今年度のRA協議会第10回年次大会では、東京科学大学の主任URA、原田隆氏を座長に「待ったなし!2025即時OA対応に大学、そしてURAは今後何ができるのか」というテーマで、パネルディスカッションが開催されました。
「公的資金によって生み出された論文や研究データ等の研究成果は国民に広く還元されるべきものである」という考えから、2024年2月に内閣府の統合イノベーション推進会議より「学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた基本方針」が公表されました。公的資金による助成を受けた学術論文等(2025年度新規公募分より)は即時オープンアクセス(OA)を義務化するというものです。
セッションは、研究者の現状認識および声、政策の背景を踏まえて、大学そしてURAは「学術論文等の即時オープンアクセスの実現」に対してどのように貢献できるかを議論することを目的に実施され、林和弘氏(文部科学省 科学技術・学術政策研究所)、天野絵里子氏(京都大学)、湯浅誠氏(カクタス・コミュニケーションズ株式会社)の3名による発表と、会場に集った全国のURAの皆様とディスカッションが行なわれました。この記事では、その発表と議論のポイントをダイジェストでお伝えします。
このレポートは、リサーチアドミニストレーション協議会(RA協議会)第10回年次大会セッション「待ったなし!2025即時OA対応に大学、そしてURAは今後何ができるのか」(2024年10月17日、沖縄科学技術大学院大学)における発表およびディスカッションをまとめたものです。 公式サイトの情報はこちらから
大学やURAに求められる即時オープンアクセス化とは
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原田 隆
東京科学大学 主任URA
プロフィール
産総研特別研究員、NEDOフェロー、筑波大学アシスタント・コーディネーター、福井大学URA、東京工業大学(現東京科学大学)特任助教を経て2017年6月より研究・産学連携本部 プロジェクト推進部門URA(情報理工学院担当)。2020年4月、情報理工学院に所属変更。2020年9月、主任URAに昇進。現在はJST共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)のポストアワード業務を担当。
ウェブサイト
座長の東京科学大学の原田です。本セッションのテーマは「待ったなし!2025即時OA対応に大学、そしてURAは今後何ができるのか」です。今回のセッションでは、2025年からのオープンアクセス義務化に向けて、研究者や関係者がどのように対応すべきかについて皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
オープンアクセスの基本的な定義は、「誰でも無料で自由にアクセスでき、内容の改変や再利用が可能」であることです。しかし、実際の運用では制限がかかる場合もあります。日本では、2025年から採択された研究に関連する学術論文やデータがオープンアクセスの対象となりますが、すべての研究データが対象になるわけではなく、公開が求められるのはあくまで透明性が求められる研究データに限られます。査読付き電子ジャーナルが対象であり、紙媒体のものは含まれません。
セッションでは、オープンアクセスの実施に向けた準備と、その義務化がなぜ必要かについて触れていきます。義務化という言葉が強調される理由は、研究データの共有と透明性を高め、学術コミュニケーションをよりオープンにするためです。オープンアクセスを実現するための具体的な手順としては、内閣府のホームページを頻繁にチェックすることが推奨されます。UIを整えた上で公開すればオープンアクセスとみなされること、著作権やクリエイティブコモンズの利用についても確認する必要があることなどが記載されていますが、更新が早く重要な情報が変わることも多いため、定期的に確認することが大切です。
まずは湯浅さんから「即時オープンアクセス義務化に対する研究者の意識調査」の結果を発表していただき、後半はオープンアクセスに関する研究者の現状と、URAの役割についても詳しく説明していきます。林さんが疑問を解決する形で解説し、天野さんがURAの役割や注意すべき点を説明してくれるので、参加者はしっかりと理解を深めることができるでしょう。セッション終了後には、皆さんが自信を持ってオープンアクセスに取り組めるようになることが確約されていますので、安心して参加してください。
-原田氏の発表スライド-
即時オープンアクセス義務化に関する研究者の意識調査
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湯浅 誠
カクタス・コミュニケーションズ株式会社 代表取締役
大学卒業後に渡英した後、2003年にインド・ムンバイが本社のCactus Communicationsで就業。2007年の日本法人設立に携わり2012年より同法人代表を務める。2022年より韓国現地法人のマーケティングも統括。
カクタス・コミュニケーションズのウェブサイト
Twitter
カクタス・コミュニケーションズは、大学や研究機関をサポートしている会社です。私たちのサービスには、英文校正・翻訳の「Editage」があり、英語論文を書いている研究者の方々を中心に日本国内では約8万人の顧客を有しています。今日お話しする調査結果は、英語論文を書く方々を対象に、オープンアクセス義務化に関する意識調査を行ったものです。この調査はオンラインで1012名から回答を得ました。回答数は予想以上に早く集まり、調査終了後には多くのデータが得られました。
⇒エディテージ「即時オープンアクセス義務化に対する研究者意識調査」結果はこちら
調査対象者の属性としては、医学系が多かったものの、国立・私立を問わず、さまざまな分野の方々からの回答がありました。調査の結果、71%の方が義務化について知らないと答え、即時オープンアクセス義務化について知っている方は少ないという結果が得られました。人文社会学系では認識している方が比較的多い一方で、その他の分野では認識が低いことがわかりました。義務化について知っている方々に対して、どのように知ったかを尋ねると、最も多かったのはソーシャルメディアや学協会からの情報でした。
次に、論文の投稿について尋ねたところ、過去1年間に論文を1本も投稿しなかった人が38%に達しており、特に人文・社会系の方々ではこの割合が高いことがわかりました。論文を投稿した理由としては、「より多くの人に知ってもらいたい」「研究を社会に還元したい」といった意識の高さが伺えました。
即時オープンアクセス義務化に関連しては、特に研究データの公開について懸念する声がありました。データ公開に対して賛成する方は32%にとどまり、反対する方が48%でした。特に医学系の研究者は、データ提供者との契約上の制約や、データの二次利用に対する懸念から反対の意見が多いことがわかりました。このデータ公開の範囲を、研究に関するデータ全般と認識されている方がおり、正しい理解を進める必要性がある事が浮き彫りになりました。
さらに機関リポジトリについて調査を行ったところ、全機関で導入されているはずの国立大学所属研究者の40%が、自身の所属機関のリポジトリについて「知らない」と回答し、全回答者の66%が機関リポジトリを「利用したことがない」と回答しました。この結果は、研究機関が提供するリポジトリの利用促進が十分ではないことを示唆しています。
最後に、今後の即時オープンアクセス義務化に対する意識についてですが、関心を持っている研究者は多いものの、必ずしも全員が支持しているわけではないという結果が得られました。特に、公開に伴うコストやデータの取扱いについての懸念が強く、今後の課題として研究者の意識改革が求められることがわかりました。
今回の調査結果から、義務化に向けた研究者の意識や現状の課題が浮き彫りになりました。このデータをもとに、どのように制度を進化させ、研究者がより積極的に関わるような支援ができるかが今後の大きなテーマとなります。
-湯浅氏の発表スライド-
即時オープンアクセスの義務化がなぜ必要なのか
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林 和弘
文部科学省 科学技術・学術政策研究所 データ解析政策研究室長
2012年より文部科学省科学技術・政策研究所に着任し、政策科学研究に取り組んでおり、科学技術予測調査を経てオープンサイエンスのあり方と政策づくりに関する調査研究とその実践に取り組む。日本学術会議、内閣府、文部科学省の委員等で日本のオープンサイエンス政策形成を支援し、G7科学技術大臣会合、OECD、UNESCOのプロジェクト等においてはオープンサイエンス専門家として、世界における新たな学術知を生み出す基盤のトップダウンのコンセンサスづくりに貢献。RDA(研究データ連盟)のIG共同議長、RDUF(研究データ利活用協議会)企画委員等、ボトムアップのオープンサイエンス推進活動や教育にも取り組み、研究現場の行動変容を促し、政策とのすり合わせを行っている。
文部科学省 科学技術・学術政策研究所の林です。今回は「オープンアクセス義務化」についてお話しさせていただきます。私は日本化学会で電子ジャーナルの制作とビジネスモデルの開発に携わり、2005年にはオープンアクセスにも対応しました。その経験を通じてオープンアクセス政策策定にも相当に関与しており、この立場からオープンアクセスの義務化がなぜ必要なのか、そしてその背景について説明します。
オープンアクセス義務化の最大の背景の一つには、商業出版社の市場支配があります。もともと研究者の互恵的活動をベースとした研究成果が商業出版社に過度に支配されることで、アクセス料金が高騰し、研究の普及が妨げられています。政策論としても「公的資金で行われた研究の成果は、国民に還元されるべき」という立場から、オープンアクセス政策が進められています。また、AIや機械によるデータ解析が進む中、論文とその根拠データをオープンにすることで、研究評価や知識の普及が効率的に進むことが期待されます。
さらに、オープンアクセスを義務化することは、無駄な重複研究の防止や産業への迅速な展開にも寄与します。特に、オープンなデータの連携により、研究成果をビジュアル化し、広範な利用を促進することが可能になります。このような新しい仕組みを加えることで、商業出版社に過度に依存することなく、より自由な情報流通が実現でき、新しい科学の発見や評価、イノベーションにもつながるのです。
オープンアクセス義務化には、研究成果を公開するためのガイドラインやリポジトリの整備が欠かせません。特に、大学の研究力強化・経営戦略の一環として、URAや図書館が果たす役割は重要で、研究者の行動変容を促すためには、強いリーダーシップと共に、大学全体での取り組みが求められます。オープンアクセス義務化の実現には、研究者の理解と協力が必要ですが、誤解や抵抗もあります。これを解消するためには、誤解を解く努力とともに、URAや図書館が全学として積極的に情報提供を行うことが求められます。私自身も、研究者がより良い環境で研究成果を広められるよう、今後も取り組んでいきたいと考えています。
-林氏の発表スライド-
オープンアクセス推進のためにURAが“やってはいけないこと”
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天野絵里子
京都大学 学術研究展開センター(KURA)
1998年より京都大学,国際日本文化研究センター、九州大学で図書館職員としてシステム管理、機関リポジトリ、参考調査、学修支援などの業務を担当する。2014年より現職。図書館での経験を活かして研究者の成果発信、オープンサイエンスの推進を支援。その他、チーム研究に助成するファンドや、URAの研修プログラム、人文・社会科学分野の研究支援の一環として、京都大学の研究者が関係する図書を紹介するウェブサイト「京大新刊情報ポータル」 の運営などを担当している。
京都大学の天野です。オープンアクセスの活動に25年以上携わってきた経験をもとに、オープンアクセスの歴史と現在の状況、そして今後の方向性についてお話しします。
1998年に京都大学に入職し、初めて関わったのは紙の雑誌とその電子版でした。1990年代後半から2000年代初頭にかけて、学術出版業界は急速に変化し、価格が上昇していきました。その結果、2002年に「ブダペスト・オープンアクセス・イニシアチブ(BOAI)」が発表され、オープンアクセス運動が本格化します。この流れは欧米だけでなく、日本にも波及し、2013年には日本で博士論文のオープンアクセス公開が義務付けられるなど、オープンアクセスの政策が進展しました。京都大学も早くから機関リポジトリを立ち上げ、オープンアクセス政策を推進してきました。
2020年に日本の大学では初めて京都大学で制定された研究データの管理・公開ポリシーや、内閣府が出した即時オープンアクセスポリシーは大きなインパクトを与え、オープンアクセスがようやく強化される段階に入ったと感じています。私自身もこのポリシーの策定に関与しており、オープンアクセスの推進は大学や研究機関の重要な使命だと思っています。
オープンアクセスの実践においては、ただオープンアクセス化を進めるだけでなく、研究者への支援が重要です。オープンアクセスの目的は、研究成果を広くアクセス可能にし、学術コミュニケーションを促進することです。これにより、研究の質や影響力を高めることができます。
これからURAが本格的にオープンアクセスの推進の支援をしていくにあたり、「何をすべきか」の前に、これまでの経験を踏まえて、「やってはいけないこと」を知ることが役に立ちます。たとえば、オープンアクセスの実現を「URAだけで解決しようとする」「懐疑的な研究者を無理に説得しようとする」「1人の研究者の言葉に寄り添いすぎる」「一つの方法だけで解決しようとする」「出版社に気を遣う」といったことが挙げられます。研究者や出版社との関係を賢く築くことが重要です。
オープンアクセスにはゴールド、グリーン、ハイブリッドといったさまざまなモデルがあり、それぞれの利点と課題といった最低限の基礎知識を理解することがまず必要です。さらに、オープンアクセスに関連するツールやクリエイティブ・コモンズライセンスといったライセンス、研究助成機関や自分の研究機関のポリシーを理解し、研究者に適切な情報を提供することがURAの仕事になってきます。今回のセッションにより、オープンアクセスの現状を把握し、今後の方向性を見据えて、研究者や大学がどのように取り組むべきかを考えるきっかけとなれば幸いです。
-天野氏の発表スライド-
ディスカッションによる質疑応答
3名の発表に続いて行なわれたディスカッションでは会場の参加者からさまざまな質問があり、時間が足りなくなるほど大いに盛り上がりました。会場であった質問とそれに対する回答をいくつか紹介します。
即時オープンアクセス義務化の時期について
質問:即時オープンアクセス義務化が2025年から2026年度にかけて始まるという話がありますが、最近別の発表で2026年度より早く、2025年度でも実施される可能性が示唆されています。これについてはどのようにお考えですか?
回答(原田):はい。2025年から公募分を受給する研究者による「査読付き」学術論文が対象となります。投稿時期や査読期間によっては2025年内に公開される論文もあると思われます。内閣府科学技術・イノベーション推進事務局との意見交換した際、ご担当者も同様の見通しをお持ちでした。この点について、データ公開とあわせて、正しく理解し、正しい情報を関係者に伝えることが大切です。
ダイヤモンドオープンアクセスジャーナルについて
質問:ダイヤモンドオープンアクセスについて実施に関する課題や進展について教えてください。
回答(天野):日本では、「紀要」のように後付けでダイヤモンドオープンアクセスだといえるようなジャーナルはたくさんあるのですが、ライセンスの問題があり、狭義のオープンアクセスにはあたらないというのが実情かと思います。私は最近までアンバサダーとしてDOAJ(Directory of Open Access Journals)の普及活動を行っていましたが、学会誌や紀要の編集委員の間でCCライセンスのようなオープンライセンスを採用することへの懸念が強く、まだ課題が多いです。
研究者の行動変容について
質問:研究者の行動変容を促すためにはどうすればよいでしょうか。特に、否定的な意見を持つ研究者や、古い知識で強硬に主張する研究者について、どうアプローチすれば良いでしょうか。
回答(林):否定的な意見を持つ研究者には、実際にどのような影響があるのかを見せることが重要です。例えば、予算削減や研究費の削減がどのように自身に影響を与えるのかを示すことで、意識の変化を促すことができます。一方で、前向きに考える研究者には、オープンアクセスの評価が広がるとともに、従来の評価基準が変わる可能性があることを伝えることも大切です。
権利保持戦略について
質問:クリエイティブコモンズ(CC)ライセンスの早期宣言を行うことで、著者が自分の権利をコントロールできるという戦略について、国内での議論や方向性はどうなっていますか?
回答(林):日本では、権利保持戦略 (Rights Retention Strategy).を積極的に推進する動きはまだ限定的です。特に、研究者が自ら権利を主張することは心理的な抵抗もあり、実際に行動に移すのは難しいとされています。そのため、大学が支援し、研究者がオープンアクセスを実現できるようにする必要があります。権利保持戦略を採ることで、即時オープンアクセスが可能になるというメリットがありますが、その実現には大学の協力が重要です。
学術書のオープンアクセスに関する国際的な取り組みについて
質問:学術書のオープンアクセス化に向けた国際的な取り組みについて、特に英米などのファンディングエージェンシーによるサポートについて教えてください。
回答(林):学術書のオープンアクセス化については、海外では英米を中心に取り組みが進んでいます。特に、ファンディングエージェンシーが資金提供の条件としてオープンアクセスを推進している場合がありますが、日本ではまだその取り組みは限定的です。学術書のオープンアクセスを進めるには、大学や研究機関の戦略的な支援が必要です。