研究リソースが2倍になれば成果も2倍になるのか!? 〜研究者の思考さくご (6)

研究リソースが2倍になれば成果も2倍になるのか!? 〜研究者の思考さくご (6)

最近、日本の研究者の研究時間の不足がニュースなどでも取り上げられており、研究時間が不足しているがゆえに日本の研究力が低下しているとの声もあります。では不足している研究リソースが増加すれば、それと比例して成果も上がるのでしょうか? 情報学、アルゴリズム理論やデータマイニングの研究をしている国立情報学研究所の宇野毅明(うの・たけあき)先生による連載「研究者の思考さくご」第6回は、「研究リソースが2倍になれば成果も2倍になるのか!?」をテーマに、研究リソースの不足について考察していただきました。

宇野 毅明
国立情報学研究所(NII) 情報学プリンシプル研究系 教授

アルゴリズム理論、特に列挙・データマイニング・最適化の研究が専門。コンピュータ科学の実社会における最適化に関心を持ち、自治体、企業、多分野の研究者との様々なコラボレーションを行っている。東京・神田にあるサテライト研究ラボ、「神田ラボ」を主催。情報学だけでなく文学、哲学、歴史学など人文社会学系を含めた国内外の研究者が集まり、日々、技術と社会の狭間で起きる現象について議論を重ねている。議論における俯瞰力と問題設定力を鍛える道場、「未来研究トーク」共同主催者。

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このところ、研究者、特に大学の研究者の、研究時間の絶対的な不足が大きな問題として認識されるようになってきました。テレビの番組で言及されたり、記事になったりしていますし、大学の問題点のひとつとして取り上げられることも多くなりました。原因としては、大学での教育コストが増大したことや、研究に関してもコストが上がったことなどが挙げられています。

例えば、昔の大学ではけっこう授業の休講がありましたが、今はきちんと補講をしますし、引きこもり気味の学生がいると、電話をかけて様子を聞くなど、教育がとても丁寧になっています。また、ハラスメント、ガバナンス、研究倫理など、昔はあまり組織的に扱わなかったことを扱うようになったため、以前よりもやること、書類や会議も増えました。この他にも、オープンキャンパスや市民講座、出前授業といったことをするようになったり、社会人向けの授業をするようになったりと、大学の活動が多角化していることも研究者の時間不足の原因に挙げられます。

やることがこれだけ増えたのに人が増えなければ、それは忙しくなるというものでしょう。研究活動に関しては、インターネットの発達で調査や打合せが楽になった一方で、データ管理、研究倫理など、気にすること、やることも増えています。研究は「時間があるだけがんばる」という側面もあるので、時間ができればそれだけ高いレベルで仕事をする面もあるでしょう。

研究時間がないと研究ができないのは当然なので、「時間を増やせ」、「予算を増やせ」、「人を増やせ」と文句を言いたくなるのですが、おそらくそれは現実的ではないでしょう。「無駄を減らす方法」や「時間を増やす方法」などを考えると、どうしても物事を”必要なもの”と”不要なもの”に分けるなど白黒を付けたり個別具体の話になってしまいます。こういうことは個別の組織、研究者に任せたいところです。そもそも、こんなに皆さん頑張って時短を目指しているのですから、そう簡単にいい方法が見つかるものではないでしょう。そこで、研究リソースの何がどう不足しているのか、もう少し考えたいというのが今回の話です。

研究リソースが2倍になれば成果も2倍になるのか!? 〜研究者の思考さくご (6)

最近、筆者が研究者に会うと聞いてみる質問があります。それは「全てのリソースが2倍になったら研究成果は2倍になりますか?」というものです。リソースとは、時間、予算、資料、人のつながりや、本人の気力・体力など全てを含みます。原理的には、成果は2倍出るはずです。なおかつ、予算が増えると研究員が雇用でき、リソースがフル活用できるといったことも起こるかもしれないので、2倍を超えてもおかしくないわけです。

ところが、この質問に「2倍にはならない」と答える人がけっこういます。これはなぜでしょう? 成果を倍にするには、何か研究リソースではないもの、あるいは自分では気がついていないリソースが研究には必要だということなのでしょうか。もしかすると、リソース以外のものが問題となっている可能性もあります。

そこで、「何が足りないのですか?」と聞くと、「時間が足りない」とか、「考える時間がない」といった返事が返ってきます。では、「その考える時間も2倍になったら?」と改めて聞くと、「うーん」と答えに詰まってしまいます。それでも、あれこれしつこく聞くと、意外なことに「いい成果が出る研究の道筋がない」、「次にやるべきタスクの計画を立てにくい」といった、リソースの量とは直接関係がない結論に落ち着くのです。

この結論を、少し想像を働かせて抽象化し、ひとつの言葉に置き換えると、研究者の根源的な悩みは、実は時間やお金のような物理的なものではなく、「アイディア不足」なのではないかと思っています。研究アイディアに余剰があれば、その中から良いものを選べるので、成果を望める研究ができます。多角的なアイディアがあれば、研究の方法、価値付けの仕方なども、その中から良いものを選べるでしょう。研究のいろいろな側面について多くのアイディアがあれば、こういったタスクの設計や価値付けは容易になるはずです。逆に、こういったアイディアが不足していて、限られたアイディア、価値の中で研究の計画やプロモーションを考えると苦しくなると思います。つまり、あまり世の中で認識されていませんが、「研究のアイディア」は大きなリソースであり、かつ不足することが往々にしてあるものということなのではないでしょうか。

研究リソースが2倍になれば成果も2倍になるのか!? 〜研究者の思考さくご (6)

アイディアが不足していれば、いくら現在議論されているような研究リソースが確保されていたとしても、研究は進まないかもしれません。逆にアイディアを増やすことができれば、現在の研究リソースでももう少し研究を進められるのではないでしょうか。これが今回の私の主張です。

ならば、どうしたら研究者のアイディア不足は解消されるのでしょうか?

アイディア不足に対しては、施策が簡単にはできません。時間や予算なら物理的に増やすことが可能ですが、「アイディアを増やす方法」というのは今のところ、確実なものはないのです。間接的に攻めるか、あるいは環境を整えるしかないでしょう。

間接的に攻める方法としては、「新しい分野や最新の研究を勉強する」、「他の人の講演を聞く」、「集中して考える」、「仲間とブレインストーミングする」など、いろいろと方法があります。ただし、これらの方法で知識は増えるのですが、なかなか「新しい考え方」を増やすことはできません。一生懸命新しい技術や分野を勉強しても、では新しいアイディアが続々と出てくるかというと、そうでもないのです。新しいアイディアとは、自分の考え方の中にないものを生み出すことなので、それを自分ひとりで考え出すのはなかなか難しいでしょう。

ならば、どうしたら自分の中に「新しい考え方」を増やすことができるのでしょうか?

私が提案する解決策は、異分野の研究者との「深い議論」です。これが、今の日本で研究者に一番不足していることだと感じています。異分野の人の話を講演などで聴く機会はけっこうあるのですが、聴くだけでは勉強するのと変わりません。議論であれば、自分が考えること、思うことを話し、それに対して相手が自身の考え方を話すことで、相手の「考え方」を知ることができますし、自分の考え方との差異もわかります。こうやって自分の中に他の分野の研究者の考え方を血肉として取り込み、増やすことができれば、アイディアの発想もしやすくなるはずです。しかし、今も昔もそうだとは思うのですが、なかなか異分野の研究者と深く話す機会はありません。私はそこが、ぽっかりと開いた未開拓ゾーンであり、本質的なリソース=アイディアを膨らますための解決策だと思うのです。


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この記事を書いた人

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