皆さんの周りには、他人の研究を自分の研究のようにスラスラと上手に紹介する人はいませんか? この「他人の研究を紹介する」ということ、国立情報学研究所の宇野毅明(うの・たけあき)先生は、そうとう難易度の高い、レベルの高い作業だと感じているそうです。連載「研究者の思考さくご」第11回は、「人の研究を紹介できたら一流」をテーマに、他人の研究を上手に紹介するにはどんな能力が必要なのか、宇野先生に考察していただきます。
ときどき、他人の研究を上手に紹介する人がいます。飲み会で、熱く紹介しているのをよく聞いたりしますが、あたかも自分の研究の様にスラスラと、ときに本人が話さないようなこと、オリジナルの視点や見立てなどを入れてきます。「ここがおもしろいんですよ、実は」とか、「ここが将来こっちに伸びると思うんですよね」とか、本人は一回も言ったことがないようなことまで入れ込んできます。他人の研究をそんな勝手に脚色しちゃって失礼じゃないかとなりそうなのですが、こういう人の「他人の研究紹介」は実におもしろいのです。知り合いの研究者は、「研究室の中に、ときどき、その研究室で行われている研究を全部ちゃんと説明できる学生がいる。そういう学生は、だいたいとても優秀なので、リクルーティングするならそういう学生がいいですよ」と言っています。あまり着目されることがありませんが、「他人の研究を紹介する力」は、研究者の能力の現れなのかもしれません。そして、他人の研究の紹介は、実のところ、「他人の研究をしっかり理解する」以上のものが求められるので、難しいことなのだと思っています。
「いい研究には世界観がある」という言葉があります。単に実験結果や発見を他人に伝えるだけでなく、この研究にはどういう価値があって、どういう位置づけなのか。そもそも分野はこういうもので、何が大事で、どういう流れで、どういう思想で、最終的に何が達成されるといいのか。そういうものをひっくるめて「世界観」と呼んでいます。「ストーリー」という言い方をすることもありますが、ストーリーは世界観よりも少し狭い範囲の概念を表しているように思えます。リサーチクエスチョンや、研究の意義、構想、この研究を着想するに至った経緯なども、世界観の中の一面でしょうか。他人の研究の紹介が上手な研究者は、この世界観、他人の研究のある世界観を説明するのが上手なのだと思います。そもそも、実験結果とか調査結果とか、そういう具体的なものを全部覚えるのは無理なので、研究の概略と世界観の部分を説明するしかないんですけどね。
他人の世界観、他人の研究の世界観を理解するのは、簡単なことではありません。何しろ普通に研究発表を見ている限りは、ほとんどの部分は研究の方法や結果などであり、世界観の記述は少ないですし、そもそも、価値観やおもしろみなど、言語化しにくい部分も多いのです。他人の研究の世界観を紹介すると言っても、その研究の世界観をきちんと説明してもらうことなどあまりないでしょうし、そもそも全部説明するなんてとても無理でしょう。そうなると、説明してもらって理解できている、あるいは全部は理解できてないけれど説明するには十分である、というような感じなのでしょうか。
とすると、この人達は、一部だけ世界観の情報を得て、そこから必要なものを補完している、あるいは創造しているということになります。適当に補完してのでは、「あんた何を言ってんだい」ということになりかねませんので、ある程度もっともらしく補完できているということです。これはひょっとしたら、自分の世界観を作ることより難しいかもしれません。他人が見てもっともらしいものが補完できる、そういうものが作れるようになるためには、「世の中の世界観はこういうものがある」、「価値観や興味、研究のゴールにはこういうものがある」というように、いろいろなことを把握、俯瞰できている必要あります。さらに、「この価値観だとこういうゴールになりやすい」、「この研究の仕方だったら、こういうディシプリンなんだろう」というような関係性も理解している必要があります。自分の世界観だけ作るのに比べると、世の中の研究全体のことについてある程度理解している必要があります。つまり、そうとう難易度の高い、レベルの高い作業だということです。
最初の話に戻すと、こういうことだから、人の研究を話すときに、本人から聞いていないこと、本人も考えていない、気がついていないようなことまで話すのでしょうね。そして、世界観の話や見立ての話はおもしろく、「これぞ研究の議論だなあ」という気持ちになります。抽象的な、目に見えない話だからこそ、聞く人の性格や知識に合わせて、一生懸命たとえや言い換えを使って伝わるように工夫して話す。そういう技巧が凝らされているところも、こういう話のおもしろいところではないでしょうか。他人の研究をおもしろく、意義深く、説明すること、研究者にとっては自身を鍛える良い訓練になるのではないかと思います。