな要素が考えられます。したがって、広すぎる仮説を絞り込む必要があるでしょう。
では、こちらはどうでしょうか。「Exposure to pollution leads to acne and related skin conditions.(汚染への曝露は、にきびおよび関連する皮膚疾患につながる)」。これなら、汚染にさらされている人とそうでない人のにきびの比較研究を実験計画に含む必要があることが明確です。仮説を細部まで詰めることは、堅牢な方法で研究を実践するための鍵です。
仮説のさまざまな種類を知る
1. 単純仮説:2つの変数(一方は独立変数、もう一方は従属変数)の関係を説明します。
例: Drinking tea may reduce iron absorption in the body.
(お茶の摂取は体内の鉄分吸収を抑制する可能性がある。)
2. 複合仮説:3つ以上の変数があるものです。組み合わせは、2つの独立変数と1つの従属変数、またはその逆のパターンがあります。
例: Tea consumption and vitamin C deficiency can both individually reduce iron absorption in the body.
(お茶の摂取とビタミンCの欠乏はいずれも体内の鉄分吸収を抑制する可能性がある。)
例: Tea consumption and vitamin C deficiency can both individually reduce iron absorption in the body, but differently in men and women.
(お茶の摂取とビタミンCの欠乏はいずれも体内の鉄分吸収を抑制する可能性があるが、男女で差がみられる。)
3. 経験仮説:仮定に基づいて検証される仮説です。仮定が正しいかどうかは、収集されたデータの解釈に基づいて決定されます。
例: Masks can protect against all coronavirus variants equally.
(マスクは、すべてのコロナウイルス変異体を等しく防ぐことができる。)
4. 帰無仮説(H0)と対立仮説(H1):帰無仮説は、変数間に関係がないことを表します。仮説を無効にする証拠を収集するという理由で帰無仮説と呼ばれます。
例: The use of hair oil or hair growth serum does not influence the rate of hair loss in men.
(ヘアオイルや育毛美容液の使用は、男性の脱毛率に影響を与えない。)
帰無仮説を証明することはできず、棄却することしかできません。そのため、対立仮説で補足します。対立仮説では、帰無仮説の逆を述べます。上の例の場合、対立仮説は次のように記述できます。
The rate of hair loss is lower in men using hair growth serum than in those using hair oil.
(脱毛率は、ヘアオイルを使用している男性より育毛剤を使用している男性の方が低い。)
実験計画を立てる際に帰無仮説と対立仮説について考慮することは、欠陥を最小限に抑え、正確で信頼できる結果を得るために必要な方法です。帰無仮説を反証せずに対立仮説を証明することは、非倫理的な研究慣行とされています。これは、実験結果が絶対的なものではなく、「もっとも近似的」なものでしかないためです。つまり、研究者は100%の信頼性で対立仮説を証明することはできないのです。したがって、別の仮説を証明する前に、帰無仮説を棄却するための証拠を収集することが不可欠と言えます。
上の例に当てはめて考えてみると、まずは、ヘアオイル/育毛剤が男性の脱毛率に影響を与えるという証拠を示す必要があります。その証拠で、帰無仮説を反証するのです。その上で、男性の育毛を促すためのヘアオイル/育毛剤の有効性を比較するためのデータを収集します(対立仮説を裏付ける証拠を収集します)。
5. 統計的仮説:母集団の一部を統計的にテストして統計的証拠を生成し、その結果を残りの母集団に当てはめます(外挿)。このような仮説は、論理的に明瞭でなくても、統計的に検証されれば有効とみなされます。
例: Seventy-five percent of the Indian population is deficient in vitamin D.
(インド人の75%はビタミンDが不足している。)
6. 論理的仮説:論理を用いて、観察されたものを説明したり、変数間の関係を示唆したりします。ただし、証拠が不足している可能性があります。ほとんどの場合、証拠を収集することは不可能かもしれませんが、それでも論理的仮説が否定されないケースは多くあります。
例: A fixed sleep–wake pattern improves focus and increases productivity in students.
(固定された睡眠と覚醒のパターンは、学生の集中力を高め、生産性を向上させる。)
以下にまとめた指針に沿って、ぜひ優れた研究仮説を立ててください。
- 倫理的事項を必ず守りましょう。検証すべきものとそうでないものの、倫理的な境界線に配慮する必要があります。仮説は、社会文化的および科学的な規範に沿った科学的責任と法規制を尊重したものでなければなりません。
- 変数を明確に定義しましょう。変数間の関係が明確に示されていれば、読者は実験計画を理解しやすくなります。
- 原因と結果の関係を調べるものであることが明確になるように仮説を組み立てましょう。
- 検証の実行可能性について説明しましょう。仮説とは、検証可能なアイデアです。つまり、証明または反証することができるということです。アイデア、思考、観察が科学的手法の範囲内で検証できない場合、それは弱いまたは無理のある仮説となります。仮説は、独立変数を実験で変更または制御できるものである必要があります。
- 仮説は、シンプルで明快な言葉で記述しましょう。複雑な専門用語の使用は避けましょう。
- 課題に答えることで既存の知見に価値を加えられるような仮説を立てましょう。
推奨文献:
Pastor, J. The ethical basis of the null hypothesis. Nature 453, 1177 (2008). https://doi.org/10.1038/4531177b
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