「やり尽くされた研究は、きっと存在しない」 神奈川大学人間科学部、山蔦圭輔教授インタビュー

摂食障害という時代の社会の価値観と自分との複雑な関係の中で生じる心の不調、そして、特殊な職場環境で働く医療従事者の心のケアと健康維持と、企業職員のメンタルヘルスケア。社会と自己の間で生きる人々を、基礎研究と臨床実践の両面から支える心理学研究者でありカウンセラーの山蔦圭輔教授にお話をうかがいました。

山蔦先生は2005年、学生時代からこれまで17年間エディテージをご利用いただいています。創業から20年のうちほとんどの期間でエディテージの成長を見守り、折に触れてスタッフに温かい励ましの言葉をいただいてきました。2011年にムンバイ本社ご訪問キャンペーンでエディテージスタッフと交流していただいたこともあり、その時の思い出も語っていただきました。

山蔦圭輔教授プロフィール

神奈川大学 人間科学部人間科学科 教授。合同会社メンタルヘルスケア・ネットワーク代表。ご専門は臨床心理学、健康心理学、カウンセリング、医療従事者支援。長年、摂食障害の予防的研究や臨床心理士・公認心理師の教育に携わる傍ら、医療機関をフィールドに医療従事者の心の健康維持・増進のための予防活動と研究に取り組む。2020年には職場の労働者のメンタルヘルスケアをサポートする合同会社メンタルヘルスケア・ネットワークを設立し、埼玉県川口市でカウンセリングと企業のメタルヘルスケア支援のコンサルティングに携わる。

エディテージ利用歴 17年(2005年〜)
ご利用サービス 英文校正、学術翻訳

― エディテージが20周年を迎えました。ぜひ一言コメントをいただけますか?

20周年、本当におめでとうございます。初めてエディテージを利用させていただいたのが2005年、今から17年前です。10周年くらいの時に1度、インドの本社にお招きいただいたのがとてもいい思い出となっており、昨日のことのように思い出されます。この10~20年は簡単な年月ではなかったと思いますが、立派な法人企業として成長なさったことをとてもうれしく感じています。今後も30年、40年とお付き合いを続けさせていただき、お互いに研究を盛り上げていけたらと思いますので、よろしくお願いします。

― 臨床心理学を専門に選ばれ、研究の道に進まれたきっかけを教えて下さい。

私は小さいころからずっと医者になりたいと思っていたのですが、「病気を治したい」や「人を助けたい」という気持ちを持ちつつも、なにかしっくりこない感じがあり、そこで出会ったのが「心理学」でした。初めは臨床心理学の「臨床」の意味すらわかりませんでしたが、勉強を進めていくうちに臨床心理学、またその実践であるカウンセリングがとてもおもしろく感じ、指導の先生の勧めもあって大学院へ。まだ人の役にもなかなか立てず、論文を投稿しても思ったように採択されませんでしたが、本当に充実した学生生活でした。その後、博士課程に進み、周りにとても恵まれたこともあって、必ずしも順調とはいえないかもしれませんが研究を進め、一方でカウンセラー臨床家としてさまざまなケースを担当させていただき、今の道につながってきたという経緯があります。

― 臨床心理学の分野で、先生は複数の研究の軸をもって多彩な活動をされています。ライフワークとされている研究テーマと取り組みについて教えてください。

ひとつの軸は「摂食障害」で、ずっとその予防をテーマとしてきました。今もそれは継続していて、自己(自分自身)が他人との関係の中でどのように評価されているのかということや、ボディイメージの問題などをテーマにしています。もうひとつの軸が、「医療従事者のケア」で、医療機関でお勤めの方がもっと幸せに生活ができるように何らかの基礎的な研究を発信していくこと。この2つがここ5年ぐらいの大きな軸となっています。

「摂食障害」をテーマに選んだ理由ですが、はじめは「自己」や「自分とは何か」ということに興味がありました。大学院時代に入った研究室が心身医学を専門にしており、そこでの重要なテーマに「摂食障害」があったのが、取り組むようになったきっかけです。

「医療従事者のケア」について、こちらは取り組みはじめて10年くらいでしょうか。病院や診療所などでスタッフのケアをすることを実践のベースにしていたこともあり、最近やっと論文にもできるようになってきました。

コロナ禍では特に、医療従事者の心のケアには社会的にも注目が集まっています。通常の職場のカウンセリングと比べてどんな違いがあるのでしょうか?

医療の世界には独特な文化や特徴的な人間関係があるため、それを知ってるか知らないかは支援を実践をする上でとても大きいと思います。例えば話を聴くというプロセスにしても、皆さんすごく忙しい中でお仕事されているので、5分や10分など短い時間でいかに話を聴くかが重要です。1時間かけてゆったりとカウンセリングをするのとは質も違うのです。従来の心理臨床家からは「そんなのカウンセリングじゃない」と言われるかもしれませんが、結果としてそれでスタッフの皆さんの健康度が上がっていることが期待できるので、これはこれでひとつの対人支援なのではないかと。そもそも、良くしていくためには「悪くならない」ということがとても大切だと思います。これは健康心理学的なテーマでもありますが、予防的視点はこれからも重要だと思います。

― エディテージのサービスを17年前に初めにご利用いただいたきっかけと、利用し続けていただいた理由はなんでしょうか。

初めてエディテージを利用したのは、大学院生の頃、初めて英語校正が必要になったタイミングだったと思います。どうすればいいか困って先輩に聞いたら、エディテージを紹介されて、それ以来、今日までずっとお付き合いさせていただいています。

実は最初に思ったのは、英語が苦手だったので「なんで日本語で返ってこないのか」ということ。でもあるとき、日本語に変換するとニュアンスが変わってしまい、英語でないと伝わらないことがあると気づきました。日本語でワンクッション置くよりも、英語のままでがんばって読み解き、それで納得ができればベスト。もしそのプロセスの中でわからないことがあっても、エディテージは何度でも答えてくれる、そんな信頼感が、エディテージをずっと利用している理由だと思います。

― 2011年3月、苦しくも東日本大震災の最中でカクタス本社をご訪問いただいたこともありました。

前述のように、おおよそ10年前に、エディテージの本社訪問キャンペーンにたまたま当たってご招待いただき、インド・ムンバイにある本社に行ったのですが、そこで大きなカルチャーショックを受けました。事前に聞いてはいましたが、日本にいてはできない経験をできたことが、視野を広げるうえでよい影響を受けたと思っています。

忘れられないのが、「街中で歩いているときにマンホールを踏まないように」と言われたこと。マンホールが突き抜けて亡くなる方が毎年たくさんいると聞いて、とても驚いたことを覚えています。あとはカレーがおいしかったことですね。

カクタスのインドオフィスを訪問して、いろいろな方とお話しして思ったのが、皆さん情熱があり、勢いやエネルギーがある感じがしました。日本で仕事をする中では感じられないもので、インドに行った一番の収穫でした。 それと、ちょうど私の訪問の最終日が2011年3月11日で東日本大震災があった日。最後のカレーを食べて、さあ帰ろうというときに地震の速報が入り、このままインドに永住することになるのかと不安に感じたことを覚えています。そのときも、カクタスの皆さんが温かく声をかけてくれて、ビジネス上の付き合いだけではない、人間関係の深さを感じられたのも、振り返ると良い思い出です。

― 大学でのご研究と教育活動、カウンセリング活動に、合同会社の起業…と、あらゆることに全力をそそがれています。これからのお仕事の展望を教えてください。

どこかでエネルギーが切れてしまう気もしますが、切れるまでやろうと思っています。切れてしまう前にいろいろと人と協力して広げていく方向にシフトするのも必要かとは思いますが、今はできることを精一杯やっている感じです。 心理士が国家資格となり、「公認心理師」という資格ができて丸5年が経ちますが、この5年間に資格を取得した人たちがこの先10年間、心理士としての職能が上がるのか、社会的な価値が上がるのかということは、私たち中堅にかかっていると自覚しています。今後はそういったところにも少しお手伝いできるような、そんな活動もしていきたいと思っています。

― 臨床心理学を志す若い研究者へ、アドバイスをいただけますでしょうか?

私が修士課程で摂食障害をテーマにした時、よく指摘されたのが「摂食障害の研究はもうやり尽くされており、心理ができることはすごく少ない」ということ。でも、そうではありませんでした。皆さんも「この研究をやりたい!」と思ったとき、人にいろいろ言われるかもしれません。それは批判かもしれないし、良い指摘かもしれない。それをうまく吸収して、やりたいテーマを突き詰めていけたらいいのではないかと思います。

それと臨床心理についていうと、医学の世界と似ているようでバックグランドなどが違うので、相容れないところもありますが、同じようなテーマで研究することもあります。そんなとき、臨床心理のアイデンティティはすごく大事ですし、カウンセリングを実践する専門家としてのアイデンティティもすごく大事です。くじけそうなこともたくさんあると思いますが、私たちができることはたくさんあるということをぜひ心に留めて、「心理」に自信を持って取り組んでほしいと思います。

研究をもうひとりでやる時代は終わり、いろいろな人と協力をしながら、できるところの役割分担をして、最終的にはまとまっていく時代です。そのできることの役割分担のひとつにエディテージがあることで、すごく良いシステムができ上るのではないかと思っています。

―貴重なお話を本当にありがとうございました。

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この記事を書いた人

エディテージはカクタス・コミュニケーションズが運営するサービスブランドです。学術論文校正・校閲、学術翻訳、論文投稿支援、テープ起こし・ナレーションといった全方位的な出版支援ソリューションを提供しています。

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