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学術出版におけるデジタルアクセシビリティの重要性
テクノロジーは人々の生活水準を上げ、可能性を広げてきましたが、とりわけ障害や慢性疾患を抱えて生きる人々に劇的な変化をもたらしました。困難を伴う状況で役立つ適応技術(支援技術)のおかげで、これまでになく移動やコミュニケーションの自由度が上がり、社会参加の機会が増えているからです。電動車いす、補聴器、自動車適応制御はすべて、障害を持つ人々の社会参加を促す技術の身近な例です。デジタルアクセシビリティ(注:年齢や身体的特性、利用環境などにかかわらず、デジタル情報・機能を利用できること)を助けるツールは一見地味ですが、障害を持つ人々がデジタルを十分に活用できるようにするために、きわめて大事なものです。この記事では、デジタルアクセシビリティの概念を確認した上で、学術出版におけるデジタルアクセシビリティの重要性を説明し、出版社がアクセシビリティの向上にどのように取り組んでいるかの実例を見ていきます。
デジタルアクセシビリティの概要
デジタルアクセシビリティを支えているのは、障害を持つ人々がウェブサイト、アプリケーション、ドキュメント、マルチメディアなどのデジタルコンテンツを使いやすいように補佐する各種テクノロジーです。デジタルアクセシビリティが目指すのは、障壁を取り除き、コンピューターやスマートフォンなどのテクノロジーを誰でも使えるものにすることです。
市販の多くのオペレーティングシステムとブラウザには、キーボードナビゲーション、音声ガイド、ハイコントラスト設定、アイトラッキング(視線追跡)技術などのアクセシビリティ機能が搭載されています。同様に、多くのデジタルメディアは、視覚および聴覚コンテンツの代替手段となるキャプション(字幕)、トランスクリプト(文字起こし)、副音声などの機能を取り入れています。
これらの機能に対するニーズを認め、多くの規制機関は、合理的な配慮としてデジタルアクセシビリティを確保することを求めています。米国の「障害を持つアメリカ人法」がその一例です。ただ、デジタルアクセシビリティの確保は、法的要件の遵守に関わる事項であるにとどまらず、社会的責任を果たし、ビジネスチャンスを得る機会でもあります。障害を持つ人を含む幅広いオーディエンスに接触し、関心と満足度を向上させることにつながるからです。
デジタルアクセシビリティの標準化とベストプラクティス
World Wide Web Consortium (W3C) は、インターネット規格の開発・公開を行う有力団体です。Webコンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン(WCAG)2は、2008年にW3Cのアクセシビリティ・イニシアチブが発行し、最近修正されたものですが、これはオンライン上のデジタルアクセシビリティに関する主要なハンドブックとなっています。欧州連合(EU)はこのガイドラインを指令(EU)2016/2102で採用して、EU全体のアクセシビリティ・ガイドラインを標準化し、これに基づく立法を加盟各国に求めました。
W3CのポータルサイトAccessibility Fundamentalsには、アクセシビリティ・ガイドラインの理論的根拠、課題、実装を理解するための概要が分かりやすくまとめられています。デジタルアクセシビリティに馴染みのない方は、まずはFAQセクションを読んでみることをお勧めします。
ブラウザFirefoxで知られたMozillaは、Mozilla Developer's Networkポータルでウェブアクセシビリティガイドラインに準拠するための方法を分かりやすく説明しています。これは、開発者向けの優れたリソースとなっています。
スマートフォンとタブレットは、デジタルメディアを使う際の主要ツールとなりつつあります。したがって、デジタルアクセシビリティは、モバイル端末にも不可欠です。また、メディアも相応に最適化する必要があります。一般的なメディアと、それぞれにおいて考慮すべき対応策を簡単な表にまとめました。
ドキュメント |
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動画 |
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画像 |
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音声 |
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対話型アプリケーション |
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学術出版社にとってアクセシビリティが重要な理由とは
デジタルアクセシビリティを確保することは、障害を持つ人が学術活動や科学活動に本格的に参加して重要情報にアクセスできるようにすることであるという意味で、倫理的な義務と言えます。前述したように、デジタルアクセシビリティの確保は学術出版社に、読者数やエンゲージメントの増加、影響力の向上といったビジネス上のメリットをもたらします。障害を持つ人々がコンテンツにアクセスできるようにすることで、対象読者が増えてリーチが広がり、引用数、ダウンロード数、閲覧数の増加が見込めるからです。また、デジタルアクセシビリティへの取り組みを示すことで、評価とブランドイメージを高め、インクルーシブな出版慣行のリーダーとしての地位を確立することにつながります。
出版社がアクセシビリティを確保するには
多くの出版社が、アクセシブルなデジタル素材を提供しようと懸命に取り組んでいます。ここからは、アクセシビリティの向上を目指す3つの実践例をご紹介します。
2021年、オックスフォード大学出版局(OUP)は、デジタルアクセシビリティの価値をどのように実現したかについての示唆に富む事例を公開しました。これは、オープンユニバーシティの際に、画面読み取りソフトの互換性とキーボードナビゲーションの欠如によって、学生と教職員がそれぞれの端末を使えないという問題から得られた教訓をまとめたものです。この出来事はOUPにとって、アクセシビリティを取り巻く問題の見直しに拍車をかけただけでなく、アクセシビリティ確保のためのより透明性ある方針作りに取り組むきっかけとなりました。
大手学術出版社のエルゼビアは、一般的に利用されているスクリーンリーダー(音声み上げソフト)などのツールとの互換性とアクセシビリティを確保できるよう、自社のウェブサイトとサービスを広く対応させました。変更点とコミットメントを簡潔にまとめたリストは、他の組織にとっても、自分たちの取り組みを評価するためのチェックリストとして役立ちそうです。
アクセシビリティの必要性は、従来の出版の枠組みの外でも叫ばれるようになっています。arXivは、アクセシビリティを改善するための独自の取り組みについて、専用ページを設けて説明しています。さらに、アクセシビリティの問題にどのように対処してきたかについての詳細かつ透明性の高い報告書を公開するとともに、今後取り組むべき課題についてのロードマップも用意しています。
まとめ
デジタルアクセシビリティは、出版社にも社会全体にも大きなメリットをもたらす可能性があるという意味で、取り組む価値のあるものです。ただ、デジタルリソースへのアクセスを向上させることは、困難の伴う大仕事かもしれません。この記事で紹介したリソースは、いずれもデジタルアクセシビリティの実装に関する優れたガイダンスです。コンテンツを生成する研究者の皆さんも、コンテンツを拡散させる出版社の方も、インクルーシブなデジタル戦略を策定する際は、これらのリソースを参照することをおすすめします。
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