ペーパーミルと研究の信頼性低下~研究者は要注意

Paper mills and the erosion of research credibility Researchers beware

20年前の研究者に「ペーパーミル」について尋ねたら、木材パルプを加工して紙を作る施設(製紙工場)を思い浮かべたことでしょう。しかし、今回お話しするペーパーミルは、まったく別のものです。

学術出版におけるペーパーミルとは、洗練されたマーケティング戦術とプロ並みのウェブサイトを駆使して、出版を急ぐ研究者を惹きつける、利益重視の怪しげな組織です。存在しない研究に関する著者の権利、代筆論文、偽のデータや画像を研究者に売りつけ、評判の良いジャーナルでの出版を保証します。キャリアアップのためには、研究者は迅速に論文を書き上げることが求められます。さらに、一流ジャーナルでの高いリジェクト率も加わり、そこに略奪的な出版慣行に陥る傾向が生まれます。それが故意なのか無意識なのかは、見分けるのが難しいところです。

この記事は、ペーパーミルについての認識を高め、その起源と手口をたどり、警戒すべき赤信号を明らかにすることを目的としています。

ペーパーミルの歴史

既製のタームペーパー(アメリカの学生が学期末に提出するレポート)を「購入」する学部生をターゲットとする「タームペーパーミル」は1960年代に記録されています。学術出版におけるペーパーミルの正確な起源は明確に定義されていませんが、その普及は、デジタル時代とオンラインでのコミュニケーションや情報共有の容易さに関連していると考えられます。インターネットとオンライン出版プラットフォームの発展により、個人や組織がペーパーミルを設立し、出版実績を迅速に増やしたい研究者のニーズに応えるサービスを提供することがより容易になりました。

2013年、『Science』誌は中国に「publication bazaars」が存在し、そこでは著者の権利が研究者に売られていた(あるケースでは、最初の共著者の権利が14,800ドルで売られていた)と報じました。記載されている実験は、実際に行われたものもあれば、行われていないものもあります。このようなペーパーミルの中には、実際のデータを作成し、その後、異なる実験を報告する複数の著者に同じ画像と結果を販売しているところもあります。3年後、『Science』誌は、今度はイランで論文が販売されていることを再び報じました。ここでは、就職難にあえぐ若い研究者たちが、しばしば論文販売ビジネスに就いているという不穏な発見もありました。

Jana Christopherは、FEBSジャーナルに投稿された12本の論文について報告しました。これらの論文は、異なる研究機関の異なる研究グループからのものであるにもかかわらず、規則的な間隔のバンド、背景ノイズの欠如、同一の背景など、不審なほど類似したウェスタンブロット画像を含んでいました。同じ頃、Jennifer Byrneらのチームは、ペーパーミルから送られてきたと思われる、非常に類似した図のレイアウトや順序を共有する不正な遺伝子ノックダウン研究について懸念を示しました。

微生物学者から研究の公正性の調査員に転身したElisabeth Bikは、2013年に画像の複製について投稿を始め、2019年には潜在的な研究不正を特定して報告する仕事を本格的に始めました。不正行為を追跡する中で、Bikと他の画像鑑識の専門家は、奇妙な現象を発見しました。異なる著者と所属からの何百もの論文がすべて疑わしいほど類似しており、単一のソースから生成されたように見えるということでした。

撤回の続出

上記のような暴露は、データ捏造や画像操作によって不正な科学論文を作成しようとするペーパーミルの組織的な取り組みを浮き彫りにしています。憂慮すべきことに、これらの論文の多くは出版に成功し、最終的には信頼できる論文の参考文献リストに掲載されてしまいます。このような不正の蔓延に歯止めをかけるため、ジャーナルは撤回を開始しています。英国王立化学会は、文章、図表、タイトルに驚くべき類似性があることを発見した後、ペーパーミルの製品であるとして、同学会の3つのタイトルから68本の論文を撤回すると発表しました。2024年初めには、出版社のTaylor and Francisが、同じ理由で同社の学術誌『Acta Agriculturae Scandinavica, Section B – Soil & Plant Science』から80本の論文を撤回しました。つい先月には、『Scottish Medical Journal』が13本の論文を撤回しました。

内部告発者、調査員、目の肥えた読者がこのような憂慮すべき事例を暴露する一方で、論文は撤回されるまでに何年もかかり、文献に残り続け、研究者に長い間誤った情報を与え続ける可能性があります。

ペーパーミルの特徴

警告サインを認識することは、著者、編集者、査読者がペーパーミルの問題のある論文を特定するのに役立ちます。この認識は、疑いを持たない著者と読者を守り、撤回活動を加速させるために極めて重要です。

著者にとっての危険信号

著者は、著作権やデータ、画像、論文全体を購入することはできないことを認識しておく必要があります。これらの誘い文句は魅力的に聞こえるかもしれませんが、著者はこのような詐欺の誘い文句を無視しなければなりませんし、場合によっては報告しなければなりません(例:下記参照)。

出典: https://twitter.com/acochran12733/status/1786773475933225044

若手研究者は、雇用を装ってこうした詐欺行為に関与する役割を提供するような組織に引っかからないように注意する必要もあります。

査読者と編集者にとっての危険信号

何千もの大量生産された論文が査読や編集部の審査を通過しています。ペーパーミルから出されている論文の兆候をより高いレベルで認識することで、ペーパーミルの活動が疑われたり、発見されたりした場合に、より迅速な対応が可能になります。

以下は、大量生産された論文の特徴です(BikByrneとChristopherGabyなどの調査結果に基づきます)。

1. 完璧すぎる画像

  • 異なる著者/機関の異なる論文で、同一または疑わしいほど類似した画像が使用されている。
  • 完璧なバンドを持ち、背景ノイズやアーティファクトのないクリーンなウェスタンブロット。
  • 関連性のない論文間でストック画像が再利用されている。

2. デジャヴ:酷似したフォーマット

  • 異なる著者/機関の論文で、テキストの類似性が異常なレベルにあるため、テンプレートが使用されていることが示唆される。
  • 異なる研究室の論文で、図のレイアウト、順序、書式が不気味なほど類似している。

3. 定型的な仮説

  • さまざまなトピックに関する分析を正当化するために、具体的な根拠を欠いた表面的または一般的な仮説を提示している。

4. 方法論の詳細における問題

  • ヌクレオチド配列、細胞株、モデル、試薬の記載が不正確または誤っている(他のソースからの置き換えまたはコピーが原因である可能性がある)。
  • 報告された実験結果を裏付ける重要な試薬の詳細、ヌクレオチド配列、生データの開示の欠如または省略。

5. 非現実的な生産性

  • 短期間に同じ著者/機関から異常に多くの論文が発表された場合。
  • 参加者数が異常に多い、および/または募集期間が異常に短い研究。
  • 研究終了後、場合によっては研究終了前に、異常に早くジャーナルに投稿されたもの。
  • 報告された改善が信じられないほど大きく、一般的な臨床試験よりもはるかに大きいもの。

6. 文章の質が低い

  • 方法が不明瞭、データの提示方法に一貫性が、テキストが意味不明など、文章の質が低い。
  • 確率論的テキストジェネレーターを使用した結果、「歪んだ言い回し」が散見される論文(例えば、乳がんに対して「bosom peril」、ディープニューラルネットワークに対して「profound neural organization」など)。

7. 問題のある所属

  • 研究プログラムを持たない企業/研究機関に所属する著者、または複数の異なる場所に所属する著者。
  • 資金提供元の記載がない、または自己資金による研究と記載されているにもかかわらず、サンプルサイズや研究デザインから高額な研究であることが示唆される場合は、特に疑わしい。

ペーパーミルの危機への対応

出版倫理委員会(COPE)は最近、ペーパーミルに関する新たな見解声明を発表し、ペーパーミル対策に関するUnited2Act合意声明への支持を表明しました。COPEはまた、ジャーナル編集者や編集スタッフに対する偽造論文の識別トレーニング、疑わしい論文を識別するツールの開発、量より質を優先するように研究者へのインセンティブの転換、ペーパーミル論文に適応するための撤回プロセスの合理化など、いくつかの行動を推奨しています。

AIの進歩により、ペーパーミルは洗練されたツールを活用し、より信憑性の高いアウトプットを実現するかもしれません。また、AIを活用した画像生成によって、従来のストック写真は過去のものになるかもしれません。GPTのようなツールは、自然な感じのテキストで論文を捏造することを容易にしています。ペーパーミルがより説得力のあるアウトプットを生み出すようになるにつれ、テクノロジーに基づくソリューションが早急に必要となります。昨年、STM Integrity Hubはペーパーミルの製品を検知する新しいツール「 Clear Skies Papermill Alarm」を発表しました。このアラームシステムは、ペーパーミルが作成したことが分かっているコンテンツとの類似性に基づいて、研究論文を色分けして簡単に評価します。

まとめ

ペーパーミルは、学術上の不正行為を助長するだけでなく、正当な研究者の懸命な努力をも軽んじるものです。この複雑な問題には、学術コミュニティ全体で取り組んでいかなければなりません。ペーパーミルの問題への対処には、技術的な解決策、組織的なポリシー、そして学術的な誠実さを守るための文化的な転換が必要です。


この記事はEditage Insights 英語版に掲載されていた記事の翻訳です。Editage Insights ではこの他にも学術研究と学術出版に関する膨大な無料リソースを提供していますのでこちらもぜひご覧ください。

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この記事を書いた人

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