皆さんはテレビや街頭で政治家が話しているのを聞いて、どんなことを感じますか? 「その意見には賛成できる」「その意見はけしからん」など、いろいろと思うところがあると思いますが、国立情報学研究所の宇野毅明(うの・たけあき)先生は政治家と話した際、質問をしても何も答えてくれないことが多いように思ったそうです。連載「研究者の思考さくご」第8回は、「意見を言わないという戦略」をテーマに、政治家の発言から見える意図について、宇野先生に考察していただきます。
最近、政治家の方とお話をする機会が何回かありました。AIのことやらChatGPTのことやら、情報技術が産業と社会に与える影響が大きいので、政治家としてはいろいろと話を聞いておかなければいけないのではないでしょうか。そこで研究者とも話す機会があるわけです。ところで、私も含め研究者はだいたいのところ議論が好きだと思います。何か言われたら言い返さないと気が済まないというか、何に関しても意見や考えがある、あるいはすぐに考えて意見が出てくる、筆者の周りにもそういうタイプが多いと思います。もちろん私も意見を言ったり議論したりするのは好きです。そもそも研究者はある種、論文という媒体を使って自分の意見を言う仕事だとも思っています。
そんなわけで筆者も、政治家の方と会うときはいろいろと意見も言いますし、逆に意見も聞きます。せっかく来たのだから、何か情報を得て帰りたいですからね。でも、政治家の方々に「これ、どう思いますか?」と聞いても、何も答えてくれないことが多いように思います。答えないというよりも、話題を変えたり、すごく普通のことを言ったりする感じでしょうか。こちらがいろいろと話しているのに紳士的でないなあ、と思ったりもするのですが、よくよく考えてみると、実はこういう態度を取ることが政治家にとってとても大事なことかもしれない、と思うに至りました。
たとえば、ある政治家が「AはBであるべき」という意見を発信したとしましょう。同じ意見を持っている人は「その通り」と思います。ただし、自分にとってはその意見(AはBであるべき)は当たり前なので、それでその政治家への好感度が大きく上がるかといえば、そんなことはないでしょう。「この人普通だね」くらいの感じだと思います。一方で、「AがBであってはならない」と逆の意見を持っている人を考えましょう。その人からすると、自分と反対の意見を言う政治家のことを、「あいつはけしからんやつだ」と思うのではないでしょうか。政治家は、みんなから好かれることが大事です。つまり、政治家がなにか意見を言うと、メリットは少なく、デメリットは大きい、ということが多くなりそうです。結果、意見を言わないということが政治家としてベストの選択となる場合が多くなりそうです。特に、自分の思い入れがないものであれば、そうなりますよね。ということは、筆者は政治家が発言するとデメリットばかりのことを質問していたということで、大変失礼いたしました。
では同じような着眼点で、今度は逆に、政治家が意見を言うのにメリットがあるのはどういう状況かと考えてみましょう。まずは、ほとんどの人が意見に賛成してくれる場合。つまり、目立たなくて保守的な意見か、あるいは倫理的・社会的に正しい意見です。次は、ほとんどではないけど多くの人が強く賛成してくれるもの。「ゴミの分別をしましょう」のように有権者が何かやらなければいけないものではなく、減税とか、教育改革とか、そういうことですね。「与党を批判する」も昔は大きかったと思うのですが、最近は感情的に強く賛成してくれる人が減っているようにも思えます。あとは、反対の意見の人が怒らないものでしょうか。「国民は皆困っています」という意見に対して、そう思わない人は「いやいや、困っていない人もたくさんいるし」と感じるかもしれませんが、「あいつはけしからん」とはならないでしょう。困り事、リスク、難しさ、そういうものに関する意見は怒られにくいように思います。あとは、賛成でも反対でもどっちでもいい、どうでもいいようなことでしょうか。
政治家の発言を聞くとき、発言内容ではなく、その意見がどの方向で安全、あるいはメリットがあるかを判断するようにすれば、少なくとも、その政治家にとって最重要ではない話題はどれか、どの話題にリスクを感じているか、といったことがわかるかもしれないなあ、と思いました。