COVID-19流行下における査読への信頼
「査読は機能していないのでは?」「今の査読プロセスは持続可能な形なのか?」「そもそも、査読は今日においても有意義なのか?」この数年間、学術出版関連の議論を追ってきた方なら、これらの疑問が話題に上るのを耳にしたことがあると思います。現在の査読は、たとえ欠陥があるとしても、研究への信頼を支える基盤であることに変わりはありません。
研究者の多くは、査読がその役割を果たせていると考え、大きな信頼を寄せています。2018年に Publonsが実施した査読者に関するグローバル調査に参加した研究者の98%が、査読は「重要」または「非常に重要」であると回答しました。また、2018年にエディテージが論文著者を対象に実施したグローバル調査でも、回答者の60%が「原稿の改善に査読コメントが役立った」としています。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行前から査読への信頼が揺らいでいたように見えていたとしたら、COVID-19によってさらに厳しい試練にさらされたことになります。査読を経たCOVID-19関連論文を一流誌が撤回する事態が相次いだことで、現在のような状況における査読の有効性がますます疑問視されているのです。
世界が公衆衛生の危機に見舞われている今日のような状況でも、査読は依然として信頼できるシステムなのでしょうか?今のところ、査読に対する研究者の見方が今回のパンデミックを経て変化したことを示すエビデンスは存在しないため、結論は簡単には出ないかもしれません。しかし、こうした問いは、アカデミアや学術出版界が新型コロナ危機にどのように対応してきたかを理解する上で有益です。
COVID-19関連論文を出版するジャーナルが直面している主な課題は、出版までのスピードと厳正な品質チェックという、2つのニーズを両立させることです。論文投稿数が急増する中、原稿処理に要する時間を大幅に削減することで、ジャーナルはこの緊急事態に対応してきました。ある研究によると、2019年に投稿された一般的な論文の場合、投稿から受理までの所要日数の中央値は93日間でした。一方、COVID-19関連論文は所要日数の中央値が6日間でした。さらに、COVID-19関連論文の出版までのスピードは、2012年に発生した中東呼吸器症候群に関する当時の投稿論文の出版スピードと比べて著しく早いことがわかっています。このことは、公衆衛生の緊急事態に迅速に対応するために、出版界が以前よりも労力を集約していることを示しています。
こうした研究では通常、どういった編集戦略でこのような快挙を成し遂げているかまでは論じません。(分析が困難なためです。)ここでは、スピードと質を両立させるために学術出版界が行なっているさまざまな取り組みのいくつかを見てみましょう。
従来から著者の要望に応えて「特急査読」や「スピード出版」のオプションを提供していたジャーナルは、COVID-19関連の論文を、このルートで処理しているようです(例:The New England Journal of Medicine)。受け入れる論文数をコントールするために、プロセスを変更したジャーナルもあります。例えば米国医師会誌(JAMA)は、関連論文のうち記述的(descriptive)で複雑でないものは、関連分野の専門知識があるJAMAの編集者が主に内部で査読を行い、対策や政策を方向づける上で重要と考えられる論文のみを、従来通り外部の査読者に委ねています。
しかし、ほとんどの査読付きジャーナルは、有志の査読者に頼らずにCOVID-19関連論文を最初から最後まで内部で処理できるようなリソースを有していません。その上、多数の論文を「スピード出版」できるシステムを備えたジャーナルも多くありません。だからこそ、より大きな枠組みでの取り組みが重要になってくるのです。
ジャーナル出版社団体や、出版社・研究者間で協力や調整を行うことも、そうした取り組みの一つです。eLifeやHindawi、PLOS、Royal Societyを始めとする出版団体は今年4月、査読の迅速化に向けた基本合意書(LOI)を公開しました。この文書では、COVID-19関連の専門知識を持つ研究者に対し、COVID-19関連論文の査読者として出版社共通リストに登録するよう呼びかけられました。リストに登録した有志の査読者は、依頼を受けてから5日以内に査読を完了することが求められます。
COVID-19はおよそ9ヶ月前に登場した新しい疾患ですが、そのさまざまな特徴を明らかにするためには、生態医科学から社会科学まで、幅広い分野の専門知識が必要だとされています。各論文の査読者としてふさわしい専門家を探し出し、依頼の可否を確認することに、膨大な時間が費やされている可能性があります。適任の査読者が見つからなかったり、都合がつかなかったりすれば、必要な専門知識を持たない第二候補の査読者に頼らざるを得ません。だからこそ、出版社共通の査読者リストは、必要な取り組みだったと言えます。
LOIに署名した団体は、査読コメントの出版社間移転を了承しています。これにより、他の出版社が運営するジャーナルの方が出版に適していると思われる論文があった場合、その論文に対して実施した査読結果を、スムーズに移転すること可能になります。こうした取り決めにより、一つの論文に対する査読作業が重複することを避け、COVID-19関連の作業ですでに忙殺されている査読者の時間を、賢く活用できるようになりました。
さらに、COVID-19研究を迅速に発表する上でプレプリントの重要性が高まっていることから、多くの出版社は、論文をプレプリントとして発表するよう促しています。同様に、査読者に対しても、Outbreak Science Rapid PREreviewなどのプラットフォーム上で重要と思われるCOVID-19関連プレプリントがあれば、査読をしたり、フラグを立てたりするよう求めています。
査読にまつわるプロセスの効率化を狙ったこのような取り組みでは、実際の査読のクオリティがなるべく損なわれないようにすることが肝要です。
しかし、査読というプロセスは、新型コロナ流行以前も、完全に信頼できるわけではありませんでした。ジャーナルは絶妙なバランスを保とうと努めていたものの、ミスも見られました。研究者やジャーナルに多大なプレッシャーがかかっている状況や、欠陥のある論文が出版された場合に生じうる影響を考慮して、一部の団体や機関は、COVID-19関連論文の査読の取り扱いに関するガイドラインを公表しています。また、欧州科学編集者協会(EASE)は品質基準に関する声明を発表し、著者や編集者に次のように勧告しています。
1. CONSORTやSTROBEといった疫学研究に関する標準的な倫理・報告ガイドラインを遵守すること
2. 研究データ全体を共有すること
3. 読者が研究結果について十分な情報を得た上で判断できるよう、研究の限界(limitations)についてすべて報告すること
4. 研究が理解可能な状態であれば、言語に関して厳しい要件を課すことを避け、出版を迅速化すること
品質に加え、透明性もまた査読への信頼に関わる重要な要素の一つです。出版規範委員会(COPE)は、ジャーナルや出版社に対して、新型コロナの影響で編集や査読のプロセスに変更点があり、それが出版論文の品質に影響を及ぼし得る場合は、その旨を開示するよう求めています。
加えて、COPEは、修正や撤回の必要性を指摘する出版後フィードバックに対応することの重要性についても強調しています。JAMAはこの点を円滑に進めようとしており、COVID-19関連論文に対するコメントを、オンラインで迅速に受け付けられるようにしています。これにより読者は、従来のように編集者にレターを送付しなくても、懸念事項や疑問を直ちに共有できるようになっています。
Lancetは、研究者から重大な懸念を指摘する声が上がったことを受け、Surgisphere社のデータを用いた(今では悪い意味で有名な)COVID-19関連論文を、出版後2週間で撤回しました。その後Lancetは査読プロセスを改訂し、すべての著者と査読者に対し、使用されたデータや手法が信頼に足るものであることを宣言するよう義務付けました。
現在のような状況においても査読を信頼できるかについて、研究者の意見はさまざまです。特殊な環境下では、査読のメリットとデメリットが浮き彫りになります。しかし、過去数ヶ月の間にCOVID-19によって突きつけられたかつてない難題に対し、学術界は迅速かつ懸命な努力を重ね、査読の公正性を維持するためのさまざまなアプローチに協力して取り組んできました。この事実を認識することも大切です。
査読に対する信頼は、研究者個人に対する信頼と、ジャーナルや出版社に対する信頼が組み合わさったものです。両者ともに、意識的かつ倫理的に行動しつつ、懸念に対しては迅速かつ透明性のある方法で対処することが求められています。今日のような危機下では、過ちばかりに目が行きがちです。しかし同時に、学術界がどのように事態を把握し適応しようとしているのかを現実的に見極めること、そして、(可能であれば、)終わりの見えないコロナ危機下で査読を守るために行われている取り組みの効果を評価することもまた、重要でしょう。
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この記事はR Conceptが提供しています。R Conceptは、AIが取得したデータと人間によるキュレーションを組み合わせたプラットフォームで、COVID-19関連の課題に取り組む研究者が、必要とする文献や知見を探し出せるようサポートしています。
パンデミック下における査読への信頼についてより詳しく知りたい方は、2020年9月21日に開催予定の、有識者も登壇するパネルディスカッションにぜひご参加下さい。このウェビナーは、カクタス・コミュニケーションズが運営するピアレビュー・ウィーク2020のアクティビティの一つです。
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