生物学と数学の両面から細胞の分子過程を探る:飯田 渓太(いいだ・けいた)さんメールインタビュー

確率・統計を用いた1細胞遺伝子発現の数理解析と生物学的パラメータの推定

2018年度エディテージ研究費 基礎研究グラントを受賞された飯田 渓太(いいだ・けいた)さんは、確率・統計を用いた1細胞遺伝子発現の数理解析と生物学的パラメータの推定をテーマに研究をしていらっしゃいます。

ご研究について

Q1. ご研究の内容について、一般の方向けに簡単にご紹介ください。

専門は広い意味での数学ですが、近年は生物学を背景とする問題に注力しています。特に、生命の最小単位と言われる細胞と、その中で起こる不規則な分子過程(力学や化学反応)に興味があり、生物学と数学の両面から研究しています。

生物学としては、細胞の意思とは何か?細胞内の分子過程はどのようにそれを決定するか?などの根源的疑問に答えを出せないかと考えています。数学としては、蛋白質と核酸の相互作用システムを定式化し、その動作原理を実データから検証する理論を構築しています。一例ですが、最近、蛋白質の生成消滅の方程式に一般超幾何関数と呼ばれる構造を発見しました。また、この発見と大腸菌の実データを合わせることで、計測困難な生物パラメータを推定することができました。

本研究と関連分野には数学的に未解明な部分が多く、特に理論とデータを繋ぐ部分が難しいです。しかし、それさえクリアできれば、広大な未開拓領域に出られる可能性があります。学際研究なくしては達成できない難題ですが、挑戦的でやりがいがあります

Q2. このテーマを選んだきっかけ、この研究を始めようと考えた理由を教えてください。

本研究は、東北大学医学部産婦人科の教授が、免疫学の共同研究のために開発されていた内容を私流に発展させたものです。

学位取得後、東北大学に籍を得て異分野融合の課題に取り組みました。はじめは、学生時代からの興味で数理生物学の問題を考えていましたが、独創性のある問題はなかなか思いつきませんでした。そのような中、紹介されたテーマは、最新の生物学的知識と、生命の多様性を扱う新しい数学が必要で、極めて独創的だと感じました。また、単に「やってみないか?」程度ではなく、命懸けで取り組む課題だと言われたことが鮮烈で、興味以上の動機が持てたことも、この研究を始めようと考えた理由だと思います。

Q3. このテーマのユニークなところ、面白いところなどPRポイントを教えてください。

ユニークな点は、細胞内の不規則な分子過程(力学や化学反応)の記述に確率論を用いる点です。この分野は、海外では盛んに研究されています。多数の実験論文を調査した結果、遺伝子から蛋白質がバースト生成する現象が、電子回路の分野で知られるショット雑音によって定式化できることが分かり、細胞状態の「ばらつき」を表現できるようになりました。理論とデータを合わせて、生命の多様性を議論できるのが本研究の強みであり、特異な点でもあります。面白いところは、数学と異分野が相補に発展できる点だと思います。

Q4. この研究の難しいところ、特にご苦労されていることを教えてください。

本研究には、理論検証に使えるだけの高品質な生命データ(1細胞データ)が必須ですが、これまでデータの多くは公開されてきませんでした。そこで私は、国外の研究者に連絡を取り、半年がかりでようやく、同意書付きで提供してもらうことができました。しかしながら、データの内容について更に質問しても明確な回答が得られないなど、多少不便がありました。(それでも貴重なデータを提供していただいたご好意には心から感謝している)

最近は、多種多様な生命データが公開されていますが、内容を正しく理解し、正確に扱うには、バイオインフォマティクスと呼ばれる分野に精通する必要があります。幸運にも、現在の職場(大阪大学蛋白質研究所)では、生物学とバイオインフォマティクスを学ぶ環境が整っていますが、この分野の難しさは、次々に発表される新技術を常に把握し、実践しなければならない点にあり、「ゆったり、ゆっくり」の数学と両立するのはなかなか大変です。

Q5. 採択決定後、研究は開始されましたか?

開始しました。

Q6. 研究の今後の発展、見通しについて教えてください。

これまで、大腸菌などの比較的単純な生物の分子過程を研究してきました。今後、我々の数理モデルをより高等な生物にも適用できるよう一般化し、公開データベースを活用して生命システムの動作原理を解明したいと考えています。展望としては、例えばヒトの正常細胞とがん細胞で比較を行えば、従来無かった視点で両者の違いを捉えられると期待しています。

Q7. 英語論文の投稿や、国際学会での発表のご予定はありますか?

英語論文の第一報は、既に2019年1月のJournal of Theoretical Biologyから出版されました。現在、第二報を準備中です。国際学会に関しては、2019年7月にスペインで開催された応用数学系の会議「ICIAM2019」において口頭発表を行いました。

あなたご自身について

Q8. 研究者になりたいと最初に思ったのはいつでしたか?

研究者になりたいと最初に思ったのは、学部4年生から修士1年生の頃です。2008年の「北陸応用数理研究会」と「応用数学合同研究集会」に聴講者として最初に出席した頃です。

Q9. 研究者になりたいと思ったきっかけを教えてください。

大学院時代の恩師の影響が強いと思いますが、上記の研究集会で多くの優れた研究者の発表に触れ、憧れにも似た強い想いを抱くようになりました。

Q10. ご自身の研究者としての「強み」は何だと思いますか? また研究者としての弱みはありますか?

研究者としての「強み」は、良い師・良い先輩・良い仲間に巡り会えたことです。人間的にも相当鍛えられました。「弱み」は沢山あり過ぎて、とても列挙しきれませんが、一つずつ乗り越えていこうと思っています。

最後に

Q11. 若手研究者、研究者を目指す学生さんへメッセージをお願いします。

一所懸命に研究してほしいと思います。その中で、社会や人とのつながりを大切にし、良い師匠、良い研究仲間に巡り合ってほしいです。

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この記事を書いた人

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