今年度のRA協議会2023では、東京工業大学の主任URA、原田隆氏を座長に「民間サービスが拓く研究支援のフロンティア」というテーマで、パネルディスカッションが開催されました。
URA(University Research Administrator)という仕事が、日本の大学において高度な専門職として定着してきた今、日本の大学が世界に伍するために、研究支援というプロフェッションをさらに分業、高次化していく必要性があります。その過程において、研究支援をなりわいとする民間企業とのクリエイティブな共創・協業が、今後のステップであると原田氏は問題提起します。
アカデミアに寄り添い、その課題に民間企業の立場から取り組む3つの民間企業の代表である、アカデミスト株式会社の柴藤亮介氏、MVP株式会社の武田 泉穂氏、カクタス・コミュニケーションズ株式会社の湯浅誠氏が議論に加わり、会場に集った全国のURAの皆様とディスカッションを行いました。この記事では、その発表と議論のポイントをダイジェストでお伝えします。
このレポートは、リサーチアドミニストレーション協議会(RA協議会)第9回年次大会セッション「民間サービスが拓く研究支援のフロンティア」(2023年8月9日、東京たま未来メッセ)における報告および質疑応答をまとめたものです。
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民間と共に歩む高次的・立体的な研究支援の未来
原田 隆(東京工業大学 リサーチ・アドミニストレーター(主任URA) )
産総研特別研究員、NEDOフェロー、筑波大学アシスタント・コーディネーター、福井大学URA、東京工業大学特任助教を経て2017年6月より東京工業大学 研究・産学連携本部 プロジェクト推進部門URA(情報理工学院担当)。2020年4月、情報理工学院に所属変更。2020年9月、主任URAに昇進。現在はJST共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)のポストアワード業務を担当。
ウェブサイト
座長の東京工業大の原田です。「民間企業が拓く研究支援のフロンティア」というセッションを企画した背景を説明します。
日本の大学では、国立大学法人化、「URAを育成・確保するシステムの整備事業」や「研究大学強化促進事業」を契機として、各大学に研究支援のプロとしてのURAの配置が進み、定着してきました。次のステージは何かを考えた時、横への広がりではなく、学内を超えて研究支援を高次化させ、立体的に拡張する研究開発エコシステムの整備が重要になってきました。
その段階において今、私が注目しているのが、研究支援そのものをビジネスとする民間企業の存在です。研究支援をする主体は、大学の内だけでなく、外へとどんどん広がっています。2010年ごろから大学からの資金提供を受けずに、研究支援自体を独立的にビジネスとする民間プレイヤーが生まれ、存在感を増してきました。令和元年に⽂部科学省が「研究⽀援サービス・パートナーシップ認定制度(A-PRAS)」を創設するなど、政府も研究環境を向上させ、我が国における科学技術の推進イノベーションの創出を加速させるため、民間と「高次な」協働による研究支援は、大学の重要なテーマになってくると思われます。
私は、これからのリサーチ・アドミニストレーションは、民間とともに歩む新しい形として展開していくのではと期待しています。民間企業が、自らリスクをとって、アイディアを行動に移すことで、研究支援の分野に新しい波を起こそうしています。こうしたアントロプレナー達の存在を皆さんに知っていただきたい。
今日、議論をする民間企業の経営者3名は、私と問題意識を同じくする人たちです。大学と企業、それぞれが発注元と受託先の関係ではありますが、私の中で「同じ業界で同じ目的を持ち、夢を実現しようとする同志」と考える方々です。
大学と民間企業と立場は違えど、新しいサービスを自分のリスクで切り開いていくプレーヤーたちの話題提供を受けて、今後の研究支援、研究マネジメント、社会への研究成果の社会還元について考えるきっかけになれば、主催者としては大変嬉しく思います。
-原田氏の発表スライド-
資金調達の地平を広げる:アカデミストによる学術研究の新展開
柴藤 亮介(アカデミスト株式会社代表取締役CEO)
首都大学東京大学院理工学研究科物理学専攻博士後期課程単位取得退学。専門は原子核理論、量子多体物理。2014年4月、研究費獲得のための学術系専門クラウドファンディングサイト「academist(アカデミスト)」を開設。
academist(アカデミスト)のウェブサイト
Twitter
10年前に始めた学術系クラウドファンディングサービス「アカデミスト」を核に、私は理想的な研究支援とは何かというテーマを常に探求してきました。成長が鈍化する時代にアカデミーへの資金と人材の流れを再活性化するため、私は民間の立場から様々なステークホルダーと共に新たな学術の形を築く使命を担っています。私たちのビジョンは、国や企業、財団、そして個人が協力し合い、新しい形のオープンアカデミアを構築することです。
私たちの日々の業務は、「研究資金源の多様化」を目指し、国の支援に頼らない資金調達の安定化を図ることです。その中核となるのが、クラウドファンディングを通じて研究者、研究愛好者、企業を繋げる活動です。
クラウドファンディングは10年ほど前から研究分野で静かに進展を遂げてきました。特に革新的な研究領域では、科研費の採択が難しいため、この手段で初期資金を集め、研究の最初のデータを得るのです。実際に、クラウドファンディングによる初期資金が科研費の採択につながり、世界的に認められた研究成果を生み出す例もあります。これはシチズンサイエンスから重要な発見が生まれる鮮やかな事例です。
大学との協業の事例はいくつもあります。特に京都大学様とは、クラウドファンディングが大学文化に根づくよう一緒になって取り組んできました。現在では、研究者が2つのプラットフォームから選んでクラウドファンディングを利用できるよう環境を整備しています。また、東海大学とのコラボレーションでは、クラウドファンディングを通じた市民からの評価に基づいて研究予算を配分する、という新しい試みも進めています。
現在、21の大学・研究機関と連携し、それぞれの大学の個性を活かしながら、課題解決や体制導入について議論を重ねています。大学は一つ一つ本当に個性が異なりますので、何よりも、気軽にコミュニケーションを取ることから始めて、その個性を理解することが一番大切なことだと思っています。
最近では、月額支援型のクラウドファンディングも展開しており、ファンがわずかな額で若手研究者を支援し、彼らの研究活動やアウトリーチスキルの向上に貢献しています。また、企業スポンサーも募り、彼らに支援を分配する「アカデミスト・プライズ」を設けています。これらの取り組みも、大学とのコラボレーションを拡大する一環です。
企業との連携も強化しており、研究者と企業がお互いのニーズに応えながら、新たな研究に取り組むためのコミュニティを築き上げています。このように、大学と企業を繋ぐハブとしての役割を果たしていきたいと考えています。
大学とのコラボレーションでは、お互いのカルチャーの違いを理解し、目標、スケジュール、期待値を明確に共有することが重要です。定期的な情報交換を通じて、より良い協働を目指しています。
民間企業としての私たちの役割は、研究者が自らのポテンシャルを最大限に発揮できるような環境を整えることです。これが研究支援者としてのスキルであり、日本の研究活性化には欠かせない要素だと信じています。皆さんと一緒にこの分野を盛り上げていくことを楽しみにしています。
-柴藤氏の発表スライド-
学術研究の社会実装をリードする: MVP株式会社の戦略とビジョン
武田 泉穂(MVP株式会社 代表取締役)
東京工業大学大学院にて博士号を取得(理学)。専門は生物物理学。博士研究員を経て、ライフサイエンス・バイオテックを主軸とした複数のベンチャービジネスに経営者・創業者・投資家として参画。自ら起業家として事業育成、資金調達、イグジット等の経験・知見を有する。
MVP株式会社のウェブサイト
MVP株式会社の武田です。「MVP」とは「メディカルベンチャーパートナーズ」の略で、メディカルやライフサイエンスの分野に特化し、研究から事業創出に至るまでをトータルでサポートしています。当社の究極の目標は、学術研究を実社会に適用し、実装することにあります。そのために、大学だけでなくスタートアップ企業に至るまで、あらゆる手段を駆使して研究の実装を促進しています。
私のバックグラウンドは、東京工業大学での生物物理学の研究にあります。博士号を取得した後、約2年間研究者としてのキャリアを歩んできました。当時、博士のポジションが溢れており、生計を立てるためにも競争的資金獲得のための苦労を体験しました。大学のTLO(技術ライセンス機関)でインターンをした経験が私のキャリアの大きな分岐点となり、その後は産学連携に深く関わるようになりました。そして最終的には、自分自身の会社を立ち上げ、研究の社会実装の道を歩むことになったのです。
技術移転においては、アカデミアからの技術移転に際して、包括的な支援から案件別の支援まで様々なニーズに応えています。毎週のミーティングで産学連携部の方々と意見交換をし、企業と研究者のニーズを橋渡ししています。技術移転が難しいのは、一度国内企業を回ってしまうと、同じ案件を再度提案することが難しくなる点です。一度でも興味を持たなかった案件を持ち込むと、その後の信用を損なう可能性があるからです。だからこそ、大学側で技術をしっかりと育てておくことが重要で、それができていれば企業に自信を持って良い案件であると伝えることができます。
知財戦略に関しては、有識者やオブザーバーとしての役割を果たすことが多く、大学の特許ポートフォリオの棚卸しにも関与しています。大学は多くの特許を持っており、その中からどれを保持し続けるべきかのアドバイスを提供しています。
起業支援においても、私たちは大学教員に対して学内での視点と民間での視点の両方からアドバイスを提供しています。戦略的資金調達においては、大学と民間企業が競合しないような方法で進め方を相談し、戦略を練っています。URA(大学研究管理者)の方々の知識や研究への理解、規定への精通は、私たちの仕事にとって非常に価値があります。
ただ、大学との仕事には難しさもあります。例えば、部署からの発注があっても、予算を持っているのは別の人で、最終的な決定が下りずプロジェクトが停止することがあります。私たちの主戦場は実はアカデミア外であり、産業界での活躍が大学への価値提供に繋がっていると信じています。我々は、直接的ではなく間接的に大学を支援しており、大学や研究の価値自体を高めるのではなく、大学が収益を上げるための仕組みづくりを支援しています。これは外部の専門企業が行うべきだと私は考えていますが、同時に大学内部のプロフェッショナルな判断も非常に大切だと思っています。
最後に、我々は大学に二種類のナレッジを提供しています。ひとつは教育や時代の流れによって学ぶことのできる知識ですが、これはいずれ大学内で学べる環境が整うと思います。もうひとつは、学内と経済界との間を繋ぐナレッジで、これは外部から継続的に提供することが重要です。現在外部で何が起こっているか、政府の動き、世界のトレンドなどの情報を提供し続けることで、大学に対して本当の価値を提供していくことができると考えています。
-武田氏の発表スライド-
学術界のサポーターとして: カクタスのグローバル研究支援
湯浅 誠(カクタス・コミュニケーションズ株式会社 代表取締役)
大学卒業後に渡英した後、2003年にインド・ムンバイが本社のCactus Communicationsで就業。2007年の日本法人設立に携わり2012年より同法人代表を務める。2022年より韓国現地法人のマーケティングも統括。
カクタス・コミュニケーションズのウェブサイト
Twitter
カクタス・コミュニケーションズは、大学や研究機関が輝くためのサポートを提供している会社です。私たちはURA、研究推進部、広報部などの専門部署と共に、研究活動をサポートする豊富な経験を持っています。
私たちのサービスには、英文校正・翻訳の「Editage」、研究コミュニケーション支援の「Impact Science」などがあり、アカデミア界に特化した独自のブランドを展開しています。インドでの創業からずっと、日本をはじめとするアジア市場や、アメリカ、イギリスを含む国際的な市場において活躍しており、海外の出版社との強固なネットワークを活用し、タイムリーなローカライズされた情報提供が私たちの強みです。
特に「Impact Science」は、大学の広報部や研究推進部との取引が増えており、このブランドは文科省によって研究支援サービスパートナーシップとして認定され、公的な評価を受けています。日本の研究成果を世界に広め、大学の国際的評価を高めるためのサポートを提供しています。研究広報では、海外の出版社やジャーナリスト、クリエイターと協力し、日本の大学や研究者の意図を理解した上で、海外の聴衆に響くコンテンツ制作を支援しています。
「ScienceTalks」というプラットフォームを通じて、2013年から科学技術政策に関する情報発信や科学コミュニケーションを推進しています。数百人の研究者と対話し、民間企業としては独自のシンポジウムやフォーラムを開催。これにより、オンラインイベントやYouTubeチャンネルを通じて、より多くの人に情報を届けています。
私たちはアカデミアコミュニティへの還元を大切にし、2016年には「Editage Grant」という助成金プログラムを立ち上げました。今年度は5名の研究者に各100万円を提供し、助成金の授与式を実施しました。特に若手研究者をサポートし、予算獲得に苦労する方々に焦点を当て、研究費の制約なく自由に使っていただくための資金です。
研究者が財政的な自由を持つことの重要性を認識しており、助成金は使い道を問わず、申告の必要もありません。これは、民間企業ならではの柔軟な支援であり、このようなやり方で助成金を提供する企業が一つぐらいあってもいいし、同じような試みをする企業が増えてくれることを期待しています。
最後に、研究者の方々はお金の話が苦手だということを意識してお仕事をしています。私たち自身は利益を追求する民間企業ですが、そうでありながらアカデミアにとって有益な存在であるためのバランスを大切にしています。最低限の利益を確保しつつ、アカデミアの発展を優先することが、この業界で大学と協業するためには大切なマインドだと考えています。
そして、大学職員や研究者の皆様と対等なパートナーであるために、情報提供者として常に価値を提供し続けて、顧客に有益な情報を届けるために積極的に努力しています。社員たちにも常に国内外の研究の現状について学んで、切磋琢磨し成長するように伝えています。そうして、大学と共に成長できる道を模索し続けています。
-湯浅氏の発表スライド-
産学協同の壁を乗り越える—企業と大学の本音トークセッション
原田 皆さん大学との協業の経験が多くおありかと思いますが、大学と企業が協業する際、もし大学のほうで「もっとこうしてほしいな」という点があれば教えてください。普段大学からお仕事を受けている企業の立場で、お客様になりうる皆さんに物申すのは非常に難しいと思いますが、ここではあえて、勇気を出して、正直なご意見をいただけないでしょうか(笑)。
みなさん言いづらいと思いますので、私自身の意見をまず述べますと、おそらく共通の問題は大学内では意思決定のステークホルダーが多すぎることではないかと思います。そのため、意思決定のプロセスが見えず、複雑になりがちです。何かしようとしても「どのようにすすめたらいいかわからない」、「担当者が複数いて“聞いていない”といわれた」という経験をされてきているのではないでしょうか。別の言い方をすると「偉い人が多すぎる」ことが問題かもしれませんね。
武田 私から口火を切らせていただきます(笑)。そうですね、URAの皆さんにお願いしたいと常日頃思っているのは、我々からの伝言を学内の研究者や意思決定者の方に伝えるだけでなく、ご自身の意見を学内でしっかりと通していただきたい、という点です。
事業化をスムーズに進めるためには、研究者や学内のステークホルダーの意見をまとめる必要があります。特に間接発注の場合は、発注をいただくのはURAの方で、実際の意思決定者は他の人であるケースがあります。そのため、最終的に現場で話し合ったことが学内で通らなかったり、逆にURAの方にご依頼をいただいた通りにレポートを作成して事業化をしたところ、研究者の方に「そうじゃない」と一蹴されてしまうケースがあります。その場合は、直接私たちが先生方とやりとりした方が効率が良い場合もあります。
私たちは実行面でしっかり努力するので、URAの方は研究者や学内に意見をねじ込んで通す努力をしていただきたいと思っています。特に意思決定者が発注者と異なる場合は、うまく3者でコミュニケーションを取り、互いの理解を深めることができれば、良い成果を納品できると信じています。
柴藤 武田さんが言ったことに近い感覚はありますが、特にURAや管理部に決定権がないと、物事を決めたり予算を執行するのが難しいとは感じますね。大学の意思決定構造では、話がどんどん上に行ってしまって、ストップがかかることが多いです。
その構造には学問を進める上で良い面もありますので、一概に悪いとは言えません。ただ、企業が大学と仕事をしようとする時には、プロセスの複雑さによってインセンティブが働きにくくなり、民間企業がサポートしづらい状況になりがちであることは感じています。
だからこそ、普段からのコミュニケーションやゴール設定がとても大切だと感じていますし、できるかぎりお互いの文化を学びあえる機会を作っていきたいと思っています。
湯浅 私たちは大学をお客様にしていますから、なかなかこのトピックで意見を言うのは難しいですね(笑)。もしURAの皆様へのご要望を一つ挙げるとしたら、研究者の方々とできるだけ対等な立場でお話できる関係を築いていただきたいという点です。
私自身、専門的な研究内容に詳しくはない立場で研究支援に携わっていますが、だからこそ、研究者の方々とお仕事でやり取りをする時にはできるだけ対等でフラットな立場で信頼関係を築けるように気をつけています。
研究の本質をわかっていらっしゃる研究者の方々意見は当然尊重されるべきですが、同時にURAの皆様には研究支援のプロとしての専門性と独自の視点がおありだと思います。ここは先生が正しいが、この点だけは私たちの意見を聞いてほしい、というように対等に議論して、妥協せずに、本当に良いものを作ることを目指せたら良いと思います。
原田 皆様、勇気をもったご意見たいへんありがとうございました。皆様があげた課題を解決するためにも、柴藤さんがおっしゃった、大学と民間企業の間の交流の場がもっと必要だという意見に私も大賛成です。
ただ、こうした交流会は、大学の公式な大きなイベントとして実施したため失敗してしまうことがあります。「登壇者やパネラーはそれなりの人を呼ばなければいけない」、「参加者が少ないと失礼にあたる」など気を使ってしまい、イベントの開催自体が目的化して、その後のフォローをしないケースです。このような場合、参加者が「やらされている感」を持ってしまい、次につながらないことがほとんどです。
以前にコーネル大学を訪問した時に、TLOのベンチャーセンターを見学したら、毎週木曜日のお昼に冷めたピザと冷えていないコーラがエントランスに置いました。そこにいろいろな人が集まってきて、ピザを食べながら、緩い交流が自然に行われていました。このような気負わないカジュアルな試みのほうがうまくいくんじゃないかと考えているんです。
私は、キラキラの企業がキラキラの研究者と交流するというのではなくて、もっと学食や誰でも自由に出入りできるラウンジのようなスペースで、たまたま起業したい学生と、新しいことをしたい研究者と企業が自然に出会うというような世界が見たいと思うんですね。大学でそういったことを実現するのはなかなか難しいしょうが、多くの方たちと挑戦していきたいです。
皆様、今日はありがとうございました。