「東洋医学の視点からの『当たり前』も、きちんと証明しないことには エビデンスとして確立しない」出野智史先生(慶應義塾大学医学部麻酔学教室 助教(研究奨励)・北里大学北里生命科学研究所和漢薬物学研究室 講座研究員)

慶應義塾大学医学部麻酔学教室の出野智史先生にインタビューをさせていただきました。ただ病気を治すのではなく、「感染症を防ぐ・未病を治す」といった観点から、学生時代から学んでこられた東洋医学を麻酔科学の領域に活かすユニークな研究をされています。日本独自の文化である「漢方」の研究論文をアメリカのジャーナルに投稿するにあたり、査読者と何度でもやり取りのできるプレミアム英文校正プラスをご活用いただいています。

※聞き手 近田レイラ(カクタスコミュニケーションズ株式会社) インタビュー実施日:2018年8月28日
(以下、本文敬称略/肩書、ご所属はインタビュー当時のものです)
目次

世界初の麻酔手術は江戸時代の日本人医師。麻酔と漢方は実は大いに関係があります。

――― 宜しくお願い致します。まず先生の研究内容についてお聞かせいただけますか?

(出野) 私は麻酔科医ですが、学生のころから漢方の勉強をしています。漢方は日本独自の文化の中で発展してきた医学で、すごく良いものなので世界に発信したいと考えて研究をしてきました。少し詳しく話すと、漢方薬を使った感染症の予防戦略を研究しています。ようやく成果が出たので、今アメリカの雑誌に英語論文を投稿しています。

―――今回先生の専門分野が麻酔学と東洋医学とお聞きしていて、その2つがどのように関連してるのかが分からなかったのでお話しいただけますか。

(出野) 皆さんそうおっしゃいますね。麻酔と漢方って一見関係なさそうに見えるのですが、実は大いに関係があるんです。世界で最初に全身麻酔下手術を行ったのは華岡青洲という江戸時代の医師なのですが、彼は漢方薬を使って麻酔をかけていたんです。世界的にはウイリアム・モートンがエーテルを使って吸入麻酔をかけたのが世界初ということになっているんですけども、実はその約40年前に華岡青洲がこういう業績を残しているんですね。華岡青洲の流れをひく日本の麻酔科医が、東洋医学を用いて麻酔科関連領域の問題を解決することができれば、正当に評価されていない彼の業績に光を当てることができるんじゃないかと。そう思って研究をしています。

―――そうなんですね。興味深いお話ですね。

(出野) 今はどんどん医学が発達して、今までできなかった病気の治療ができるようになったんですけど、昔だと手術に耐えられないと思われていた患者さんにも手術をしなくちゃいけないんですね。元々の状態が悪い患者さんの場合、せっかく手術をすることができても、その後に肺炎のような合併症を起こして、なかなか元の生活に戻れないことがあります。なので、私はあらかじめ漢方薬で弱りそうなところを補強しておけば、そうした有害事象を防げるんじゃないかと考えたんです。東洋医学の世界では、既になった病気を治す医者は2流3流とされ、予め患者の体質を把握して健康指導することで病気にならないようにする医者が1流だと言われています。「悪いものを見つけて取り除く」、感染症の場合だと「病原菌を死滅させる」という西洋医学の視点からは、なかなかこういう発想は出てこないです。

―――手術や麻酔で発生してしまう合併症を防ぐのに漢方を使うということですね。

(出野) はい。なかでも肺炎は集中治療や麻酔といった急性期医療では大きな問題になっているんです。重症患者の治療では、人工呼吸のために喉の奥の気管までチューブを入れるので、肺炎を起こしやすいんです。私はマウスを使って、肺炎を起こす前から予防的に漢方薬を飲ませておくとどうなるかという実験を行いました。その結果、半分ぐらい死んでしまうものが死ななくなったりとか、肺の中の菌の数が減ったりとか、炎症の度合いが軽減されたりとか、かなりの効果があったんですね。つまり、漢方を飲ませておくことによって肺炎を防ぐことができたんです。

漢方の病態が意味するところを、現代医学の言葉に翻訳していきたい

―――どのようなきっかけで漢方を麻酔に活かそうというお考えに?

(出野) 漢方薬のような伝統医薬を(西洋医学の)医者が使えるのは世界で日本だけなんです。台湾や中国、韓国は、伝統医学と西洋医学の医師免許が分かれています。それなら漢方を武器にしてみようかと思ったんですね。日本には漢方を専門とする医師はいるんですが、私のように急性期をメインに漢方を使っていこうという発想をしている人はあまりいません。そうした発想は、アメリカやヨーロッパにもないものなので、新規性もあるだろうと考えました。医者として働きながら研究する場合、臨床も研究のどちらも片手間になってしまうことが多々あるので、中途半端なことをやっても大変なだけで成果が得られないかなと思いました。やるからにはエベレストのトップまでは行けなくても、チョモランマの麓くらいには、日本だと富士山の山頂には行きたいと思って、ニッチな「急性期病態における伝統医学」という領域を専門としました。

実は、漢方薬の研究成果をアメリカやヨーロッパの学会で発表すると聴衆の食いつきがとても良くて質問がいっぱい出てくるんです。ただ、漢方を世界的に普及させるためには、「アメリカやヨーロッパでは漢方薬が医薬品として使えない」ということをどう解決していくかが課題ですね。

―――海外での実現にはハードルがあるのでしょうか?

(出野) 新たな薬の開発では薬効成分を同定して、人での治験を経て初めて薬として承認されます。漢方薬は複数の生薬をぐつぐつ煮出して作るので、何百種類もの色々な成分が含まれています。それがトータルで効いて、体のバランスを整えると考えるんですけど、そういう概念が彼らにはないのでなかなか難しい。ただ、手術後の腸管麻痺の治療に使う大建中湯という漢方薬の治験が、今アメリカで進んでいます。なので、今使えないからと言って、将来的にも絶対に無理だというわけではないと思っています。

漢方薬を批判する人は、漢方は現代医学的なエビデンス(科学的な証拠)がないから認められないっておっしゃいます。それはごもっともなんですが、3,000年前から使われてきて現代に残っている漢方薬は、効かないものはとっくに淘汰されてきているんですよ。私は、漢方の病態が意味するところを、現代医学の言葉に翻訳していきたいんです。「そういうことなら漢方は効きそうだから、じゃあひとつ使ってみようか」っていう医師が増えれば、その恩恵を受ける患者さんが増えてくるんじゃないかと思っています。

―――日本だけが西洋医学の医師も漢方を扱うことができるって先ほどおっしゃってましたけど、それはなぜでしょうか?

(出野)日本人は寛容なところがあって、外国文化をうまく自分たちの文化に取り込んで行くのだと思います。漢方も西洋医学も元々は外来の医学です。日本の医学史の中では漢方が衰退した時期もありましたが、今はうまいこと融合してきているように思います。東洋医学の概念を西洋医学の言葉にうまく翻訳することができれば、漢方を誰でも使えるっていう日本の強みをもっと活かせるはずです。

―――日本のこの制度をもっと有効活用するべきだということですね。

(出野)伝統医学に取り組んでいる先生は概して、伝統医学の学問理論をすごく大事にするので、保守的な面があります。確かに古典から学ぶことは多いのですが、それだけに固執すると学問としての発展性がないと思うんです。私は東洋医学の理論で記載される病態を現代医学に当てはめると何に該当するのかということを考えています。例えば、3,000年前には手術なんてなかったわけです。だから手術の病態を東洋医学の人が見たらどういうふうに捉えるのか。私は麻酔の仕事で、患者さんのお腹が開いてるところだとか、心臓手術で心臓が止まってるところも見ているので、どのような生体反応が生じるか実感をもって捉えることができます。東洋医学でいうところのこうした病態とmatchするんじゃないかというように。その病態把握さえ間違えなければ、漢方には膨大な歴史の中で、それぞれの病態に対して効く薬が準備されているわけです。私は現代の技術を使ってその効果を証明してるだけなんです。ただ、東洋医学の視点からの「当たり前」も、きちんと証明しないことにはエビデンスとして確立しない。だから、やる。私はそういう風に思っています。

自分の趣味•生きがいは、「人が健康でいることとはどういうことか」

―――非常におもしろい、興味深いです。ありがとうございます。漢方に最初に興味を持たれたのは学生の頃ですか?

(出野) 医学部の4年生のときに自主学習科目がありまして、好きな領域の勉強ができる期間が与えられるんです。私は人と同じことやってもおもしろくないなと思って、漢方生薬(薬草)を教えている大倉多美子先生の講義を受講したんです。大倉先生が東洋医学の基本的な考え方や生薬に関して教えてくださいました。講義の間には、漢方薬を煎じて皆で味見をしたり、とても楽しい時間でした。あと、私は当時、医学部の実習が結構忙しかったりして体調を崩してしまったんですけど、漢方臨床の講義を担当されていた福澤素子先生(漢方専門医)に自分に合う漢方薬を処方してもらい、その効果を実感しました。これも漢方に興味を抱いた理由の一つです。

―――ご自身が健康になったのがきっかけなんですね。

(出野) そうですね。漢方を診療に積極的に取り入れている医師は自分で効き目を実感したっていう方がほとんどではないでしょうか。ただ最初から東洋医学を専門とするのは、西洋医学の診療ができないからこっちに逃げたって思われるのも嫌なので、ある程度西洋医学の分野で認められて初めて自分の色を出そうと思いました。

―――まさに年月を経て、興味のあった分野の研究をされているということですね。

(出野) はい。医学部の勉強って、要は病気のことばっかり勉強するんですよ。よく冗談で言われるのが、「病気になってくれれば治せるけど病気じゃないから体が不調でも治せません」っていうようなことがよくあって、でもそれじゃあ駄目だと思います。私の仕事は病気を治すことですが、自分の趣味•生きがいは、「人が健康でいることとはどういうことか」を追究したいと思っています。漢方の他にも薬膳の勉強やアロマの資格を取得したり、温泉が好きで、日本各地の温泉とか銭湯とかを巡ったりしています。

返ってきた校正原稿には積極的にフィードバックを出しています

―――先生は2013年からエディテージをお使いいただいていますが、最初に知っていただいたきっかけは覚えていらっしゃいますか?

(出野) 英文校正が必要になったときにネット検索していろいろ見比べてエディテージさんを選んだ記憶があります。最初は英語ができる先生と英語論文をお互い直し合ってたんですけど、その時間をもっと自分たちのディスカッションに充てたいよね、という話になりました。そこで英文校正を1回使ってみたらすごくよかったので、それからは割引が適応されるという研究チームをつくって、投稿用論文や学会抄録をガンガン依頼しているという感じです。

―――エディテージ研究室向けグループアカウントですね。ご活用いただいていて嬉しいです。逆に、なにかお困りのことはありますか?

(出野) 困ってることはないですけど、英文を校正してくださるネイティブの方によって英文の色が出ますよね、多少。自分とフィットするときもあるし、そうじゃないときもあったりするっていう声は聞きますね。でもそればっかりは結構難しいし、大事なのは専門分野のことをキチンと分かっている方かどうかだと思うので、英文校正者は特に指定していません。英文校閲で返ってきた文章を読んで、自分の言いたいことと違う、ちょっとニュアンスが違うっていうときには、「ここの部分は実は私はこういうふうに言いたいんだけど」という風にやり取りをしています。こうしたやり取りがエディテージさんではできるので、私は問題ないかと思います。

―――著者の先生にそうやって校正者に積極的に働きかけてやり取りをしていただいていただけるのはありがたいです。

(出野) そうですね。最初にも言ったように自分たちのアイデアとか考えていることに はある程度自信があるんです。ただ、それをいかに有効に伝えるかってところにエディテージさんのお力をお借りしたいと思っています。返ってきた校正原稿を鵜呑みにするのではなく、自分たちでも読ませてもらって、意図が伝わってないところとか、思っていたのと違う形で返ってきたときには、フィードバックを出しています。それには忠実に対応してもらえていますので、私だけじゃなくて研究チームのメンバーもエディテージさんの英文校正の質に概ね満足していると思います。

―――ご指摘やフィードバックを出し続けていただくとこちらも成長できます。

(出野) あと、論文投稿や学会抄録には締め切りがあるので、英文校正の依頼を出したときに校正原稿の納期が分かるのはすごくいいですね。直したものをまた共著者の先生に意見をもらってということを繰り返さなきゃいけないですからね。発注してから1時間後ぐらいには、校正原稿がいつまでに届きますって通知があるので、スケジュールが立てやすいです。ぜひ、この仕組みは続けていただきたいです。

―――昨年リニューアルして追加された、フォーマット調整の無制限オプションはご利用いただいていますか?

(出野) はい。論文投稿では1回でうまくいくことなんてほとんどないですし、同じジャーナル内の審査でも、最低でも2、3回やり取りがあるので。フォーマットや英語の問題でエディターを煩わせると、内容は良くても心証が悪くなってしまうと思います。私たちも審査する側にまわることもあるので分かるんですよ。そういう形式的な部分がいい加減だと中身もいい加減に見えてしまうんです。投稿先のジャーナルを変えても、追加や修正があっても、エディテージさんと組んだら最後までつき合ってもらえるのはすごく安心です。

―――出野先生は今回初めてプレミアム英文校正プラス*をお使いいただいたようですね。*2018年12月にプレミアム英文校正に統合されました。

(出野) 漢方という日本独自の医学についてアメリカ人にも分かってもらうように英語論文を書くのは相当苦労するだろうと思いました。投稿先の雑誌はそれなりにレベルが高いジャーナルでして、かなり突っ込んだやり取りを何回もすることが想定されましたので、プレミアム英文校正プラスを使おうかなと思いました。査読コメントへの返答時に、言葉の問題で相手に自分たちの意図が伝わらず審査がうまくいかないと嫌だなと思ったので。日本は元々がディスカッションの文化じゃないので、相手の言っていることにAgreeとか、Disagreeだけどもこういう理由だとか、そういう西洋のディベートやディスカッションの考え方が土台となる文章の展開に不慣れなところがあるように思います。言いたいことはあるし、その根拠も揃えているんだけども、それを効果的に相手に伝えきれていないかなっていうのは、海外学会の発表などで実感しています。なので、そこをクリアできれば、論文の良さがもっと伝えられると思います。

理念や研究に賛同してくれる人を残せれば、0から1にこの分野を持ち上げた甲斐がある

―――医師の先生方によって、論文を書くことへのモチベーションって本当にさまざまだと思うんですけれども、出野先生の場合はいかがですか?

(出野) 自分が好きでやっていることを発信することで、世の中や患者さんに還元できればそれが喜びかなと思います。もう1つは、私は人を育てたいと思っています。いくらいい仕事をしてもそれを継承してくれる人がいなかったらそこで終わってしまうんですよね。漢方も3,000年前の医師がいろいろと開発した薬剤や考え方をお弟子さんたちが引き継いできて、本にまとめたりしたからこそ現代医療に使うことができています。私としては研究をして世の中に発表したいって思っていますけど、それで名を残したいとか何かパテントとか特許がほしいとかそういうことではないんです。私の理念や研究に賛同してくれる人を残したいと思っています。そうした継承ができれば、0から1にこの分野を持ち上げた甲斐があると思うんです。月並みな表現で恐縮ですが、「三流はお金を残す、二流は名を残す、一流は人を残す」と言われますが、その一流に私はなりたいと。それを目指して頑張っていきたいなと思っています。

―――最後に、お仕事をする上で大事にしていること、理念などを教えていただけますか?

(出野) 私は「人」そして「ご縁」を大事にしたいと思っています。今の自分があるのも人のおかげ。何かをしようとしたときには、自分自身が頑張った上で、師や仲間、家族、周囲の助けがなければできないんです。ある先生に学生の頃からお世話になってきて私は恩を感じていたので、その気持ちをお伝えしたんですけど、その先生は「恩は感じなくていいから縁を感じてください」とおっしゃったんです。恩というのはそれをくれた人に返すものではなくて、それをほかの人に回していくことで世の中が回っていくから、その縁というものを大事にしなさいと。その言葉が深く心に残っています。今回のインタビューでも、研究の話を聞いてくださるというオファーでしたので、何かのご縁と思い、お引き受けした次第です。今日はお話できてよかったなと思います。

貴重なお話、本当にありがとうございました。

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この記事を書いた人

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