「責任がある大人が社会や政策にこうなってほしいという気持ちで論文を執筆」中西三春先生(公益財団法人東京都医学総合研究所 心の健康プロジェクト 精神保健看護研究室)

東京都医学総合研究所の中西三春先生にインタビューをさせていただきました。認知症の ケアと精神保健の実態調査という2つの柱で研究をされています。地下鉄サリン事件をきっかけに精神保健に興味をもったという中西先生。海外の政策比較から見る日本の問題点や、研究成果を論文として残すことについての意義など、幅広くお話をしていただきました。

※聞き手:遠藤元基、近田レイラ(カクタス・コミュニケーションズ株式会社)インタビュー実施日: 2018年9月3日(以下、本文敬称略/肩書、ご所属はインタビュー当時のものです)
目次

認知症のケアと精神保健という2つのテーマで政策提言を行っています。

―――まずは先生の研究内容について教えていただけますか?

(中西) 私の研究テーマは、大きく分けると、認知症ケアの実態に関する調査が半分ほどを占めていて、残りは精神保健の実態についての研究が多いです。ここ数年は自殺対策の検証評価というテーマでの論文を多く執筆しています。私の所属は、精神保健看護研究室という名前にはなっておりますが、看護に限定しているわけではなくて、どちらかというと、人の手で行うケアがどのくらいちゃんと政策の狙い通りに動いているか、それとも動いていないのか、動いていないんだとしたらそれは何が原因と考えられるのか、ということを中心テーマにして研究をしています。

―――ここ最近の論文のテーマを教えてください。

(中西) 昨年出した論文のテーマは、介護老人保健施設という高齢者向けの施設の実態調査です。介護老人保健施設は、本来は病院を退院した高齢患者さんがリハビリをそこで行って自宅に戻ることを想定している施設ですが、多くの方が病院にまた戻っており、制度上期待している役割を必ずしも果たせていないことが明らかになっています。理由としては、恐らく介護老人保健施設に入っている時点で、もう自宅に戻る見込みが低いからその施設に来ているということです。さらに入所者に認知症があると、自宅に戻れる割合は低くなるということも分かっています。そうすると、介護老人保健施設は必ずしもリハビリ目的で使われていないということなので、政策提言としては、リハビリ目的の施設と、居場所がない方のための施設の機能は分けるべきとなります。いわゆる特別養護老人ホームみたいな、リハビリ目的ではなくて生活の場としての場所が本当はもっと求められているんじゃないか。自分の論文はこういった展開をしていくものが多いです。

―――実態としては、特別養護老人ホームに直接入れない方が、介護老人保健施設にまず入るケースが多そうなイメージがあります。

(中西)そうなんです。3年ほど前にそのような論文を別に出しています。そのときは色々な施設類型に入っている利用者さんの医療ニーズと介護ニーズを調べました。そうすると、老健と特別養護老人ホームのニーズは非常に近いところにあって、利用者像がほとんど被っているんです。でも、どこから来たのかを調べると、やはり直接特別養護老人ホームに入れないのでいったん老健に入っているという人が多いことが分かってきました。ほぼ同じような方が特養と老健に入っているんだとしたら、そもそも施設を細かく類型で分ける必要はないかもしれません。ところが、老健や他の施設に入る人は特養と比べ医療ニーズがまだある人が多いため、特養では医療ニーズに対応できないので他の施設で過ごして特養の空きが出るまでしのぐという現象が起きている可能性もあります。

―――認知症のケアに興味を持たれたきっかけはございますか。

(中西)大学時代は精神看護や精神保健の分野で、統合失調症といった精神疾患をもつ人へのケアに関心がありました。ただ、大学院に入って少し臨床現場に出始めたところから、精神科に来る認知症の人がすごく増えているという感覚がありました。その当時、介護保険で認知症の人の多くがカバーされている中で、この制度に上手く乗れない人が精神科に来ているのかなと思ったんですね。認知症の人に行われていることをちゃんと知らないと、この先、精神科のサービスがどうなるべきなのかも検討できないのではないかと思い、高齢者や介護の世界での調査に携わってみようかなという気持ちになりました。それが認知症ケアに関する調査をやるようになった一番大きなきっかけです。

―――先生の中で認知症のケアと精神保健という2つのテーマは繋がっているんですね。

(中西)そう、私の中では結構つながってますね。

―――現状の施設と、日本の政策のニーズにはどういった問題がありますか?

(中西)今、日本の政策としては、基本的には高齢者にできるだけ在宅で長く過ごしてほしいというのを一番に挙げています。でも、私としてはご本人が自宅に近い雰囲気で、以前の自分の暮らしと繋がっているものっていう感覚を持ちながら暮らしていける施設があれば、そういう施設に入ることは必ずしも悪いことじゃないと思っています。今の施設って類型が多すぎて、しかもそれぞれに規定があるので、入る人がそれに合わせないといけないんですよね。で、あなたはこの施設が求めているこういう状態像に沿わないから、ここには入れませんと言われて、移動しなくてはいけない。それが今起こっている問題なんじゃないかと思います。施設に一度入って、そのあと状態像が変わったとしても、たとえば認知症の行動や心理症状が重くなったとしても、ケアを上手く組み立てることで、そこで引き続き暮らしていける風になればいいと思います。

―――入居されたあとに、どう快適に過ごすかが大事なのですね。

(中西)この施設ではこの認知症の人は見れないから精神科病院に入るしかない、というケースもあると思います。でも、私は精神科病院はもっと前向きな気持ちで使える場所になってほしい。今ちょっとつらいから精神科病院に入って、それで少し回復したから家に戻れるねって、家に戻るための治療を受ける前提で使われるなら良いのですが、ほかにどこも選択肢がないから仕方なく精神科病院に行くっていう使われ方はあまり良くないなと。それってそこで働いている人たちにとっても多分、嫌なことだと思うんですよね。本当はここに来たくないけど、仕方ないから来てるってみんなに思われてるっていうのは嫌ですよね。

理念や社会のあり方を最初に掲げるのが海外、制度の建付けありきなのが日本。

―――海外の政策における比較研究もされているそうですが、どういった国をピックアップしていますか?

(中西) 2015年にエディテージさんに校正していただいた、14カ国の海外の政策比較をした際は、オーストラリアに注目しました。オーストラリアはかなり現実主義なので、人口密度が薄い中でいかに持続可能なケアをやっていくかという点で、あるところは割り切って、もうここまでしかやらないって決めるんです。そのやると決めた範囲の中では常に見直して、改善して行こうという考え方は、日本もモデルにできるのではないかと思います。

―――オーストラリアって、国土が恐ろしく広いですよね。

(中西) そうなんです。それで地域密着っていう概念が成り立たないんですよね。 カバーできる範囲でやるしかないと決めているので、その代わり、遠隔でのケアを頑張っていますし、紙ベースでの処理を非常に少なくしています。たとえば医療機関で受診したら、その機関の端末で受診内容を患者さんに見せて確認をとりその場で審査機関に送信できるなど、診療報酬の請求支払の仕方も電子化を進めています。人の手でやることはやれる限界があるので、範囲を決めてその先は自動でやろうとか、その辺りの割り切り方はオーストラリアはすごく合理的だなと思いました。

―――14カ国を比較してみて、日本特有だと思ったような政策はございました?

(中西) 政策そのものというよりも、戦略を作るときの順番が違うことが分かりましたね。ほかの国では、たとえば認知症だったら認知症の当事者団体と政府機関とが必ず協議を詰めていき、その上で科学的根拠をレビューする、そういったプロセスを経て戦略が作られたという形跡も外から分かります。でも、日本の出している認知症の国家戦略だと、戦略そのものがポンって出てきたように見える。一番特徴的だったのは、日本の新オレンジプランですと、策定経緯に当事者団体が入っているのか外から見て分からないんです。これは世界的に見ると結構珍しいです。もう1つ、多くの国は、戦略の最初にこういう社会であるべき、といった理念を言うのですが、日本は、「このまま認知症の人が増えていくと大変だ」「だからこうしていく」というところから入ります。社会のあり方の理念を最初に掲げて、それに向かっていくためにこういうことをしていくという、理念ありきで組み立てないのは珍しいですね。

―――共通認識や理念がないまま進めて行くんですね。

(中西) はい。どの国も、国家戦略の内容はそんなに変わらなかったりするんですよ。できるだけ在宅で過ごせるようにしましょうとか、できれば精神科のお薬は使わないようにして、心理社会的な対応のケアでやっていきましょうとか。でもその中心に、じゃあどうありたいの?っていう、そこがちょっとぽっかり空いています。制度の建付けがありきで、その活用法から入るのが日本です。でも、社会の本来のあるべき姿を考えたら制度の建付け自体に問題があるのではないか?といった発想になるのがオーストラリアです。オーストラリアも制度が複雑で分かりにくくなってたんですけども、ここ数年で、少しずつ再編・整理している。そちらのほうが私は正しいと思います。

リジェクトされても、次のジャーナルに向けたフォーマット調整をお願いできるというのはありがたいです。

―――エディテージを最初にご利用いただいたきっかけは?

(中西) 前の職場は半分シンクタンクのようなところで、当時は論文の英文校正に補助が出なかったんです。なので、英文校正費は安いけど、研究費で処理するための事務手続きなどのサポートはない海外の会社を使っていました。2014年にこちらに移ってから、職場の同僚からエディテージさんをご紹介いただいて、そこからずっと使っています。

―――海外の英文校正と比べてみて品質的にどうでしたか?

(中西) 結構、内容に突っ込んだコメントをくれるんだなって思った覚えがあります。

―――ありがとうございます。特に有用性を感じていただいている部分はありますか?

(中西) 1回目の投稿はリジェクトされることも多く、別の雑誌に出すためのフォーマット調整のところで、地味に自分の精神力が削られるんですよね。一番最初に投稿する雑誌はやっぱり厳しい雑誌を狙うので。リジェクトされて、気持ちを切り替えて次のジャーナルに向けてフォーマットを直すって、できる方はできると思うんですけども、それなりにへこむときはへこむので。そこをお願いできるのはありがたいです。

―――投稿の際は大体いくつくらいジャーナルを絞りますか?

(中西) 受け皿がありそうなテーマだとしたら、3つか4つぐらい最初に考えますね。ここを出して駄目なら次にここ、という順番も考えて。ただ自殺対策とか、精神保健の中でもすごく絞られたテーマになるとなかなかそこまで雑誌の選択肢を複数考えるのが難しいときがあります。エディテージさんにはジャーナルを推薦してくれるサービスもあるなってこの間ちらっとお見かけしました。

―――はい、2万5千円でご用意しています。(※投稿ジャーナル選択サービス)

(中西) 自分の研究仲間で、論文をたくさん出している人が周りにいれば、この雑誌どう?って様子を聞けるんですけども、身の回りにいないときがちょっとつらいですよね。そういうとき、やっぱり英文校正会社さんの方で蓄積されているデータや知識もあるので、そういうサービスを使ってみることもありなのかなってこの間思いました。

―――もしお時間に余裕があればぜひお試しください。ピアレビューに沿った論文修正後に、ジャーナルのおすすめリストを作成しますので。

今後は狭い集団に対しての療法でなく、ユニバーサルな枠組みが必要なのかなと感じています。

―――今後、新しく取り組んでいきたいテーマや、今後の研究の展望についてお聞かせください。

(中西) この先に必要なことは、ケアのユニバーサルデザインやユニバーサルな枠組みなのかな、とぼんやり考えています。とにかく色々な療法が海外から輸入されてきて、これいいよ、これいいよって輸入する側はみな言うんですけども、従事者の人がそういうものを1つ1つ身につけていく段階ですごい疲弊しますよね。研修をびっちり受けなきゃいけなかったり。でも実はそれぞれの療法も、共通原則は同じだったりしない?と感じています。なので今後は、個別のすごく狭い集団に対してこれが効く、といった研究ではなく、もっと全体として、こういうことがこの集団に起こっている、それを改善していくためにはこんな共通原則があるべきなんじゃない?っていう政策提言をするべきかなとは思います。なかなか個別の課題に下りていかないので、研究として成り立たせるのはむしろ難しいんですけども。

―――政策提言という点では、海外のジャーナルで論文が受理されることによるインパクトはあるのでしょうか?

(中西) 実はあまり感じないですね。そこもすごく悩んでいます。この前も新聞記者さんに取材を受けた(認知症の人への身体拘束)ときに、「日本語で出してくださいよ」と言われてしまって…論文が出ても自分たちが読めなかったら意味ない、ということで。そうなのかもしれないなとも思いました。もう少し、届いてほしい人に届くような発表の形も考えて行かなくてはいけないのかもしれません。

(中西) ただ、今まで自分が出した論文に「読んだよ」っていって連絡くれたのはやはり海外の人が多いです。読む母集団が多いからかもしれないですけども、海外の人のほうがすごく具体的にコメントをくれます。「この部分が本当に大事なのよ」とか、「私も自分の国でこういうことをやっていて、まさにここで今行き詰ってるのよ」というフィードバックをくれるんですよ。

―――それは結局、和文誌に投稿するわけではなく、研究活動とは別の活動というお話になりますよね。

(中西) そうですよね、シンポジウムなのかフォーラムなのか、若手の人を積極的に集めて話し合ったりできたら良いですね。ファイザーヘルスリサーチ振興財団さんでは昔から年に1回ワークショップをやってて、40人ぐらいの若手研究者等を集めて、1泊2日でとにかく1つのテーマについてグループディスカッションをさせるんですよ。何回か参加したんですけども、それはすごく面白かったですね。研究には直結しないんですけども、行政の人や法律関係の人も入ったりして。その法律関係の人は、後に、がんになった人が自分はどういった保険や制度が使えるのか、調べられる検索サイトを作っていました。

―――面白いですね。ぜひ弊社でも開催してみたいです。

(中西) 自前でやると大変なので、どこかの開催に出資するとか、その催しにエディテージさんの社員を何人か送り込んでみるとか、そういった形で実現できるかもしれないです。

―――エディテージでも時々セミナーを開催しておりますのと、あと若手研究者向けのコミュニティーもございますので。(※若手研究者コミュニティサイト:エディテージ・エッジ)

(中西) 多分、ずっと1人で研究をやっていると行き詰るんです。それでたとえば本当に広いテーマの研究をするなら、それこそ何人かで組んで、この人はこの部分、この人はこの部分っていうふうに、共通のところは共有しつつも、それぞれ少しずつ違う課題で論文を書くという体制を組めると良いですね。だから研究者というのはきっとキャリアのどこかで、自分が論文を書くというところから、自分も書くけど他人にも書かせるっていうところにシフトして行かなければならないんだなと思います。

大人は若い人たちに対して、きちんとした社会の枠組みを作る責任があると思います。

―――最後に、お仕事や研究をする上で大切にされていることや信念があればお聞かせください。

(中西) そうですね、最初に精神保健のことをやりたいと思ったのが高校2年生のときで、その年に地下鉄サリン事件がありました。どうして優れた頭脳や技術をもつ人たちがそっちに使ってしまったのかって思ったんですよね。でも、若い人は特に、常にリスクがあるのかなと思います。つまり、あるコミュニティーに所属して抜けられない状況になったら、どんなに善良な人でも、あるいは真面目な人ほど、コミュニティーが要求する間違った行動を取ってしまうという危険を感じたんです。それが精神保健への最初の出発点でした。自分の書いた論文を誰に読んでほしいかというと、やはり枠組みをつくる大人たちに読んでほしいというのはあります。枠組みをつくる人たちに対して、あなたたちがこういう枠組みを作ると、その枠組みに若い人たちが乗っかったときに間違ったことになるリスクがあるという点はいつでも気にしてほしいと思います。政策の枠組みができてしまえば、人はその枠組みに沿って行動しようとするので、良かれと思っても間違った枠組みに乗ると間違ったことをしてしまう。きちんとした枠組みに乗ることで、若い人でもちゃんとした社会との接点を持ったり、何か人の役に立つ若者になれるとか、そういう枠組みがあってほしいなと思います。

―――そういった観点から政策研究を続けてらしたんですね。

(中西) はい、もっと社会や政策に対してこうなってほしいという気持ちでずっと論文を書いてきました。とはいえ、最近は自分も少しずつ考えが変わってきて、これから研究を始める若手の人にも、自分の論文を読んでほしいなと思います。若い人が私の論文を読んで、「あ、研究の中でこういうことができるんだ」って思ってくれると嬉しいです。少しマイナーな分野だったり、すごく立派な論文じゃなくても、形にすることに意味があるって若手の人に思ってもらえたら嬉しいです。

貴重なお話、本当にありがとうございました。

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この記事を書いた人

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