人と初めて会って仕事をするとき、研究者で言えば共同研究を始めるときなどですが、まずは自己紹介をすると思います。皆さん、自己紹介は何をしゃべりますか? 相手に自分をどう思ってもらうか、認識してもらうかで、その後の展開が変わるかと思います。連載「研究者の思考さくご」第9回は、「自分の技術の形を知ること」をテーマに、効果的に物事を進めるためには自分の何を説明するのがいいのかについて、国立情報学研究所の宇野毅明(うの・たけあき)先生に考察していただきます。
今回は、分野とか専門性とかを超えた、あるいは役割分担をするような共同研究の話から始めます。筆者が研究している情報学の分野では、研究者の間で行われる共同研究がとても多く、他の分野とも、分野の中でも他の研究者とくっつきやすい、そういう分野です。みんながみんな共同研究をしているわけではありませんが、技術と技術を合わせて新しい技術を作ったり、ある問題を解決するために他の問題の知見や技術を使ったり、そんな研究の仕方をする人たちの間で共同研究が盛んです。
共同研究をする人たちは、相手の研究、技術や知見、価値観を知るのと同時に、自分自身が持つ技術や研究トピックの説明をします。もちろん、上手に説明できればそれに越したことはありません。研究にはいろいろな側面があるため、いろいろな説明の仕方があります。たとえば技術の研究であれば、原理、効果、工夫、今までとの違いなど、話すことはたくさんありますが、全部は説明せず、相手に必要なところ、今話している話題にとって本質的に関係するところだけ、端的に説明したいところです。長々と説明すると話が進みませんし、その後何かできそうか、課題や研究方法についてアイディアを発想する部分に早く進みたいものです。
その説明の際には多くの人が、自分の得意な分野や技術を挙げると思います。「●●について詳しいです」とか、「■■が得意です」とか、「機械学習による画像処理が得意です」といった感じですね。こういう簡単な説明をしていると、これがある種その人のキャラ付けになります。「機械学習による画像処理が得意な人」という感じで認知され、それを手がかりにして「この人とはこういう話ができそうだ」となり、他の研究者が話にきたりします。このように簡単に得意技が説明できれば、少なくとも、画像処理を研究で使っている人、これでビジネスをしたい人、あるいは画像処理の精度や速度を高める研究や画像処理の大型計算機での実装をしている人など、関係する人が声をかけやすくなりますし、反対に声をかけて研究に誘うこともしやすくなります。
とはいえ、若いうちはこれでいいのですが、経験を積むに従って、これだとだんだん物足りなくなってきます。様々な研究に触れ、議論をして、実践していくと、自分ができること、得意なことが単に「機械学習による画像処理」だけではなくなるからです。画像処理と言ってもいろいろあるので、「どういう画像処理なのか」、「画像処理の中でもモデル、計算、実装、応用など、どの部分に詳しいのか」といった面もあります。若い頃に使っていた、「こういう分野の研究が得意です」という説明は、記述が荒すぎて使えなくなってくるのです。説明する本人としても、せっかくいろいろできるようになって、自分の得意とするものが深まってきたのに、いつまでも同じトピックでしか見てもらえないのは残念という気持ちにもなってくるでしょう。
一方で、確立された研究者は、なんとなくですが、その人の研究の流儀のようなものが他の人に認識されているように思います。題目の設定の仕方、発想、着目点、研究の進め方、結論への持っていき方、成果の質、使う技術や技術の組合せ方、そういうところに「ああ、あの人の研究っぽいなあ」と思わせるようなものがあるように感じます。「その人の研究っぽさ」というものは、なかなか言葉では説明できないものなのですが、なんとなくわかるものです。つまり、言語化されていないのだけれど、なんとなく、その人の技術の良さ、筋、考え方、価値観、研究スタイル、そういうものがコミュニティの中の人たちの頭の中に入っている、認知されているのだと思います。逆に、「この人の研究」というものが認知されるようになることが、研究者として確立されることなのかもしれません。
そういう意味で、研究者にとって、自分がどういう研究スタイルなのか、何を研究していて、何が得意なのか、きちんと話せるようになるのは、難しいですが大事なことだと思います。これがスポーツ、例えば野球だったら、返球のスピードが速いとか、牽制球の駆け引きがうまいとか、ある程度単純に説明することができるでしょう。それは同じルールの中で、同じ目標を持っているからだと思います。企業や官公庁でも同じように、ある程度目標は共有されていて、それぞれ明確な役割やタスクのようなものがあるはずです。研究者より、自身の説明がしやすそうです。しかし、研究者はというと、各々が異なるゴールを持って、異なる価値観と流儀で、異なる研究をしています。「カオス」のような状況なので、自分のことをちゃんと説明できる力が重要だろうと思うわけです。
確立された研究者はやはり、こうした自分の説明が上手です。自分の研究の興味を話すときも、「宇宙の不思議が好き!」などとざっくりしたものではなく、「あの星の〇〇が△△で、そこのところの□□が・・・」のように、抽象的なのだけれどもちゃんと詳細が説明されます。おそらく、分野の標準の言葉、説明を使うのではなく、自分で編み出した自分の言葉を持っていることが、それを可能にしているのではないでしょうか。
研究者は、最初自分のことを「●●の分野の研究者」と言うことが多いように思います。「●●の分野の一員」ということで、最初に分野やその分野の言葉があり、大勢の中のひとりとしてそこに自分が入ったという認識ですね。それが研究者として成長していくと、やっていること、考えていることに自分の流儀ができてきて、あらかじめある言葉では表現できなくなります。そのため、自分の流儀を説明するために自分の言葉を用意します。今度は自分が先にあり、それを説明する言葉を後から考える感じになり、順番が逆転するわけですね。こういうのが研究者の成長のひとつの形かと思います。自分を説明する言葉を作ること、これはけっこうしんどい作業なのですが、こうしたことを頑張って乗り越えるからこそ、自分の世界が広がり、確立されていくだろうと思います。