他の研究者と一緒に仕事をする利点のひとつは、それぞれが独自の興味範囲を持つ、知的で興味深い多くの人々に出会えることです。更に、人が研究者を目指す理由は様々ですが、ほぼ共通している特徴のひとつは、知的探求心だと言えます。それは崇高な目標かもしれませんが、一方でなぜ多くの研究者が最終的にモチベーションを失い、燃え尽き症候群に陥ってしまうのでしょうか。また、どうすれば研究グループのリーダーは、メンバーが素晴らしい仕事をするために必要なモチベーションを維持し、向上させることができるのでしょうか。
研究におけるモチベーションの課題
研究は要求の高い職業です。どのレベルの研究者も、常に結果を出さないといけないというプレッシャーにさらされており、研究者としての成功は、知識だけでなく、根性、コミュニケーションスキル、労働倫理にも左右されます。モチベーションが高ければ、困難な仕事にも粘り強く取り組むことができ、職業上の燃え尽き症候群を防ぐことができます。例えば、スポーツ選手を対象としたある研究によると、自己決定によるモチベーションは燃え尽き症候群の負の予測因子であることが判明しました1。
人間は、一定のレベルで一貫して結果を出せる機械ではありません。個人の感情状態とモチベーションにより良い結果が得られ2、モチベーションの低下は燃え尽き症候群の一因となり、COVID-19パンデミックのようなストレスの多い状況ではさらに悪化する3と、研究では予測されています。モチベーションは個人の内発的な特性と考えられることが多いのですが、社会的、環境的要因に大きく影響されることを示唆する証拠も数多くあります4。
研究責任者としてモチベーションを促進する
研究の成功にはモチベーションが不可欠であり、研究責任者(PI)にはチームのモチベーションを促進する責任があります。
研究責任者(PI/Principal Investigator)は、オーケストラの指揮者に例えることができます。優れた指揮者は、幅広い知識、音楽家たちとの個人的な信頼関係、組織化スキルを駆使して、役割の異なる多くの人々を調和して協力させ、特別なことを達成します。研究者チームの調整にも同様のスキルが必要です。PIは、研究チームのモチベーションを高く維持できるかどうかの明暗を分ける要因となり得ますし、チームのモチベーションを維持できるかどうかが研究チームの成功に重要な要素となる可能性があります5 。
モチベーションは多くの場合、内発的モチベーションと外発的モチベーションに分けられます。内発的モチベーションは、個人的な楽しみや満足感によって、自分自身の内面から生まれるものであり、外発的モチベーションは、報酬や社会的プレッシャーなどの外的要因から生まれるものです。有能なマネジャーは、チームのモチベーションを評価する際、内発的モチベーションと外発的モチベーションの両方を考慮し、チームのニーズを満たすよう積極的に働きかける必要があります。
研究チームのモチベーションを維持するためのコツ
ここでは、PIがチームのモチベーションを維持し、意欲的に研究に取り組むためのコツをいくつか紹介したいと思います。
1. 明確な目標と責任を与える
研究プロジェクトの各フェーズの開始時に、チームメンバー全員に明確で実行可能な目標を提示することが重要です。これは、タスクを整理するのに役立つだけでなく、チームメンバーのモチベーションを高めることにもつながります6。「ロック&レイサムの目標設定理論(Locke & Latham’s Goal-Setting Theory)」7 にあるように、管理しやすい目標を設定することで、モチベーションとパフォーマンスを向上させることができます。さらに、スタッフが交代するたびに、あるいは優先順位が変わるたびに、これらの目標を見直すことも有効です。チームメンバーが目標達成に向けた進捗状況についてあなたとコミュニケーションをとる機会を含めることで、チームメンバーに進捗状況に関する良い知らせをあなたに伝えるという外発的モチベーションを与えることができます。
研究者の中には、スクラム型のようなアジャイル組織アプローチを研究現場に導入している人もいます8。スクラム型では、プロジェクトをスプリントと呼ばれる管理可能な小さな塊に分割します。チームは、優先順位をつけた一連のタスクを完了させるために協力し、全員が予定通りに進んでいることを確認するために、毎日スタンドアップミーティングを行います。
2. 積極的にフィードバックする
人は誰でも、自分が良い仕事をしていると言われたいと思っていますし、何か間違ったことをしていたとしても、それが雪だるま式に大きな問題に発展する前に、自分が間違っているということを言ってほしいと思うものです。フィードバックの機会を提供することで、PIは必要な賞賛や穏やかな是正措置を提供することができます。
フィードバックは、正式な業績評価(パフォーマンスレビュー)に似ている必要はありません。簡単な口頭での謝辞や説明は、研究者を導き、モチベーションを維持するのにとても役立ちます。研究によると、「ありがとう」カードのような象徴的なものであっても、モチベーションを高めるのに大いに役立つことが分かっています9。
3. 「Open door」ポリシーを持つ
「Open door」ポリシーは、チームの条件に合わせて会う機会を増やすことで、チームとのコミュニケーションを改善し、彼らが職場でよりサポートされていると感じるのに役立ちます10。彼らの声を聞く機会を提供することは、双方のモチベーションを高め、良い結果をもたらす可能性があります11。
さらに「Open door」は、チームメンバーが懸念事項を共有できると感じるのにも役立ちます。自分の懸念事項を打ち明けられないと感じることは、モチベーションを低下させる可能性があるため、どんな意見でも歓迎される雰囲気を醸成することが優先されるべきです。
4. 模範を示す
あなたはPIとして、職場のテンポを設定します。チームメンバー全員、特に若手研究者は、あなたを模範として見習います。明るい態度、強い倫理観、効果的なコミュニケーションを心がけることは、チームの同じ特性を引き出す環境を育むのに大いに役立ちます。同様に、もしあなたが仕事中毒なら、自分の習慣を見直す必要があるかもしれません。キャリアの浅い研究者は、先輩の研究者についていかなければならないと感じることが多くありますが、彼らにとって重い仕事量をこなすのは難しい場合があります12。
5. チームにインセンティブを与える
内発的モチベーションは非常に重要ですが、外発的モチベーションもとても役に立ちます。人はインセンティブによく反応するという明らかな研究結果があります13 。研究の場では、ハードワークを評価して金銭的な報酬を与えることは難しいかもしれませんが、重要な目標を達成した後に、特別休暇を与えたり、チームを食事に誘ったりするなど、努力に報いる手段はたくさんあります。
インクルージョンの重要性
包括的で歓迎的な環境の必要性を無視することはできません。人は、仲間や環境から自分が評価され、受け入れられていると感じられれば、よりやる気が出るものです。しかし、いじめや排除は依然として学術界で絶えることのない問題です。言うまでもなく、敵対的な環境が研究者のモチベーションを低下させるため、歓迎的な雰囲気の醸成を妨げるものはすべて適切に管理される必要があります。
特に、性的、ジェンダー的、民族的、宗教的マイノリティの研究者は、自分のキャリアや研究環境に対してより大きな不満を抱える傾向があります14。チームメンバーには、仲間を尊重し、正しい行動の模範となるように接することが重要です。「Open door」ポリシーは、疎外されたグループの研究者がいじめやハラスメント、または排除の対象となった場合に、懸念を表明するのに役立ちます。
結論
モチベーションは大きなテーマです。実際、それ自体が1つの研究分野にもなっています。モチベーションを高めることは、チームの成功を左右する重要な要素になり得るのです。
参考文献
1. Holmberg, P. M. & Sheridan, D. A. Self-Determined Motivation as a Predictor of Burnout Among College Athletes. Sport Psychol. 27, 177–187 (2013).
2. Stupnisky, R. H., Larivière, V., Hall, N. C. & Omojiba, O. Predicting Research Productivity in STEM Faculty: The Role of Self-determined Motivation. Res. High. Educ. (2022) doi:10.1007/s11162-022-09718-3.
3. Gewin, V. Pandemic burnout is rampant in academia. Nature 591, 489–491 (2021).
4. Grant, A. M. & Shandell, M. S. Social Motivation at Work: The Organizational Psychology of Effort for, Against, and with Others. Annu. Rev. Psychol. 73, 301–326 (2022).
5. Banks, L. Words of Advice: How to be a good Principal Investigator. FEBS J. 288, 3973–3977 (2021).
6. How effective goal-setting motivates employees | McKinsey & Company. https://www.mckinsey.com/capabilities/people-and-organizational-performance/our-insights/the-organization-blog/how-effective-goal-setting-motivates-employees.
7. Locke, E. A., Latham, G. P. & Smith, K. J. A Theory of Goal Setting & Task Performance. (Prentice Hall, 1990).
8. Ota, M. Scrum in Research. in Cooperative Design, Visualization, and Engineering (ed. Luo, Y.) 109–116 (Springer, 2010). doi:10.1007/978-3-642-16066-0_18.
9. O’Flaherty, S., Sanders, M. T. & Whillans, A. Research: A Little Recognition Can Provide a Big Morale Boost. Harvard Business Review (2021).
10. 5 Open Door Policy Examples. https://blog.hubspot.com/marketing/open-door-policy (2022).
11. Burris, E. R., Detert, J. R. & Romney, A. C. Speaking Up vs. Being Heard: The Disagreement Around and Outcomes of Employee Voice. Organ. Sci. 24, 22–38 (2013).
12. Whisperer, R. How early career researchers suffer when senior scholars burn out. The Research Whisperer https://researchwhisperer.org/2021/02/16/early-careers-suffer-when-senior-scholars-burnout/ (2021).
13. Ogbonnaya, C., Daniels, K. & Nielsen, K. Research: How Incentive Pay Affects Employee Engagement, Satisfaction, and Trust. Harvard Business Review (2017).
14. Cactus Mental Health Survey Team. CACTUS Mental Health Survey 2020 Summary Report. https://foundation.cactusglobal.com/mental-health-survey/cactus-mental-health-survey-report-2020.pdf (2020).
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