「私たちは、研究者や研究機関や政策立案者に指示を出しているわけではありません」

「私たちは、研究者や研究機関や政策立案者に指示を出しているわけではありません」

研究者がもっとも必要としているものに、研究に集中できる確かなサポートシステムがあります。EuroScience(ストラスブール)は、草の根レベルで研究者のニーズに注目する非営利の研究者連合で、キャリアステージや専門分野を問わず、研究者や科学の支援組織に門戸を開いています。科学や政策立案に関する問題について議論を深めることを目指しており、現在、科学者2600名と16組織が会員として所属しています。また、ESOFthe EuroScience Open Forumを主催し、無料のオンライン誌EuroScientistも発行しています。さらに、欧州における責任ある研究およびイノベーションに関するプロジェクト、NewHoRRIzonのパートナーも務めています。


今回、カクタス・コミュニケーションズ日本法人代表取締役の湯浅誠が、EuroScienceの会長を務めるマイケル・マトロス(Michael Matlosz)教授にインタビューを行いました。インタビューの前半では、EuroScienceでのマトロス教授のビジョンや使命のほか、EuroScienceがどのように成長を遂げ、どのような貢献を果たしてきたかなどをお聞きしました。また、昨今のグローバルでダイナミックな科学界において、科学関連の団体を起ち上げるためのベストな方法についてアドバイスを頂きました。


マイケル・マトロス教授は、カリフォルニア大学バークレー校で電気化学工学の博士号を取得後、華々しいキャリアを築いてきました。1985年からスイス連邦工科大学材料科学科で勤務した後、1993年からロレーヌ大学(フランス)に移り、現在は同大学で教授を務めています。また、Fondation UNIT会長、フランス技術アカデミー選任会員も務めています。さらに、フランス国立研究機構(パリ)の理事長兼CEO20142017年)、欧州における研究および研究への資金提供に関わる主要機関の連合体であるScience Europeの会長(20152017年)を歴任。そして2018年、EuroScience会長(任期4年)に就任しました。


EuroScienceの主な目的と使命を教えてください。

EuroScienceの主な目的は、所属機関や所属団体とは関係のない、個人としての科学者のための連合体を設立することでした。私たちの仕事は、科学の専門的慣行を注視し、研究者・科学ジャーナリスト・理科教員・科学コミュニケーター・科学政策立案者などの利害関係者間の共有領域を見定めることです。


会員の大半は研究者が占めていますが、科学コミュニケーションの専門家や政策立案者も数多く所属しています。社会科学・芸術・人文科学なども含め、あらゆる分野の研究者に門戸を開いています。活動範囲は非常に幅広いですが、その焦点は、科学研究と政策立案にまつわる共通の問題に絞られています。そして主な使命は、科学者が何をしているのかを示し、科学が社会にいかに変化をもたらせるかを示すことです。


私たちは、科学や科学者によるさまざまな活動が、欧州全体および欧州各国同士の融合を促進できるのではないかと期待しています。


欧州各国には、科学に対するそれぞれの伝統、手法、アプローチ(科学がどのように実施され、研究がどのように組織されるかなど)があります。その中で、科学の利点や、科学と社会の相互作用のために、科学を見て、聞いて、理解するための、欧州全体をカバーする連合体の存在は非常に重要であると考えています。EuroScienceはこの意味で、科学者などの専門家に、社会に耳を傾ける必要性を理解してもらうことを重要視しており、対話を容易にして促進するオープンフォーラムとしての立場を強く意識しています。私たちは、研究者や研究機関や政策立案者に指示を出しているのではなく、それらの相互作用を活性化させているのです。そして、学術界における労働条件、研究環境、キャリアの展望、地理やテーマの流動性などの重要性だけでなく、オープンサイエンスや科学の公正性といった、より大きな議論の影響を伝えています。EuroScienceは、今や欧州の科学者・研究者の代弁者と認識されており、利害関係者との政策議論にも関与しています。たとえばEuropean Charter for Researchers(研究者のための欧州憲章)」および「Code of Conduct for the Recruitment of Researchers(研究者の採用に関する行動規範)」の採択に大きく貢献したことは、私たちの主な成果の1つと言えるでしょう。


EuroScienceでの教授の役割はどのようなものですか?

EuroScienceには、きわめて明確な使命とビジョンがあります。EuroScienceの現会長としては、我々の活動によって最大限の貢献、影響力、効果が発揮できるような戦略を練らなければなりません。私たちは、研究室の中や分野の外側で活動する科学者たちに、「声」を提供したいのです。また、私は会議にはEuroScience代表として参加し、組織のスポークスマンとしての役割を果たしています。


EuroScienceの拠点は、フランスのストラスブールにある小さなオフィスです。このオフィスの円滑な運営と、オフィスで働く常勤スタッフのパフォーマンス向上も、私が果たすべき役割の1つでしょう。利害関係者と会員の交流をお膳立てすることもあり、現在は科学政策に関わるワーキンググループの強化と拡張に努めています。20192月には、欧州における科学出版物のオープンアクセス化のための取り組みである「プランS」の導入に関する協議に参加しました。EuroScienceには、経験値の異なるあらゆる分野の科学者がいるため、この協議での私たちの貢献や反応は、ほかの参加者たちとは大きく異なるものでした。ほかの参加者たちの反応は、すべて組織としてのものであり、ビジネスモデルや予算的側面を重視したものでした。出版される論文の質、評価手順、キャリアの流動性に関する問題などに懸念を表明したのは、EuroScienceのメンバーだけでした。最近では、今後実施予定のプログラム「Horizon Europe」に関する協議でも、会員の反応を調査することで、同様の貢献を果たしました。


EuroScienceでの私の立場は、特殊なものです。私は大学教授であり、ロレーヌ大学からの現物出資という形で、所定労働時間の半分をEuroScienceに当てています。すなわち、大学はEuroScienceに金銭的補償を求めることなく、私に給与を支給し続けてくれているのです。大学は、EuroScienceのような組織が推進する分野で研究者が活躍することの重要性を、理解しているのです。この環境は私にとって非常に恵まれたものであり、大学にはとても感謝しています。また、使命やビジョンに熱心に取り組んでいる、EuroScienceの素晴らしいスタッフたちにも感謝しています。


EuroScienceの活動に関わっている人々は皆、ほかにも仕事を抱えています。私には大学教授という職があります。理事会のメンバーは、すべてボランティアです。全員が一生懸命仕事に取り組んでいますが、EuroScienceの外にも、やるべきことがあります。このことを認識していることが、会員やボランティアとのより良い関係を生む助けになっていると感じます。


会員はどのように増やしたのですか?また、会員になることのメリットは何でしょうか?

主なメリットは、EuroScienceに参加することで、科学の進歩に貢献しながら自分の声を届けられる活動に関与できるということです。また、EuroScienceの会費は高額でないこと、書類仕事はないこと、すべての会員がデジタルでつながっているということも付け加えておきましょう!また、会員たちの国籍は実に多様なので、我々が求めている多様性が付与されている点も素晴らしいと思っています。どのように多くの会員を引き付けることに成功したかという質問ですが、私たちのプロモーションの主軸は、2年ごとに開催され、4000人以上が参加しているESOF会議です。また、先ほど述べたように、最近は会員間の交流を深めるために、科学政策に関するワーキンググループの強化を図っています。これも、EuroScienceの会員になることの直接的なメリットと言えるでしょう。


話題を日本に移したいと思います。私の認識では、日本にはEuroScienceや米国科学振興協会(AAAS)のような役割を持つ組織がありません。教授は、日本にもEuroScienceのような組織があるとお考えですか?ないなら、その理由は何だと思いますか?また、日本にもこのような組織は必要だと考えますか?

日本についての質問が出たことを嬉しく思います。なぜなら、1990年にサバティカル(研究休暇)でしばらく日本に滞在していたことがあるからです。残念ながら短い期間だったので、日本の科学情勢について十分な知識を得ることはできませんでした。私はどちらかと言えば欧州の情勢に詳しいので、EuroScienceのような組織が今の日本にあるかどうかについて、はっきりお答えすることはできません。


とは言え、似たような組織を日本にも設立するなら、今は絶好のタイミングと言えるでしょう。私の知る限り、日本は研究や科学政策でさらなるコラボレーションを進めて議論することを奨励しています。組織を起ち上げる際は、さまざまな部門や専門の人を集めることを推奨します。コラボレーションを重んじる日本では、多様性を実現しやすいのではないでしょうか。


研究者や科学の進歩にフォーカスした組織を日本に設立することは有益かと問われれば、もちろん有益でしょう!しかし、実現は簡単ではありません。草の根の会員制組織を起ち上げ、ビジョンと使命を定め、会員を増やしながら交流を深めていくための、魔法の公式はありません。達成したいことを明確にして、目標の達成に集中しなければなりません。組織の規模は関係ありません。もっとも重要なのは、自分の使命と、科学者や社会への貢献の質に注目することです。


日本やほかの国でEuroScienceのような組織を起ち上げようとするときに考慮すべき重要ポイントは、帰属意識の問題です。参加を促すためには、帰属意識をより具体的なものに置き換えるとよいでしょう。今はさまざまなソーシャルネットワークや交流の場を利用できるため、単なる会員制では不十分です。会員として名前をリストに記載するだけでなく、より現実的で、主体的で、本質的なものを付加しなければなりません。つまり、科学者がその組織に参加して、有意義な議論や交流をしたいと思えるような、魅力的な要素を考える必要があるということです。


私が会ってきた日本人研究者の多くは、AAASEuroScienceのような組織が日本にも必要だと感じているようです。しかし、いざ実現するとなると、組織の起ち上げは大きな壁です。EuroScienceは、この壁をどのように乗り越えましたか?

私は起ち上げ時のEuroScienceには関わっていないので、1997年当時の設立に関わった人から聞いた話をもとにお答えすることしかできません。当時の科学情勢、出版トレンド、科学的慣行は、今とはまったく異なるものでした。まず、欧州諸国は、今よりも密接につながっていました。歴史的出来事を振り返ってみると、1989年にベルリンの壁が崩壊した後、中欧と西欧が結び付き、1992年にマーストリヒト条約が締結されたのを契機にユーロが生まれ、欧州の主要通貨となりました。要するに、当時は欧州が成長しているという実感があり、それを確かめるために何かをする必要があったのです。政治や経済に加え、科学や科学者の行動も欧州連合の強力な原動力となり得ることを、確認する必要があったのです。


EuroScienceの先輩方からは、これが大きなモチベーションになったと聞いています。科学は本質的に国際的なものであるため、科学で欧州の価値を示し、欧州連合に貢献できることを示すための、欧州全域をカバーする組織を作りたかったのです。欧州を統合するには国境を突き破ることが重要で、科学はその目標に貢献できるとの確信がありました。これが、情熱的で献身的な人々の小さな集まりがEuroScienceの起ち上げた、1997年当時のビジョンでした。「志は大きく、スタートは小さく」というアプローチが成功へのカギであったことは、間違いないでしょう。EuroScienceは、ストックホルムで第1ESOF会議を主催した2004年に転機を迎えました。この会議は、科学や社会だけでなく、欧州における科学と科学者の役割にも焦点を当てた、欧州最大の学際的な科学会議となりました。それから15年以上が経った今も、ESOFは成長を続けており、科学と科学者と社会の共有領域で、素晴らしい対話の機会を提供しています。


インタビュー前半はここまでです。後半もお楽しみに!

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