研究者向けソリューションを提供するエディテージ(カクタス・コミュニケーションズ株式会社)は、10月17日に行われたRA協議会第10回年次大会にて「即時オープンアクセス義務化に対する研究者意識調査」の結果を発表しました。
本調査は、2025年度公募分から、競争的研究費による研究論文の即時オープンアクセス(以下OA)義務化が閣議決定したことを受け、研究者支援サービスブランド、エディテージの利用者を中心に、論文出版経験がある研究者1,012名を対象に実施されました。
調査の結果、即時OA義務化の方針を研究者の71%が知らないことが明らかになりました。研究者はOA化に関心が強く、研究を社会に還元する理念には賛同する声が多い一方で、方針を支持する人は35%、積極的にOA化を推進したいと考えている人も51%に留まりました。研究予算が限られる中、高騰する論文投稿費用への不安が現れた結果と言えます。
また、今回の即時OA義務化方針では、論文の著者最終稿を機関リポジトリに公開するグリーンOAが推奨されていますが、所属する大学等に機関リポジトリが「ない」と答えた人が30%、「わからない」と答えた人が28%で、合計すると全体の58%と高いことがわかりました。方針の実施に向けて、研究者への情報発信と理解の拡大、負担軽減に向けた支援が重要であることが明らかになりました。
調査概要
- 調査名:OA義務化に対する研究者意識調査
- 調査期間:2024年8月27日〜9月6日
- 対象:エディテージ(カクタス・コミュニケーションズ株式会社)の利用者を中心とした、論文出版経験がある研究者
- 回答数:1,012名
- 方法:オンラインアンケートフォーム自主回答形式
1. 対象者属性
調査は1,012名の論文出版経験がある研究者を対象に実施されました。回答者の所属機関は国立大学が最も多く、次いで私立大学、公立大学の順でした。年代は40代が最も多く、次いで50代、30代と続きます。職階は教授が最多で、准教授、講師・助教と続きます。分野別では医学・薬学・歯学が最も多く、次いで工学、生命科学の順となっています。
2. 即時OA義務化方針の知識
調査結果によると、即時OA義務化の基本方針については71%が知らなかったと回答しました。特に医師・医療従事者に情報が届いていない傾向が見られました。方針を知っていた人の中でも、OA化の意義と即時OAの必要性については理解されているものの、データ公開の必要性や著者最終稿利用が可能であることなどは知らない人が多いことが分かりました。情報源としては、ソーシャルメディア、学協会、大学・研究機関のセミナー、大学サイトが上位を占めています。
3. OA出版の経験と状況
過去1年間のOA誌への投稿状況について、61%は少なくとも1度はOA誌に投稿していますが、3人に1人はOA誌を選んでいませんでした。社会科学、経済・経営学、人文学分野ではOA誌を選ばない傾向が強く見られます。OA誌を選んだ理由としては、選んだ雑誌がたまたまOA誌だったという回答が最も多く、被引用数の増加や社会貢献が理由として挙がりました。一方、OA誌を選ばなかった主な理由は投稿費用の高さと、投稿したい雑誌がOAではないことでした。投稿費用(APC)については、10万円以下が最も多く、次いで30〜40万円の範囲が多く見られます。
4. 機関リポジトリの知識と利用状況
調査結果から、機関リポジトリの認知度と利用経験が全体的に低いことが明らかになりました。回答者の58%が所属機関に機関リポジトリがないか、あっても認識していませんでした。さらに、66%が機関リポジトリへの論文登録経験がないと回答しています。利用理由として最も多かったのは所属機関からの推奨でした。一方、利用しない理由としては、存在を知らなかった、登録の手間と時間がかかる、メリットや必要性を感じないなどが挙げられました。
5. 所属機関のOA出版支援の有無と満足度
調査結果によると、OA化支援が「ある」と認識している人は33%にとどまっており、支援システムがある機関が少ないか、認知度が低い状況が明らかになりました。支援内容としては、APC(論文処理費用)の全額または一部負担が多く見られました。しかし、支援に満足している人は23%のみと低い結果となりました。満足度が高い人の多くはAPCの全額補助または転換契約による無償化の恩恵を受けているのに対し、満足していない人の理由としては、投稿費用補助の本数・金額が限られている、費用補助の対象となるジャーナルが限られている、支援対象者が特定の属性に限られているなどが挙げられました。
6. 即時OA義務化に関する意見
即時OA義務化への関心は高く、85%の人が関心があると回答しましたが、方針を支持する人は35%にとどまり、好意的に捉えられているとは言えない状況でした。研究データ公開に関しては、48%が反対または懸念を示しており、データの二次利用に対する責任や契約上の制約などが理由として挙げられました。今後のOA誌掲載や機関リポジトリへの登録について、51%が積極的に進めたいと回答した一方で、49%は否定的または態度を保留しており、意見が二分されている状況が明らかになりました。研究者の最大の懸念事項は投稿費用の負担であり、APCの補助や転換契約の推進への期待が高いことがわかりました。また、論文執筆支援や機関リポジトリ登録代行など、細かいサポートの充実も研究者の心理的負担を軽減する効果が期待されています。
調査結果の総括と展望
( カクタス・コミュニケーションズ日本法人代表取締役 湯浅誠 )
研究者の大半に即時OA義務化の方針が知られていない、という驚きの結果となりました。公費で行われた研究を社会に還元するため、欧州・米国ではすでに論文の即時OA義務化が進んでいます。日本はその世界の動きに遅れをとりながらも、昨年5月のG7広島サミットと仙台科学技術大臣会合を踏まえ、ようやく閣議決定に至りました。しかし研究現場にこの方針が浸透するまでには、様々なハードルがありそうです。
多くの研究者が、論文を誰もが読めるオープンアクセスにすることの社会的意義に賛同しています。その反面、今回のアンケートを通じて、義務化で研究予算が逼迫することへの切実な不安が浮き彫りとなりました。自由回答では、研究費の獲得がますます競争的になり、円安が解消されない中、海外OAジャーナルへの論文投稿費用に1本数十万円かかる矛盾への強い懸念や怒りの声が寄せられました。
一方で、今回の政府の方針では、機関リポジトリ(論文などの知的生産物を保存し無償公開するシステム)等に論文の著者最終稿を登録するグリーンOAが推奨されています。この方法であれば費用負担なく即時OA化できますが、我々の調査からは、実に半数以上の研究者が機関リポジトリの存在を知らず、利用もしていない現実が明らかになりました。逆に言えば、機関リポジトリ利用の普及にはまだまだポテンシャルがあり、日本の大学が大きな予算をかけずに即時OA化を実現する近道と言えるのではないでしょうか。
この方針の普及には研究者の理解と協力が欠かせません。同時に、研究者の経済的・時間的・心理的負担をいかに減らすかが大学・研究機関の大きな課題です。すでに多くの大学の図書館や研究推進部が、投稿費用や機関リポジトリ登録の支援を実施しており、同時に出版社との転換契約(学術誌の購読費用を投稿費用に転換させることで無償化する契約)を進めています。こうした支援に加え、今後は機関リポジトリ登録のオートメーション化や、費用負担の少ない国産OA誌の整備といった、より大胆な施策が必要になるのではないでしょうか。論文や研究データの無償公開は社会還元の第一歩ですが、将来的には、真の意味で市民の利益になるための情報技術の開発も不可欠でしょう。
湯浅 誠
カクタス・コミュニケーションズ株式会社 代表取締役
リサーチソリューションズ事業 Chief Growth Officer (CGO)
プロフィール
1978年千葉県生まれ。大学を卒業後に渡英後、2003年よりカクタス・コミュニケーションズのインド・ムンバイ本社に就業。日本法人の設立に携わり、現在カクタス・コミュニケーションズ株式会社の代表取締役および、カクタス・グループのリサーチソリューションズ事業CGOを務める。20年以上に渡り日本のアカデミアにおいて、研究者、大学・研究機関、学協会の国際化と研究支援に携わり、現在はカクタス・グループ全体において日本・中国・韓国を中心にグローバル全体のマーケティングと成長戦略も統括している。
エディテージについて (https://www.editage.jp/)
エディテージは、科学コミュニケーションズ&テクノロジー企業であるカクタス・コミュニケーションズのブランドです。2002年に創業し、英文校正、翻訳、文字起こし、出版支援サービスやAIプロダクトを通じて、2,000を超える分野において、300万人以上の研究者が学術誌に研究論文を発表する支援を行い、出版された論文はおよそ200万件に及びます。
カクタス・コミュニケーションズ株式会社について(https://cactusglobal.com/jp/)
カクタス・コミュニケーションズは、2002年に設立された科学コミュニケーションとテクノロジーの会社です。研究への資金調達、論文の出版、科学コミュニケーション、発見がより良くなるようなAI製品とソリューションを専門としています。同社の主力ブランドであるエディテージは、専門家によるエキスパートサービスと、Mind the Graph、Paperpal、R Discoveryなどの最先端のAI製品を含む、包括的な研究者向けソリューションを提供しています。また、カクタスはCactus Life Sciencesブランドの下で医療コミュニケーションも手掛けています。現在は東京、プリンストン、ロンドン、オーフス、シンガポール、北京、上海、ソウル、ムンバイにオフィスを構え、3,000人以上の専門家を擁するグローバル企業です。また、職場におけるベストプラクティスのパイオニアとして、ここ数年、常に「働きがいのある会社」にランクされています。
- カクタス・コミュニケーションズ: https://cactusglobal.com/jp/
- エディテージ: https://www.editage.jp/
- Paperpal: https://paperpal.com/ja
- Mind the Graph: https://mindthegraph.com/science-figures/jp/
- R Discovery: https://www.editage.jp/r-discovery
- Cactus Life Sciences: https://www.cactuslifesciences.com/
- CACTUS Labs: https://www.cactuslabs.io/
参考資料