科学は証拠と、既存の知識と新たな観察結果の慎重な検討に基づいています。このような経験則にもかかわらず、科学は依然として計り知れないほどの信頼に依存しています。科学が真に機能するためには、研究者、査読者、出版社、研究機関、そして一般の人々すべてが、適度にお互いを信頼する必要があり、ほとんどの場合、各人が誠実に行動することで機能します。ただし、信頼を当然のものと考えることはできません。利益のために科学出版システムを悪用し、すべての利害関係者間の効果的な対話に必要な貴重な信頼を損なう者もいます。ますます一般的になっている詐欺のひとつがPaper millsです。ここでは、それらがもたらす危険性と、善意の研究者がその落とし穴を回避する方法を紹介したいと思います。
Paper millsとは何か
簡単に言うとPaper millsとは、不正な論文を執筆したり、そのような論文に著者名を記載したりしたものを製造および販売する組織です1。この不正論文詐欺は現在、研究者をターゲットにしている多くの詐欺のひとつであり、憂慮すべきことに、時が経つにつれてますます目立ってきています2。
Paper millsの手数料は、数百ドルから数千ドルの範囲です3。特にキャリアの浅い研究者にとっては、この値段は高いかもしれませんが、自暴自棄になって「出版するか、消滅するか」というパラダイムにより、善意の人々がこのようなサービスに支払うことになる可能性があります。例えば、中国の医師は昇進するために論文発表のノルマを課せられることが多く、論文数を水増しするためにPaper millsを利用する人もいます4。しかし、それは自分自身に不利益をもたらすだけでなく、研究の過程に悪影響を及ぼすことにもなります。
Paper millsによる被害
従来のジャーナルに論文を投稿したことがある人なら、査読の際に論文がかなりの精査を受けることを知っているはずです。偽の論文が査読を通過して出版され、研究の方向性に害を及ぼすというのはないように思えますが、実際にはよくあることなのです。ある研究によると、撤回されたPaper millsのほぼすべてが、出版後に少なくとも1回は引用されており、その中央値は11回ということがわかりました5。Paper millsによる誤解を招く論文によって研究予算や労働時間の損失がどれくらい引き起こされるかを定量化することは不可能です。先述したとおり、中国における不正なオーサーシップの問題は、中国の病院で働く正規の研究者に対する監視の目を厳しくするため、この地域の生物医学研究に損害を与えるリスクがあります6。
偽の研究は、基礎研究以外でもシリアスな結果をもたらす可能性があります。分子腫瘍学の研究者であるJennifer Byrneは、偽の研究によって特定の遺伝子とがんとの間に存在しない関連性を作り出す可能性があり、「人はがんで死にます。これはゲームではありません。文献で行われている作業について説明することが重要です」と指摘しています。
Paper millsに対するコミュニティの取り組み
Paper millsによる論文が正規のジャーナルに掲載されるのを防ぐには、査読者、編集者、読者など、プロセスに関わるすべての関係者が警戒する必要があります。
出版倫理委員会（COPE）は、この深刻化する問題にどう取り組むかについて率先して議論しており、STMと共にまとめた報告書7は、学術コミュニティへの提言を知る上で優れた出発点となっています。
STMはPaper millsへの取り組みに強い姿勢を見せています。2022年4月には、STM Integrity Hub 8,9を立ち上げ、偽の画像などの問題を特定しやすくするための共同作業環境とアクセス可能なツールの両方を提供しようとしています10。人工知能（AI）は最近多くの分野で話題になっていますが、出版倫理も例外ではありません。AIはPaper millsによってテキストや偽の画像を生成するために利用されてきましたが11、Turnitin などの企業が AI で生成されたテキストを検出し、盗作の検出を向上させるための新しい AI テクノロジーを導入しており、Paper millsへの有効な対策方法として示されています12。
Paper millsを利用しない人であっても、すべての研究者が認識する必要がある理由
Paper millsが成功するためには、一見するとかなり説得力のあるように見える論文を作る必要がありますが、これは必然的に騙される読者がいることを意味します。研究者は、論文に引用された文献のすべてを読むことはほとんどありません。実際のところ研究者は、論文の質や重要性が低いと認識した場合、論文をより表面的に読むことがよくあります13。つまり、内容を表面的に読んだだけで不必要に引用文献を含めると、知らず知らずのうちにPaper millsの論文を参照してしまう可能性があるのです。このような引用を含めてしまうと、あなたの研究結果の質が低下し、結果について主張するために疑わしい情報が使用された場合、あなたの研究に疑問が生じる可能性さえあります。
Paper millsの可能性を発見するには
苦しい言い回しなどに注意する
Paper millsは、AIテキストジェネレーターを多用して論文を作成したり、水増ししたりしています。その結果、文法的には正しいものの意味的にはおかしな、あるいは意味のない言い回しが生まれることがあります。例えば、外国語論文の自動翻訳や、剽窃検知アルゴリズムを回避するためのAIを介した言い換えにより、「人工知能（artificial intelligence）」ではなく「偽造意識（counterfeit consciousness）」といった言い回しで論文が出版されるようになりました14。多くの研究者は英語を母国語としていないため、誤った表現をしてしまうことは理解できますが、分野固有の用語の難解な言い回しは、疑わしさを感じさせる大きな手がかりとなります。
画像をチェックする
偽造または加工された画像は、多くの不正論文の失敗の原因となってきました。Paper millsの論文は、複製、盗用、加工された画像を使用することがよくあります。Elisabeth Bik は、そのような操作された画像や偽の画像を見つけるための優れたガイダンスを提供しています15。
ヌクレオチド試薬の誤りをスクリーニング
何百もの研究に対して、ヌクレオチド試薬の誤りが疑われています。これは観察された結果が、実際には起こりえないものであったことを意味します16。遺伝子配列を扱う場合、NCBI BLASTNのようなツールは、これらの配列が検証された配列と一致していることを確認するのに非常に役立ちます。
生データのリクエストとレビュー
査読者や編集者は、研究の生データを要求する権利を持っています17。データの共有に消極的な研究者は、怪しいと感じるべきです。同様に、偽造された生データは、その主題に関する深い知識を持つ人々であれば容易に見つけられる可能性があるため、コラボレーションの必要性がさらに強調されます。
疑わしい場合は個人や組織を検証する
円亀大学植物分子生物学研究センターの佐藤武博士をご存じでしょうか？ 知らないことを祈ります。なぜなら、名前や所属、そして組織まで、架空の情報だからです。それでも、多くの人は調べることなく、この偽大学に気づかないでしょう。もちろん、引用した論文の著者全員を確認することは現実的ではありませんが、論文の内容が疑わしい場合、検索エンジンを使って疑わしい共著者や所属を特定することで、論文が不正であることを確認できます。
結論
学術出版社、研究者、そして政府までもが、Paper millsによって引き起こされる害に気づき始めています。これは心強いことですが、不正を発見するための改善策を回避するためにPaper millsがますます巧妙な手口を採用するという、レッドクイーン効果を目の当たりにしているのかもしれません。出版プロセスに携わるすべての人々は、常に警戒を怠らず、学術的不正を特定するための最新のデータやツールを利用する必要があります。
参考文献
1. Systematic manipulation of the publishing process via “paper mills”. COPE: Committee on Publication Ethics https://publicationethics.org/resources/forum-discussions/publishing-manipulation-paper-mills.
2. Else, H. & Van Noorden, R. The fight against fake-paper factories that churn out sham science. Nature 591, 516–519 (2021).
3. Nash, J. Paper Mills—The Dark Side of the Academic Publishing Industry. MDPI Blog https://blog.mdpi.com/2022/05/09/paper-mills/ (2022).
4. Schneider, L. The full-service paper mill and its Chinese customers. For Better Science https://forbetterscience.com/2020/01/24/the-full-service-paper-mill-and-its-chinese-customers/ (2020).
5. Candal-Pedreira, C. et al. Retracted papers originating from paper mills: cross sectional study. BMJ 379, e071517 (2022).
6. Frederickson, R. M. & Herzog, R. W. Keeping Them Honest: Fighting Fraud in Academic Publishing. Mol. Ther. 29, 889–890 (2021).
7. Paper mills research. COPE: Committee on Publication Ethics https://publicationethics.org/resources/research/paper-mills-research.
8. STM Integrity Hub – STM. https://www.stm-assoc.org/stm-integrity-hub/.
9. Upholding research integrity: An interview with Joris van Rossum on the STM Research Integrity Hub. Editage Insights https://www.editage.com/insights/what-is-the-stm-integrity-hub-and-what-does-it-do-interview-with-joris-van-rossum (2023).
10. Cookson, C. Detection tool developed to fight flood of fake academic papers. Financial Times (2023).
11. AI paper mills and image generation require a co-ordinated response from academic publishers. Impact of Social Sciences https://blogs.lse.ac.uk/impactofsocialsciences/2022/12/15/ai-paper-mills-and-image-generation-require-a-co-ordinated-response-from-academic-publishers/ (2022).
12. Artificial intelligence (AI) and fake papers. COPE: Committee on Publication Ethics https://publicationethics.org/resources/forum-discussions/artificial-intelligence-fake-paper.
13. How status of research papers affects the way they are read and cited – ScienceDirect. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0048733322000129.
14. Else, H. ‘Tortured phrases’ give away fabricated research papers. Nature 596, 328–329 (2021).
15. Flemming, P. Spotting fake images in scientific research: insights from science integrity consultant Elisabeth Bik. The Publication Plan https://thepublicationplan.com/2022/11/29/spotting-fake-images-in-scientific-research-insights-from-science-integrity-consultant-elisabeth-bik/ (2022).
16. Else, H. Errors in genetic sequences mar hundreds of studies. Nature (2021) doi:10.1038/d41586-021-02136-y.
17. How can editors detect manuscripts and publications from Paper Mills? https://www.wiley.com/en-us/network/publishing/research-publishing/editors/how-can-editors-detect-manuscripts-and-publications-from-paper-mills.
この記事はEditage Insights 英語版に掲載されていた記事の翻訳です。Editage Insights ではこの他にも学術研究と学術出版に関する膨大な無料リソースを提供していますのでこちらもぜひご覧ください。
