研究者は好きなことを仕事にしている?〜研究者の思考さくご (26)

研究者は好きなことを仕事にしている?〜研究者の思考さくご (26)

「研究者は好きなことを仕事にしている」-世間からそう言われるたびに、山積する雑務や教育活動、あるいは研究プロセスにおける地道な作業を思い浮かべ、複雑な思いを抱く研究者は少なくないはずです。研究者は本当に「好きなこと」をしているのでしょうか。連載「研究者の思考さくご」第26回は、国立情報学研究所の宇野毅明先生(うの・たけあき)が、この身近で根深い問いを情報学研究者ならではの視点から解きほぐします。他職種やビジネスパーソンにおける「好き」との比較を通じて、研究という営みに潜む「好き嫌い」だけでは片付かない深層へと迫ります。

宇野 毅明
国立情報学研究所(NII) 情報学プリンシプル研究系 教授

アルゴリズム理論、特に列挙・データマイニング・最適化の研究が専門。コンピュータ科学の実社会における最適化に関心を持ち、自治体、企業、多分野の研究者との様々なコラボレーションを行っている。東京・神田にあるサテライト研究ラボ、「神田ラボ」を主催。情報学だけでなく文学、哲学、歴史学など人文社会学系を含めた国内外の研究者が集まり、日々、技術と社会の狭間で起きる現象について議論を重ねている。議論における俯瞰力と問題設定力を鍛える道場、「未来研究トーク」共同主催者。

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研究者をしていると「好きなことを仕事にしている」とか「仕事で好きなことをしている」とまあまあ言われます。しかし、当の研究者の立場としては、日常の業務を考えれば、けっこう自分が好きではないことをしているなと思いますし、事務作業や教育など研究ではないことを除いた、純粋な研究の部分だけを考えてみても、やっぱり自分の好きでないことはまあまあ多いと思います。他の研究者の方々もそのように言う方が多いのではないでしょうか。とはいえ、いざ研究職という職業のことを語るときには、「自分の好きなこと、自分の興味に従って探求する」、そういう仕事だと説明します。いったいどちらが本当なんでしょうか? もちろん、本音と建て前、きれいごとと実態のような話はあるかとは思うのですが、それはそれとしてよく考えてみると、単に好き嫌いの話だけではないものが見えてきます。

まずは、自分の好きなことをすると言われている職種について考えてみます。典型的には、野球選手や卓球選手などのスポーツ選手や、音楽家、芸術家などでしょうか。「好きなことを仕事にしている」と言いますが、実際には厳しい練習があったり、自身の作品の営業をしたり、おそらくそれ自体はそれほどおもしろくも好きでもなさそうなものが、実際の活動の大部分を占めているでしょう。研究者も「事務や会議などの雑務や教育活動が多すぎて好きな研究をする時間がない」と言う声が多く聞かれますが、そもそも研究活動においても、調査や実験など、それ自体はたいしておもしろくもなく好きでもない作業がほとんどです。

研究者は好きなことを仕事にしている?〜研究者の思考さくご (26)

次に、自分の仕事が好きな人のことを考えてみましょう。もちろん自分の好きなことが仕事になっている人は仕事がある程度好きだと思うのですが、そうではなく、最初は別に好きでその仕事についたわけではないけれど、そのうちその仕事が好きになったような、そういう人のことです。こういう人は、だいたい、その仕事の中に、自分が好きな部分や側面を見つけて、そこを手がかりにしてその仕事が好きになっているような人たちです。例としては、営業の人が「この仕事を始めてから、自分が丹念に説明することで相手の心が動くときに大きな喜びを感じるようになった」と言ったり、商社の人が「大きな契約を結んだときに、達成感とともに社会を支えている誇りを感じるようになった」のように言うことが挙げられるでしょう。仕事を通じて得られるものや、大きな目標が出てきて、それに近づいていく喜びなどです。今やっている仕事の中から、そういうものを見い出している人たちで、最初から営業や総務などのその仕事でやること自体が好きだったわけではない、という意味です。

研究者にもこういうところが多々あります。研究者が言う「研究の好きなところ」は、研究自体でないことが多く、例えば「宇宙の果てを知りたい」「新しいAI設計法を作りたい」「新しい社会の形をデザインしたい」のように、研究を通じて得られるものであり、研究の作業自体ではないことが多いです。とはいえ、この好きなものをただ目指せばいいというものではありません。実際に研究して理解していき、あるいは作っていくときには、単に理解したり作ったりするだけではなく、学術的に価値のある知見を発見したり、学術的な作法にのっとった方法を作らなければいけません。「社会のことが知りたいから、ただひたすら社会の人の声を聞いている」、「新しいAIを使ったプログラムを作る」だけではだめで、それが学術的な新しい知見につながるように、トピックを限定して話を聞き、恣意性が入らないように質問をしなければいけませんし、作ったAIのプログラムが既存の手法と比べてどのように学術的な意味で新しいのかを示したり、あるいは既存の手法より学術的な尺度で優れていることを示す必要があります。そういう意味では、研究者も自分の好きなことをやっているというより、今やっていること(学会の研究の流れ)に合わせ、その中に楽しいことや好きなことを見出している職業なのかもしれません。

研究者は好きなことを仕事にしている?〜研究者の思考さくご (26)

こう考えてみると、研究者も一般の職種と似たように、「その職種の中で自分が好きになれることを探しているのであって、自分が好きなことをしているのではないのだ」という結論になるかもしれません。しかし、研究者には「新しい好きを作る」という面があり、これはあまり一般的な職種にはないことかと思います。研究者は、多くの場合、学術界の価値観や流れに合わせて研究をします。しかし、その研究のトピックや研究の方法論に関しては、常に今まで研究されてきていない、新しいものを見つけ、作っています。もちろん、研究分野の価値観や流れにかなうように「研究の問い」「こういう研究をする」「こうやって研究をする」とトピックなり方法論を提案するのですが、そのときにはもちろん、自分が興味を持つもの、好きなもの、価値があると信じるもの、人々に影響や驚き、新しい視点や考え方を与えると思うものを、分野の価値観に合うようにデザインして、提案するのです。自分の好きなことを、相手にも価値が感じられるようにして出しているわけですから、これは「自分の好きなことをしている」の一種になると思っても良いと思います。他の業種でも、このように自分の興味や好みを相手に合わせて提供するものは、建築家、飲食店、デザイナーなどいろいろあるとは思いますが、研究者ほど自身の興味や好きが中心にあり、また提案の頻度が高い業種は、クリエイター、芸術家などしかないかと思います。この意味では、好きなことを仕事にしていると言えるかと思います。

「研究者は好きなことを研究している」と簡単に言ってしまうと、研究というものを意識して大学に入っても、その後研究室に所属して実態としての研究に触れたときに「なんか思ってたのと違う」となるかと思います。「新しい好きを作る」ことは、自分がたくさん持っている興味・関心や好き、価値観を上手に切り出して、他の人に受け入れられるように、同じように興味や価値を感じてもらえるように、新しくデザインして作り上げる作業です。これはこれで、自分の好きを基軸にした大変楽しく、喜びを感じられるものです。研究職は、このような形で自分の好きを表現できる、そういう素晴らしさを持った職種だと言うことを、研究の道に進む可能性がある人に伝えていくことは、大事なことでないかと思います。


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この記事を書いた人

2002年に設立された、カクタス・コミュニケーションズの主力ブランドであるエディテージの目指すところは、世界中の研究者が言語的・地理的な障壁を乗り越え、国際的な学術雑誌から研究成果を発信し、研究者としての目標を達成するための支援です。20年以上にわたり、190か国以上の国から寄せられる研究者の変わり続けるニーズに対応し、研究成果を最大限広く伝えられるよう、あらゆるサポートを提供してきました。
今日、エディテージは専門家によるサービスとAIツールの両方を用いて、研究のあらゆる段階で便利に、安心して使っていただける包括的なソリューションを提供しています。